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    @47kei

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    霊木解体(3)
    前 : (https://poipiku.com/IllustViewPcV.jsp?ID=1425184&TD=4121287)

    ##企画:colors

    霊木解体実行の日取りを正確に定めるのには、幽達の動きを細かに把握する必要があった。
     セッカは慈悲王従者の茉莉を追い情報を集め、ジブリールは幽達の側で彼の計画を共有した。
     幽達が代理人と妖精格を使って己に刻みつけられた誓約を書き換える計画であることを告げると、シロツメ公主は視線を落として夫の手を握りしめ、感情を吐露した。
    「彼はいつまでも私を道具扱いする」
     生き愛する人の元で自由に生きられるようになった彼女にとって、彼から向けられる視線は鋭い棘だった。
     幽達に自分が価値のある生きるべき命だと認識させたい気持ちを否定できなかった。
     手の平に残る拷問の跡が、身体中に染み付いた痛みの記憶が訴えてくる。
     彼は、霊木の妖精格という道具としてシロツメ公主を見る目をやめない。
     自由を得たシロツメ公主には耐え難い視線だった。
    「だが──ジブリールを殺すという手段を取らなかったな」
     ヴルムは握りしめられた手をもう片方の手で覆いながら妻の持つ優しさに添う言葉を続けた。
    「シロツメが賭けヴィトロが感じたように、幽達という男に、誰かを思う感情が芽生えていることは否定できなくなった」
     ヴィトロは幽達の『上司』として判断しヴルムの意見に賛同すると、セッカもためらいがちに頷いた。
     俯いていたシロツメ公主は夫の手を握りしめる力を緩めて視線をジブリールへ投げた。
     あなたを道具にするつもりですとこの場で告げたジブリールの言葉は、かつてシロツメ公主が彼へ幽達はお前を愛していないと告げた重さと似ている。銀色の瞳と赤い瞳が重なって、言葉はなかったがセッカが話を進めた。
    「慈悲王従者の追跡で、あいつを支持する花守山の家門を把握した。あとで言い逃れされても困るからしっかり証拠はとってある」
    「セッカがそんな根回しをしていたとは知りませんでした」
     ちゃんと寝てくださいとヴィトロが袖を引くので、セッカは手に焼きたてのパンケーキを渡して黙らせる。
     妊婦が揃っていた時は卓上は茶しか並ばなかったが、今は果物に菓子にパンケーキとにぎやかだった。
     幽達の計画を聞き気分を害した妻にヴルムが雛に餌を与えるように花びらの砂糖漬けをせっせと口に運んでいる。
     夫人は夫の配慮に笑顔を取り戻したが、産後少し太ってしまったのでと懸命に餌付けを辞退する姿が微笑ましかった。
    「アシュタルも内政改革があったからな。お前の国政に不満な奴らが、花守山の慈悲王派閥と結託してるな」
     セッカは紙束をヴルムに手渡して腕を組んだ。
    「政治を切り替えようとするんだから反発があって当然だけどな。これまでのアシュタルの宰相はよく管理してきたもんだよ。相当暗躍してきたんだろうな」
     セッカがジブリールへちらりと視線をやると、彼は小さな鳳遊を抱いたまま「褒め言葉でしょうか。反省点も多いと自覚していますよ」と切り替えしてきた。
     火花が散るのを抑えるつもりかヴィトロが挙手する。
    「私の調査ではアルテファリタから幽達と繋がりのある者は見つかっていません」
     ヴィトロの執政に不満を持つ輩が、慈悲王従者の度重なる出奔を手伝っていたが、セッカは執政官補佐であるノクトを通して、密輸という別の罪状を告発した。
     慈悲王派もことの大事が迫る中で、主人が居を据えるアルテファリタで問題を起こす訳にはいかないと判断したのだろう。
     きれいなトカゲのしっぽ切りでしたよ、とノクトはセッカに教えてくれた。
     彼は霊木解体に向けて試行錯誤していることも、セッカが夜空を駆け回っていることも、すでに把握しているのだろう。
     ヴィトロの耳には公正な取引に違反した官僚と職人がいたという程度の報告だけ入っているだろうし、幽達と関係があるとは聞いていないはずだ。
     知らせる必要もないとセッカは判断した。
     ヴィトロが知らねばならないことは、些末なことではないとセッカは確信している。
    「幽達はアルテファリタで行動をしていないように見せておき、配下を使ってアシュタルと花守山で反旗の支度を着々と行っていたわけか」
     ヴルムの眉間の皺が深まるとセッカは笑った。
    「大将は動かずっていうのは兵法の基本だからな。動く時はすべての準備が完了するときだけだ」
    「この場合はどう動くのが適切だろうか。先に国内の不穏分子を押さえるのは悟られるし、まずいだろうか」
     ヴルムは紙束に連ねられた自国の裏切り者の名前を裏返して机に置き、シロツメ公主はそれを手元へ引き寄せようとした。見ようとする手を止めたので、シロツメ公主にとっては思わしくない名が並んでいるのだろう。
     親切にして、寄り添ってくれている者に裏切られるということが、シロツメ公主の心を必要以上に傷つけるということをヴルムは理解していた。向かいに座っていたジブリールも察したのか紙束を引き取って目を通している。彼の方がシロツメ公主より該当者への理解も深いだろう。
    「幽達様の計画に変更がないならば、代理人と妖精格の拉致は、第一子シラユリをミンカラに面通しする日に別々のタイミングで実施するはずです。シラユリを奪い拘束しシロツメ公主、ついでヴルム卿です。その後アルテファリタに運び込み、霊木送りを実行する算段です」
    「私が実行犯の名を知る必要があるのでは?」
    「お前は顔に出る」
     ヴルムはずばりとシロツメ公主の要求を断つ。セッカも二度頷いた。
    「そこでこうしよう。決行日にふたりはアシュタルの実行犯に黙って拉致される。逆らって下手に怪我する方が危ないしな」
    「そうですね、このひとたちは結構な乱暴者ですから」
     ジブリールは冷ややかな表情を書面に向けていたがすっと細い指で紙を折って、机に置くと上に柘榴を文鎮代わりに置いてシロツメ公主の視線を切る。
    「実行犯が慈悲王派に拉致の成功を報告したところで慈悲王は動くだろう。ジブリールは慈悲王を霊木解体の結界に引き込んで捕縛しろ」
    「はい」
     ジブリールは真剣な瞳で頷いた。計画の柱は彼だった。
     ジブリールが万が一慈悲王に寝返ることがあればすべての計画は泡になる。
     ヴルムもシロツメ公主も命はないだろう。
     霊木解体のための陣はアルテファリタの霊脈に接続しやすい北西の遺跡が選ばれた。海を望む遺跡の側から花守山やアシュタルへの船がでる港が見える。幽達による反旗の船出も港からであったので近い場所が選ばれた。
     すでに箱庭実験を繰り返して、霊脈をさかのぼり花守山の霊木へ接続するための術式を組み込む準備をはじめていた。 
    「北西の遺跡に連れ出す件は任されていますが、幽達様には常に寄り添う従者がいます。彼女はかなりの手練で不審な動きをすればすぐに行動を起こします。補佐を頂くことはできますか」
    「茉莉は俺が押さえる。銃士もひとり借りるけどいいよな」
    「セッカが信頼する相手なら」
     ヴィトロは怪我しないでくださいよ、と一言添えて許可をくれた。
    「楽しい楽しい解体前に怪我はしないよ。で、宰相夫妻は拉致班の『送迎』でアルテファリタ入りもできるが、シラユリちゃんをどう扱うかまで分からないから、転移ポイントでアルテファリタの信頼できる銃士に救出させて、北西の遺跡に集まってくれたらいい」
    「分かりました」
     シロツメ公主は頬を引き締めたまま頷き、ヴルムも同様に頷いたが気難しそうな表情を少しだけ緩めてセッカに問うた。
    「銃士たちが介入した時点で、自国の裏切り者を僕で処分するのは構わないだろう?」
    「そりゃな。でも霊木解体前に体力使い切るような大暴れするなよ」
    「貴様も子供が出来れば分かる。娘と妻に謀略で穢れた手で触れたなら、一秒も生かしておきたいとは思わない」
     セッカは笑って答えたが、子供がいなくても気持ちは分かるつもりだった。
     ヴィトロは議事録をとりながらクッキーを食べていた。
     ふ、と浅く微笑むと笑みにヴィトロが気づいて顔をあげた。視線が合って首をかしげてきた。
    「セッカが笑うとき、大体私に秘密がある時ですよ」
    「執政官殿も秘密ばっかりだろう」
     職業柄仕方がないのです、という顔で少し唇を尖らせる真似をしてみせたので、セッカは唇を指で押さえた。
    「ここにいるやつはみんなそうだな。愛しているからといって全てを知らなくてもいいんだ」


    「連れて来たのです」
     シロツメ公主は執政官補佐のマテノに預けたシラユリを引き受けて、ジブリールへ初めて対面させた。ジブリールの腕の中にいた鳳遊もまた、シラユリと対面するのは初めてだった。
    「ご令嬢はシロツメ公主と同じ髪質ですね、あのぉ……撫でてもいいでしょうか」
    「どうぞ。シラユリはおでこのところを撫でるととても喜びます」
     近づくとジブリールの腕の中にいた鳳遊はシラユリを大きな目でじっと見ている。同じ大きさの生き物を見るのがはじめてなのかもしれない。
    「泣き虫なのです、私に似てしまったのかしら」
    「赤ん坊はみなそうですよ。おや目元はどことなくヴルム卿に似ていますね」
     セッカが解体時にヴルムへかける補助術式の相談をもちかけたところで、ジブリールはシラユリを撫でる手を止めた。
    「ご令嬢を危険に晒すようなことをして申し訳ありません。公主もまだ万全の体調ではありませんでしょう」
    「危険は承知のことです。執政官も仰っていたでしょう。子どもたちの未来のためです。あなたの鳳遊は花守山の幽達の第一子です。今後悩みのある人生を送るでしょう。私たちはその悩みをひとつ減らせます。シラユリにとってもそうです。私は自分の娘が霊木の妖精格に選ばれるかもしれないという恐怖を感じながら生きずに済むのですから」
    「そうですね。決行日が決まった今だからこそ、私を信頼してくださったあなたにもう一度誓います。シロツメ公主、私は幽達様と子供と自分のためにも、絶対に裏切りません」
     シロツメ公主はジブリールの表情を確認してからゆっくりと頷いた。
    「私もあなたの幽達への愛を疑いません」
     娘の額を撫でる手が母親のもつ慈愛からであると伝わっている。鳳遊がいなかったらジブリールは幽達に籠絡されて裏切る可能性もあったかもしれない。しかし今はこの場にいる誰ひとり不安を感じていなかった。
     ジブリールは今日も鳳遊の定期健診という建前でここへ足を運んだ。秘密裏に進めてきた霊木解体の会議室は同じ出入り口を誰一人使わなかった。いくつも出入り口を有する秘密会議室から出た時、ジブリールは気持ちを切り替えて離れへと向かった。セッカに事前に頼んでおいた診断結果を手に歩を進める。
     足取りが軽くないのは当たり前のことだったが、そのたびにジブリールは足元ではなく前方を見るようにした。
     これから自分がすことは、愛する人の求める人生を裏切ることになるだろう。
     だが何もしなければ「穏やかな日々をあなたと暮らせたら」と願うジブリールに対して彼がすることだ。
     お互いの願いがぶつかりあうだけのこと、彼と出会った時からし続けていたことだ。
    「王として生きられなくても、泥中を這っても、負け犬だと罵られても、私と鳳遊を幽達様には選んでもらいます。あなただって、どうしていいか分からずに苦しんでいるんでしょう、愛を知らない慈悲王。あなたにそれを教えられるのは私だけです」

     遺跡に光が満ちて、一年半をかけて構築された術式が形を為していく。
     術式の中心にはアルテファリタの霊脈の管理者であるヴィトロが立ち、円形に広がる光の帯は数キロに及ぶ大きな構造式に光を与えヴィトロの鼓動に合わせて発光している。
     遺跡の端で横たわるのは髪を結い上げた幽達で、その体に馬乗りになったジブリールが光を受けて荒い息をあげて肩を揺らしていた。
     セッカの介入で茉莉は遺跡前で捕縛した。
     幽達は陣の中に引き込んで捕縛術式で捕らえたが、彼は抵抗をしてきた。
     両手を光の枷で捕らわれても、一度術式を破壊した幽達をジブリールは全身を使って地面にたたきつけて押さえた。
    「この……裏切り者が!」
     本気で彼が抵抗し頬を叩くものだから、ジブリールも怒り任せに仕返した。
    「自分の妻を本気で殴る男に言われたくありませんね」
     銀色の目に浮かぶ憎しみの表情に、ジブリールが傷つく暇はない。
     今どんな感情を向けられたとしても、何もせずにいることに比べたらかすり傷だ。
    「大体裏切り者ってなんです? あなた道具の扱いが下手なのでは? うまく使わねば道具が主人を傷つけることだってあるんですよ。全部私たちの身から出た錆ですよ!お分かりです──」
     お分かりですかと言おうとした顔をまた強く押しのけようとするので、ジブリールは出陣を前に整えた幽達の冠を乱暴に掴み投げ捨てて続けた。
    「やっと私に敷かれてくれましたね幽達様。──執政官!」
     呼びかけに応えて、ヴィトロは敷いた陣の術式のひとつを発動させてより強力な捕縛を幽達へ向けた。
     アルテファリタ式の術式で堅牢に編んだその術式はジブリールごと幽達を絡みとって空中に縛りあげた。
     骨がきしむようなその捕縛に、我慢の慣れた幽達さえ鈍い悲鳴をあげた。
     より華奢なジブリールはさらに痛みを伴ったが幽達を抱きしめて離さなかった。
    「悔しいですか幽達様。さんざ苦しんで泣きべそかいてくださいな。私も一緒にいてあげますから」
    「おま、お前………こんな、ところで………こんな、裏切りで」
     光の帯がふたりをきつく結びつける。
     呼びかける者によって、半自動で稼働するように設計された捕縛術式に、ジブリールは術式を破ろうとする幽達に向けて何度も発動させた。
     起動キーになるヴィトロの目には意思の光を感じられない。
     彼の意思は今、霊脈に深く結びつき精神は表層上に存在していなかった。
     セッカはジブリールが約束を果たし、幽達を捕縛したことを確認したところで、遺跡に設置した祭壇を挟み立つシロツメ公主とヴルムへ視線を投げた。
     ヴルムは緊張した面持ちで刃を妻に向けていた。
     幽達はそれを視認すると捕縛を受けた状況下において笑った。
    「何をするつもりかと思えば、お前たちも霊木送りか。それなら協力をしてやれるというのに」
     幽達が代理人を奮起させるために霊木に働きかけるのはセッカの計算通りだった。
     彼は以前もそうやってヴルムに働きかけたことがある。
     呼び水をしてもらうことで、ヴルムの負担もヴィトロの負担も軽減される。
     霊脈の流れを遡上するヴィトロの意識に、霊木の意思が混じってくる。
     霊脈流れの中に根を伸ばすように進み、精霊を送ろうとする代理人の意識に接続しようとする。
     無色透明の川の流れに土砂が勢いよく混じるように、押し寄せてくる。餌を求めて集まってくる魚が渦を成すように、形作っていく。ヴィトロはその勢いに負けることはなかった。
     渦は代理人の真下──遺跡真下で荒ぶる形を収めて収縮をしながら妖精の魂を受けとめる準備をはじめている。
     この光の中に霊木の構造が格納され、独自空間が存在する。
     ヴィトロは代理人がその空間をこじ開ける瞬間を目を凝らした。
     ヴルムが刃を振り下ろし、シロツメ公主が恍惚の表情でそれを受けた瞬間、刃の切っ先が春玲という小さな命のエネルギーに触れた刹那の瞬間、霊木空間は霊脈の中で開いた。
     箱庭実験で試行した通りの解体術式が発動して開かれた霊木の内部が固定された。
     強引に口を開かされた状態で、表層上のセッカとヴィトロが続ける演算を上回るエネルギーの渦が『中』では起きていた。

    「春玲」
     呼びかけが耳の奥で木霊する。
     シロツメ公主が目を開けると手を握りしめて離さないヴルムと、少し離れたところでセッカと手を繋いでいるヴィトロの姿があった。
    「ここは、霊脈の中ですか?」
    「はい。計算通りいま霊木送りが発生しています。おふたりは手を離さないで、決して現実の意思を失わないで」
     ヴィトロの言葉にヴルムとシロツメ公主はきつく手を握りしめて頷いた。
     シロツメ公主の左腕から光が漏れて円形に広がる舞台のような空間へ吸い込まれていく。
    「今流れているのは公主の生命エネルギーです。本当なら代理人がザクッと殺って、まるごとエネルギーがあの光の中心に運ばれるわけですが、今表層上で宰相が刃を止めているからすべてが霊木に送られていない」
     セッカはその光の筋を辿りながら、ヴィトロの手を引いて舞台へ降り立った。
     生命エネルギーの引き込まれる筋を辿り、そこへ構造分解の術式を直接叩き込む。
    「長く保たない。早く解体を進めてくれ。補助術式で刃を止めてはいるが、霊木からの干渉が思いの外大きい」
     喋るだけで意識が引き込まれそうだと告げるヴルムをシロツメ公主は強く抱きしめた。
     これまで代理人の役割を得た者は霊木の誘惑に逆らえた者などいないだろう。
     小さな命の質量に対して霊木という存在の持つ質量は比べ物にならない。ひとが蟻を潰すほどに簡単なことだ。
    「ヴルム」
    「?」
    「愛していますヴルム」
     ニヤリとした笑みをセッカとヴィトロが投げるので、ヴルムは表情の作り方に悩んで「ふたりは早くいけ」と追い払うような仕草をして照れ隠しをするしかなかった。
     引き寄せられるようにしてヴルムとシロツメ公主も叡智らの後を追う。
     だが4人の足が止まった。
     奥から質量を伴った気配が近づいてくる。
    「──そうだな、大事な構造基幹部に迎撃術式入れておかねぇ方がおかしいよな」
     セッカは毒づいて、ヴィトロを自分の背へ押し込んだ。
     時間がない。ヴルムとシロツメ公主の意思と生命力、そしてヴィトロ自身の術式実行にかかる負担を考えても、こんなところで足を止めるわけにはいかない。
     ここで迎撃術式を排除するのがセッカの仕事だ。

    「──こんにちは、はじめまして。そして久しぶりだね」

     だが光の中から現れたものは、想像もしない形をして、ののほんと挨拶をしてきた。
     その声を、ヴルム以外の全員は耳にしたことがあった。
     かつて花守山の良心の人として愛された冬の王。
     幽達の計略によって命を散らした冬清王潤越だった。
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    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3449166.html
    ⇒ 繕うものたち
    二胡を弾く手を止めたのは、シロツメ公主の夫、アシュタルの護国卿ヴルムだった。
     気分よく聞いてくれていると思っていたので、驚いて弦を落とした。
     落ちた弦を夫が拾うが、ヴルムはシロツメ公主へ手渡さない。
    「聞きたいことがある」
    「な、なんでしょう、ヴルム様」
     一呼吸置いて、ヴルムは自分が感情的にならないように、意識して続けた。
    「お前に冬清王という婚約者がいたのは聞いてる。それがお前の目の前で死んだという話も聞いた」
     誰からそれを聞いたのか、と思うが答えはすぐにでてきた。アシュタルにはシロツメ公主を監視する目がいくつもある。その一つは直接慈悲王と繋がっている宰相ジブリールだ。
     シロツメ公主の視界が暗くなるのがヴルムにも分かったが話は止めなかった。
    「その婚約者は、アシュタルが殺したのか?」
     
     もう六年以上前のことだ。冬清王潤越とその従者セッカと三人で、国主領の山間に花見に出かけた。手を引かれ時に抱き上げてもらいながら、美しい景色を楽しんだ。
     今ならば行かないでと大泣きをしてでも止めただろう。
     戦時中とはいえ、国主宮も近いその丘が血塗れの惨状になることなど、だれも想像して 7531

    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3457535.html⇒ 引き離せないもの三国を探し歩いても、これほど同じ顔の人間などいないものだ。
    「何だお前は」
     向き合うヴルムとセッカは同時に同じ言葉を発した。ヴルムは敵対心を持って、セッカは既視感を持って。
     似ている、というには似すぎている。冬清王の若い頃は知らなかったが、記憶の中のかつての主人の姿がきれいに重なり、目眩すら覚えた。
     しかも今シロツメ公主はこの男をヴルム様、と呼んだ。
     護国卿ヴルム、シロツメ公主が嫁入りした男の名前だ。
    「セッカ、離してください」
     シロツメ公主はヴルムの姿を認識すると、セッカへ警戒心を強めた。
     慈悲王がシロツメ公主に直接使者を送り、使命の遂行を即したことが一度だけあった。
     使者は冬清王と暮らした冬ノ宮で、短いながらも幸福な時を一緒に暮らした侍女だった。年が同じであったから再会した時は13歳で、彼女も嫁入りを控えていると、祝い事であるはずが暗い顔をしていた。
     「あなたが慈悲王から託された使命とやらを果たさなければ、実家も未来の夫の未来がない」と泣きながらすがりついてきたのだ。
     動揺するシロツメ公主の心が激しく揺れているうちに、その侍女一族は戦時中の反逆行為の濡れ衣を着せら 6140

    kei

    DONEhttps://poipiku.com/1425184/3485521.html ⇒引き離せないもの(2)四十歳になったとかいう話を数年前に聞いたが、花守山の仙人たちはまるで衰えがない。ジブリールの報告を受け、思慮に更ける慈悲王は鋭い眼光のまま、黙していた。
     色素が薄く、空の雲と並べば溶けてしまいそうなほどに白い彼らは、その色の印象のままに清らかでいようとするし、争いと血の穢れを忌避し、残忍を良しとしない。
     ──と、いうが、後者は建前上のものではないかと、ジブリールは思った。
     この慈悲王という存在は、花守山において特に異質だと感じていた。
     穢れを忌避する姿勢はあるが、残忍で無慈悲なところは、花守山の民の本質からかけ離れている。身内で政権を奪い合う国主一族においても存在自体が異質に思えた。
     普通の人間であれば、個より全という帝王学を叩き込まれていてもここまで残忍な行いはできないと思う。彼は愛というものを知らないのだろう。
     シロツメ公主の教育過程を見ていたジブリールはそう結論づけていた。
     手心を知らないこの無慈悲な王に、失敗の報告をするのは恐ろしいが、避けては通れない。今後の方針を聞かずに独断で判断すればもっとひどいことになる。
     慈悲王幽達から託された霊木再生の施策──代理人に 6027