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    現パロ記憶あり尾リパ。
    写真家尾形とJDリパさん。
    マジで進捗なので話は全く進んでません。

    記憶の森 雪深い森の中で弓を放ち、自分の身体より何倍も大きなヒグマを狩る自分の姿。
     小蝶辺明日子が“それ”を憶い出したのは小学校に入ってすぐの頃だった。
     山あいにあるコタンに祖母と暮らし、短い春は山菜を採りそれを加工して、長い冬は弓と毒矢を持って山の中に入り獣を狩り、皮を剥いで肉を取って自分たちを生かす糧とする生活。雪深い北海道の森の中で一人生きていく術を持ち、たくましく生きていた少女の記憶だ。
     もちろん、明日子にはそんなことはできない。山登りに行ったことはなかったし、弓を引いたことは勿論持ったことすらない。それでも憶い出した記憶の中の自分はしっかりと自然の中を生き抜いていた。今の自分とそう変わらないくらいの背丈なのに、何メートルもあるような大きなヒグマを倒して、一人で皮を剥いで肉を断っていた。
     幼すぎて記憶の整理がつかないままに、少しずつ憶い出すことは増えていく。
     その中の、鮮烈とも言える数年間の思い出。雪山の中である男に出会ってからの漫画のような日々の記憶だ。
     アイヌが遺したという金塊を追いながら軍人に追われ、その中で見つけた相棒や仲間たちと北海道を駆け抜けた記憶。アシㇼパの中で最も鮮烈に刻まれている記憶だ。
     守られる存在ではなく隣を歩く相棒として扱ってくれた男は、杉元佐一という元兵士で、戦争中についたという傷跡が顔から全身に残る若い男だった。内地で育ったシサムでありながらアイヌの文化への敬意を忘れず、自分の半分ほどの歳の差のあるアシㇼパの隣にいてくれた男だった。危ないときには手を差し出してくれた。逆に杉元が危ない目にあったときは助け出したこともある。そういう対等な関係だった。
    「……すぎもと」
     明日子がそのことを憶い出したのは、小学校を卒業する直前のこと。
     夢の中で何度も「アシㇼパさん」と呼ばれていた声の正体にやっと気がついたとき、目が覚めた明日子は頬を濡らしていた。今まで忘れていたことへの申し訳なさ、やっと思い出せたことへの喜び、そして、今自分の隣には杉元はいない、ということの寂しさ。
     明日子と同じように生まれ変わっているのかもわからない。記憶があるのかもわからない。それでも、杉元が隣にいないということへの物足りなさを思い出してしまった。
     今はまだ明日子には力がない。お金もない。けれどもいつかきっと、絶対に探し出してみせる、と決めたところで首を傾げた。
     起きてベッドから出ることもなく、明日子はその場で胡座をかいて腕を組む。
    「……まだ忘れていることが、あるような気がするんだけど」
     杉元と同じように、自分の手を引いてくれた男がいたような気がする。一緒に狩をして、同じ釜の飯を食べたような気もする。けれども、姿も名前も、声すらも思い出せない。
     忘れていてはいけないことだと思うのに、全く記憶が甦らない。
     雪深い北海道の景色ははっきりと思い出せる。今の北海道よりもずっと雪が多くて、木々も生い茂っている景色は、明日子の目ではなくアシㇼパの記憶の中にある。
     その中にいるであろう男の顔も名前も声も思い出せないまま、明日子はまた目を閉じるのだった。



     * * *



    「はい、オッケーでーす」
     真夏の日差しが眩しく、人を殺せるほどの暑さの中立っていた明日子は、その言葉にやっと姿勢を崩した。着ていたコートを脱いでしまう。コートを受け取った女性が肩をとん、と叩いて目の前にある車に導く。運転席には男性が乗っていてすぐに発車できるようになっていた。
    「明日子ちゃんお疲れ様!暑いから早く車入って」
     ニットを着たままアイドリングしている車に飛び乗ると、涼しい風に身体を冷やされる。少し走ったところにあるスタジオに戻って、メイクを直し衣装を着替え、またカメラの前に立つ。スタジオの中は寒いくらいに冷やされているが、今はかなり厚手のニットを着ているためそれでも少し暑い。照明などもあって尚更だ。
     スタジオを借りる都合とカメラマンなどのスケジュールによって一日で全て撮り終えることになったため今回はかなりタイトなことになってしまった、と明日子は気づかれないように溜息を漏らした。
    「……よし、オッケー!お疲れ様!」
    「お疲れ様です」
     暑さと窮屈さでぐったりしていた明日子はやっと表情筋を解いた。
    「冷房かかっているとは言え暑かったでしょ」
     手渡されたスポーツドリンクのペットボトルを有難く受け取って蓋を開けた。
    「確かに。知ってることとは言えこの時期の撮影は本当に疲れます」
     そう言って溜息を漏らす。高校生の頃にスカウトされ、少しでもお金が稼げればいいと思って始めたモデルのアルバイトだったが、大学に入った今でも続けている。基本的に学業優先の姿勢のため不定期だったが、逆にそれが明日子にとっては良かったらしい。
    「この業界の常だけど、季節感おかしくなっちゃうよね」
    「確かに」
     私服に着替えてバッグを持った明日子は苦笑した。
    「……今日も終わったみたいだな」
     片付けが終わる頃のタイミングを見計らうかのように聞こえた声に、隣に立っていたスタッフは表情を強張らせた。四十絡みくらいの年頃の男性が立っている。ファッション業界にいるからだろうか、年齢を感じさせない風体をしていた。四十歳くらいだろうというのは明日子の想像で、本当の年齢は知らない。多分、顔見知りのスタッフも知らないだろう。
    「編集長」
    「お疲れさん。データ確認したけど良い感じだな」
    「ありがとうございます」
     スタッフが頭を下げた。
     正直なところ、明日子はこの男が苦手だ。あまり顔を合わせたくはないが、何故か撮影のたびに現場に来る。いつも一緒に撮影する編集部のスタッフによると、毎回顔を出すのは明日子の現場だけだと言う。
    「明日子、例の話考えてくれたか?」
     その言葉に、明日子はわかりやすく眉を顰めた。
     編集長が明日子の現場にだけ毎回顔を出す理由はこれだった。
    「専属の件ならずっとお断りしてます。私はモデルを職業にするつもりはないので」
     ここ一年ほどずっと、専属モデルにならないかと言われ続けておりそれを断っている。そのために編集長は現場に現れる。
     やりたいことがあって今の大学に入った。近い将来学問を職業にできるかはわからないが、四年の間に出来る限り学びたいと思っていて、モデルのアルバイトも授業の合間にしてほしいということを話して編集部には理解してもらっていた。それを変えるつもりは今のところない。
    「……言うためだけに来るのは時間の無駄じゃないですか?」
    「俺は明日子の心変わりを待ってんのよ」
    「ないですよ」
     帰ります、とバッグを肩に掛けたところで、編集長は「ちょっと待て」と手を出した。
    「何ですか」
    「俺の誘いを断るかわりに、これもらってくれや」
     編集長の手には一枚の紙切れが握られている。
     差し出されたそれを手に取るのを明日子は躊躇った。この男からよくわからないものを受け取るのが怖すぎる。
     一向に手を出さない明日子の表情から読み取ったのか、編集長は苦笑いした。
    「別に金がかかったりするもんじゃねえよ。そして明日子にしか渡してないもんでもねえ。うちのモデルみんなに渡してるもんだ」
     ほら、と言われ明日子はようやく手を出した。
    「……チケット?」
     モノクロームで印刷された紙に書かれているのは全て英語だったが、期間と場所だということは明日子にも読むことができた。ただ何のチケットなのかまではわからない。
    「写真展だ。俺の知り合いが今やってるんだよ」
     その言葉で片づけていたスタッフが「ああ」と声を上げる。聞くと、何枚かもらったが勿論何回も行けるものではないので、モデルたちに配っているらしい。
    「この近くでやってるから、良かったら行ってみな」
    「ありがとう、ございます」
     とりあえず礼を言って、明日子はスタジオを出た。
     手の中にあるチケットを見てみると、モノクロームで海のようなものが写っているだけの紙片だ。誰の写真展なのかはわからない。多分そうだろうと思う文字は見つけたが、キリル文字で書かれているので読めないのだ。一応と言わんばかりの主催の名前は文字は小さく英語で書かれていた。場所を調べたら確かにこの近くでやっている。歩いて行けるところにあるし、期間も終わりそうなのでこのまま行ってみることにした。
     暑くて倒れそうなのでまずコンビニで水を購入し、スマートフォンに地図を表示させる。住所を入れて地図と見比べながら十分ほどでたどり着いた。
    「ここ、か」
     大通りから一本入ったところにあるギャラリーの前で、明日子はスマートフォンをバッグに仕舞った。受付に座っていた男性にチケットを渡すと、半券を千切ってから返され奥へどうぞ、と言われた。
    「……うわ、」
     明日子は感嘆の溜息を漏らした。
     外は倒れそうなほど暑いのにひんやりとした室内の壁に広がっているのは、雪と海と、冬の森だった。
     カラーもあればモノクロームもある数々の写真は全て冬の光景で、雪原、シベリアの森、荒れた海、そしてその中で懸命に生きている人と動物。
     明日子の、アシㇼパの記憶の中にある冬の北海道に似たものがそこにはあった。
    「もう、今の日本にはないものだな……」
     涼しい室内でアザラシの写真を前に、今度は落胆の溜息を吐き出す。
     北海道でなくても日本にまだ自然が残っているところはある。野生の動物と遭遇するような場所もある。だが自然公園などで保存されているのでない限り、大抵の獣は害獣とされ処分されてしまうことが多い。
     明日子が求めているのは、この写真のようにヒトと獣が共生する世界だ。ヒトは獣の住むところを荒らさないように暮らし、自分たちが食べる分だけを獲って自然のものを分けてもらって生活をする。理想はアイヌのようにほとんどの動物を神、カムイとしている社会だが、そこまでは望めないことはもう十分にわかっていた。
     百年前のアイヌが普通にしていたことが、今の日本ではできないことがもどかしく、悔しい。
     美しい写真を前にそんなことが頭を駆け巡る中、明日子は一枚のパネルで立ち止まった。
    『アレクサンドロフスク・サハリンスキーにて。流氷を望む』
     簡潔な説明の下には小さく撮影したであろう日付が書かれていた。
     雪に閉ざされた極寒の都市。その街を一望できる丘の上から、大きな氷がどんどん流れ着いているのを撮影した一枚。北国の冬の厳しさと静けさが伝わってくるその写真の前で、明日子の脳はフル回転を始める。
    『……は銃がうまいな』
    『チタタプって言え!』
    『ヤマシギを罠なしで獲るなんてすごいな!』
    『オハウだ。うまいぞ、……』
    『ヒグマは頭を撃ったらだめだ。頭蓋骨が硬いから跳ね返してしまう』
    『アチャがのっぺらぼうだったらどうしよう』
    『網走監獄で全てがわかるのか』
    『私は、怖いんだ』
    『ヒンナも言えないのか?……』
     怒涛のように流れ込んでくる記憶の嵐に頭がくらくらする。それでも立っていられないほどではなく、とにかく足を踏ん張って耐えた。
     耳に入ってきた低い男の声に、明日子はようやく現実に引き戻される。
    「……よう」
    「あれ、今日来ないんじゃなかったですか。先生」
    「先生はやめろって言ってんだろ。近くで打ち合わせあったからついでだ、どうだ?」
    「今、一人いますよ。女子大生っぽい子です」
     自分のことを言われているのだ、と思って顔を上げた。開放されている出入口の前に立っていたのは男性で、外からの光でよく見えないがショルダーバッグを持っているようだった。
     何か言われたら返せばいいだろう、と思い明日子は写真に身体の向きを戻した。これを見れば、あと少し欠けているものが憶い出せそうな、そんな気がする。
     小学校の頃からずっと欠けていると、そう感じている断片の手がかりはこの写真にあると、明日子は直感的に感じていた。
    「……アレクサンドロフスク・サハリンスキー」
     サハリン。樺太。明日子は樺太に行ったことはないし、日本から出たこともない。だが、この景色は知っている。街に流れ着く流氷でできた大地を、アシㇼパは知っている。
     この景色を、誰かと見たような気がするのだ。
    「その写真、気になりますか?」
    「!?」
     隣から聞こえた声に、明日子は文字通り飛び上がってその場から一歩退いた。
    「ああ、申し訳ない。驚かせてしまった」
     立っていたのは明日子より頭一つ分ほど背が高く、適度に筋肉のついた身体付きの男性だった。全身黒ずくめの服装に、肩から大きなショルダーバッグを掛けている。
     何より目を引くのはツーブロックの髪型と、両顎に髭のように走る縫合痕。
    「……、どこかで」
     会ったことはありませんか、と言おうとして止めた。相手からすれば見知らぬ子どもにそんなことを言われて迷惑でしかないだろうと容易に想像できたからだ。
    「あの、この写真なんですけど」
     はっきりしない頭でどうにか考えて、目の前にある街の写真について尋ねた。
    「ロシアの最果て。サハリンの中部にある街外れの丘の上から撮ったものです。結構大変だったから気に入ってくれる人がいて良かった」
     そこまで言われてやっとこの写真を撮った男だと知り、明日子は慌てて頭を下げた。言わなかった自分も悪いから気にするな、と彼は言う。
    「大変……と言ってましたけど」
    「流氷を待つために一ヶ月ほど滞在したので。毎日この丘まで重いカメラを担いで登ってました」
     肩に掛けているそれより大きいのか、と聞くと彼は頷く。三脚や他の装備も持っていた、と言うが明日子にはその重さが想像つかない。
    「……サハリン、って、樺太ですよね。この写真の場所は日本の領土だったところなんですか」
    「ここは違います。ただ、南半分が日本領だったこともあって、日本人も当時は行き来していたこともありました。樺太自体、もともとロシア人や日本人ではなく、少数民族の暮らす島だったんですよ」
     そして、と、男は写真の中の建物を指差した。
    「ここに、ロシア帝国の監獄があった。日本では亜港監獄と言われていました。まさにロシアの流刑地にふさわしい監獄でした」
     亜港監獄。
     その言葉に、明日子は手を止めた。目の前の男は首を傾げている。
     亜港。流氷。ロシア。樺太。
    『アチャと杉元が』
    『ふたりとも死んでいた』
     網走監獄で二人が撃たれた。そこから軍の追手をかわすためにアシㇼパは三人の男と一緒に海を渡って北へと向かう。
    『お前が知らないウイルクを知ることで、何かわかるかもしれない』
    『アシㇼパちゃん』
    『行こう、アシㇼパ』
    『頭を撃ったのに斃せなかった』
     北海道のアイヌとは違う、けれども自然とともに生きている人たちの暮らし。見たことのない海や北の大地の生き物と共生している、アシㇼパと同じ少数民族の生活を見て、一緒に飯を食って、狩りをした。
    『国境を越えるためにウイルタになりすます』
    『一緒に行くか?』
    『俺が撃つから邪魔すんなと伝えろ』
     白石由竹。逃げ足だけは一流の脱獄囚。
     キロランケ。アシㇼパの父の友人であり、幼い頃からの知り合いだった男。
     あと一人は、
    『俺を殺してみろ』
    『お前の父親を殺したのは俺だ』
    「大丈夫ですか?」
     あと一人は、目の前にいる男だと、アシㇼパはようやく思い出した。大切な人を目の前で撃ち抜き、一人はその場で死に、もう一人は生き抜いて北の果てまで追いかけてきた。
    「お、がた……」
     尾形百之助という軍人のことを、なぜ忘れていたのか。樺太に行ったことをなぜ思い出せなかったのか。その理由まではわからない。
     ただ今は割れるように頭が痛くて、足元がぐらぐらと揺れている。
    「……ああ、」
     倒れ込む寸前、明日子が見たのは何も映していない黒曜の瞳を歪めて笑う、尾形百之助の顔だった。
    「ようやく会えて嬉しいぜ、アシㇼパ」
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