海の向こうまで連れていって いつからか、気が晴れないときには海に来るようになった。理由はわからない。なんとなく、海に来れば気分が楽になるような気がしたから。その日もまた落ち込んだ気持ちをどうにかしたくて、ただ一人で海辺を歩いていた。
宛てもなくふらふらと砂を踏み締める。ぴゅうと冷たい潮風が吹き付けてコートの裾をはためかせた。日中は陽射しが暖かかったけれど、夜になるとどこかへ逃げ出してしまう体温を薄手のトレンチコートで封じ込めるのは難しいようだった。辺りは暗い。遠くの電灯の明かりが辛うじてここまで届いているけれど、足元だってろくに見えなかった。スマートフォンのライトを使えば怯えずずんずん進めるのだけど、あまり目立って職質でも受けてしまうと厄介だ。
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