記憶の森 雪深い森の中で弓を放ち、自分の身体より何倍も大きなヒグマを狩る自分の姿。
小蝶辺明日子が“それ”を憶い出したのは小学校に入ってすぐの頃だった。
山あいにあるコタンに祖母と暮らし、短い春は山菜を採りそれを加工して、長い冬は弓と毒矢を持って山の中に入り獣を狩り、皮を剥いで肉を取って自分たちを生かす糧とする生活。雪深い北海道の森の中で一人生きていく術を持ち、たくましく生きていた少女の記憶だ。
もちろん、明日子にはそんなことはできない。山登りに行ったことはなかったし、弓を引いたことは勿論持ったことすらない。それでも憶い出した記憶の中の自分はしっかりと自然の中を生き抜いていた。今の自分とそう変わらないくらいの背丈なのに、何メートルもあるような大きなヒグマを倒して、一人で皮を剥いで肉を断っていた。
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