盈月
グラス同士がぶつかる涼しげな音が、所在無さげに座布団に座る和久井譲介のすぐとなりの席から響く。にぎやかな笑い声、喧騒は他人事のように遠くに感じる。
以前診察した方の邸に招かれてご相伴にあずかり、予想どおり近隣の住民も寄りあう宴会と化していた。お邪魔するのは何度かあったがやはり馴染めないまま、注いでもらったジュースを飲み干していく。
この村に移住してきた頃よりも会話は弾むというより、譲介が口を開かなくともつづく相手のおしゃべりがスムーズになった、という有様であった。だがそうして少しずつ、自身の抱える複雑な歪みに向き合い、人として不足しているものを知ることができた。譲介自ら住民とコミュニケーションをとろうと四苦八苦し、名前を覚えられ、あいさつする住民たちの顔と名前、カルテの内容が一致するようになると、教科書の問題では決して得られぬ類いの、この村の一員になってきたのだと喜びを覚えた。
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