袖の猫【泉+レオ】 舞台袖とは波止場なのかもしれない。ここから一歩足を踏み出せば、そこには熱気が渦巻く大海のような舞台が広がっている。
その一歩を踏み出すために一呼吸入れる場所が、こんな風に薄暗がりと柔らかで重たい布で包まれていることは嫌いじゃない。ここに立てば自然と身体がチューニングされる。そういうふうに自分を調整してきた。モデルとして、アイドルとして、誰でもない瀬名泉を見てもらうために。身体にほどよい緊張感を走らせる後押しをしてくれる、心地よい場所。
だけど、今日はちょっと、あまりに居心地が悪かった。
「暑い〜、あつい〜、フィレンツェでもこんな暑いなんて聞いてないぞ! これも全部セナのせい! あっ、ごめん、嘘! セナは何も悪くない! でも、ああ、蘇ってきた、インスピレーションが蘇ってきた! そう、これは『意地悪なセナの全身にカビが生えて悶え苦しんで死ねばいいなの歌』の変奏曲!」
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