友達も彼女もできない理由 広瀬という少年が転入してきた。
そんな噂が届いた日の昼休み、俺はチャイムが鳴ると同時に隣のクラスまで駆けつけた。
『広瀬久作』。その名前は、界隈では有名だった。界隈というのは当然、この地区でバレーボールをしている、俺たちのような小学生男児のコミュニティである。彼は所謂スター選手と呼ばれる存在だった。けれどもチームを全国まで導いた絶対的エースにして、本人はその功績を鼻にかけるような様子がない。下級生の分と自分の分、合計3つのエナメルバッグをブラブラぶさらげながら真顔で闊歩するような素朴さは、下手に尊大に振る舞うよりも却って周囲の関心を引いた。
試合会場のトイレで広瀬とバッティングしたとあれば、「トイレに広瀬いた」「広瀬ウンコするの!?」「うんこじゃねぇよ馬鹿。広瀬がうんこするはずねぇだろ」「いや広瀬もうんこはするだろ」「広瀬が!?」「それより広瀬、花柄のハンカチ使ってたぞ」「広瀬が!?」と、チーム中が広瀬の話題一色になる。それほどに、俺たちバレーボール男児は広瀬という男に興味しんしんだった。
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