After the Ashes 自宅から徒歩五分もかからない場所にある銭湯は、日付を跨いで三十分過ぎる頃まで暖簾を掲げてくれていた。
決して今どきのクリーンで洒落た湯屋ではなかったが、定時退社を幻のものとしたネロのような社会人には、その存在だけで十分に有り難いものだった。外を数分歩いただけで、商売道具である指先が悴む、今日のような日は特に。
駅から自宅までの帰路は徒歩十三分。最寄り駅と自宅のあいだ、やや自宅寄りの位置にその湯屋はあった。
今ネロが歩く住宅街の小道に街灯は少なく、立ち並ぶ家屋からぽつぽつと漏れる光がその代わりを成していた。
緩慢な足取りで歩を進めながら、スマートフォンの液晶をタップする。疲れ目に追い打ちをかける光量に、ネロは思わず顔を顰めた。
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