四肢が段々と動かなくなる兄の話いとも容易く、それは落ちた。
ゴトッ、という鈍い音が響いて、それを手放した相手を思わず凝視する。何をやってるんだ、という意味を込めて。
「あ~…やっちまったな」
対して当の本人はまるで反省も驚きも無く、困った顔をしながらその実、全く困ってなどいないようだった。
「何してるんだ全く…手が滑ったのか?」
落ちた土鍋を拾い上げながら問う。幸い、調理前の準備で取り出した為、中身はまだ入っていなかったが少し底面に罅が入ってしまったようだった。これぐらいは行きつけの専門店に要請すればすぐに直してはくれるだろうが、物を傷付けてしまったという点において、俺はすごく憂鬱な気分になる。
「なんか急に力が抜けたんだよなぁ」
自身の手を握って開いて。その動作を繰り返しながら、思わずといったように小さく呟いたその声を聞き逃さなかった俺は、怪訝に兄を見つめた。
1990