zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。勝邸で、勝・龍馬・諭吉・刀が、お互いを素知らぬ顔で観察しながら仲良く腹ごしらえをするお話です。>前作:春待顔
https://poipiku.com/271957/11573068.html
まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
探り合い 食事とは、元来生きる限りは必要な行為だ。寝て、起きて、食べる。他の行動がどれほど違い、中身が異なれども誰しも等しく日々行うだろう。それを不便だと思う向きもあるが、福沢諭吉にとっては人生の楽しみの一つだった。都度豪勢なものを、と言わずとも美味しいものを食べたいと願うし、可能な限り好む人と喜びを分かち合いたいとも考えている。
要するに食事とは、”場”なのだった。美味しさは状況により大きく異なる。家族、友人、知人、見知らぬ人同士と共に、戦場で食べれば楽しむ暇などなく忙しなく、心置きなく寛げる宴であれば、粗末な食べ物でさえも極上の逸品に変わる。だが同時に――同席者を観察する格好の場であることを、これまで一度も意識したことがなかった。
6823要するに食事とは、”場”なのだった。美味しさは状況により大きく異なる。家族、友人、知人、見知らぬ人同士と共に、戦場で食べれば楽しむ暇などなく忙しなく、心置きなく寛げる宴であれば、粗末な食べ物でさえも極上の逸品に変わる。だが同時に――同席者を観察する格好の場であることを、これまで一度も意識したことがなかった。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。花見ができなかった名残を惜しみながら、春のおやつを楽しむお話です。>前作:答え
https://poipiku.com/271957/11553249.html
まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
春待顔 時は人を待たない。乾いた空気が少しずつ潤いを取り戻してゆくと同時に、本来の優しさを思い出したかの如く陽が和らぐ。どちらも苛烈になってお構いなしにその勢力を振るうまでそう遠くはないし、きっと全てを忘れて微睡んで、再び深い眠りと同時に世界を忘れてしまうのだろう。商家の店先に飾ってあった寂しげな盆栽に、目に鮮やかな新緑が小さな手を出し始めたのを観てとり、隠し刀はようやっと春は夏に近づいているのだと気がついた。
四季の移ろいが再び記号ではなく人間的なものとして認識されてから僅か数日だが、もう今年の春をいたずらに費やしたことに後悔の念がわくのだからおかしなものだ。花弁一枚、最後までぐずついていたのがくしゃくしゃに萎れて枝に張り付くのがなんともしみったれている。今の自分の気分に相応しい。重箱の入った風呂敷を下げた手をぎゅうと握りしめ、隠し刀はどうしたら取り戻せるだろうかと思案した。
4667四季の移ろいが再び記号ではなく人間的なものとして認識されてから僅か数日だが、もう今年の春をいたずらに費やしたことに後悔の念がわくのだからおかしなものだ。花弁一枚、最後までぐずついていたのがくしゃくしゃに萎れて枝に張り付くのがなんともしみったれている。今の自分の気分に相応しい。重箱の入った風呂敷を下げた手をぎゅうと握りしめ、隠し刀はどうしたら取り戻せるだろうかと思案した。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?>前作:ハレノヒ
https://poipiku.com/271957/11274517.html
まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
18819それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
zeppei27
DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。前作VD話の続きでもあります。
>熱くて甘い(前作)
https://poipiku.com/271957/11413399.html
心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
5037隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
zeppei27
DONE何となく続いている主福の現パロ、VD話です。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、抜け目ない男と可愛い男、そして美味しいおやつのお話です。熱くて甘い 二月も半ば過ぎれば春遠からじ、と口ずさんでみたくもなる。暦の上では翌月は春だ。桜も段々と蕾が膨らみ、学び舎では去る者来る者が民族移動の如く入れ替わる。しかし、自然は人間が作り出した線引きなど意に介さない。ぴゅう、と一段と強く吹き付けた寒風に骨を震わせると、福沢諭吉は未だ冬が君臨していることを痛感した。
つい昨日までは、常夏を思わせる温かな国にいたためか、毎年慣れていることだろうに今年は一段と寒いなどと思ってしまう。今回の出張は学会ではなく、シンガポールに新設した分校の開会式に出席するよう依頼を受けてのものだった。大学は入学試験の真っただ中で講義はなく、青息吐息で卒業論文に取り組む在校生たちに二日三日は休みを与えても良いだろうとのありがたいお言葉である。
4240つい昨日までは、常夏を思わせる温かな国にいたためか、毎年慣れていることだろうに今年は一段と寒いなどと思ってしまう。今回の出張は学会ではなく、シンガポールに新設した分校の開会式に出席するよう依頼を受けてのものだった。大学は入学試験の真っただ中で講義はなく、青息吐息で卒業論文に取り組む在校生たちに二日三日は休みを与えても良いだろうとのありがたいお言葉である。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。>前作:岐路
https://poipiku.com/271957/11198248.html
まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ro
ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
2769自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
zeppei27
DONE推しCP交換~!で、えんまさんからの素敵なリクエスト、『片想い成就したい主←笠』です。可愛い!笠殿は真剣勝負で挑んでくれるのかな、と想像していました。微妙についた尾ひれの解釈はお任せします。リクエストしていただき、ありがとうございました!夢浮橋 日光が草花を照らし、ふんわりとした湿り気を伴う温もりを空気中に放っている。心持悩ましく感じられるのは、芽吹かんとする木々の呼気ゆえだ。植物というものは口こそ利かぬものの、等しく生命としての力に溢れ、日々活動している。
田舎道を歩いていた小笠原清務は、ふと足を止めると、そんな季節の移ろいに感嘆した。静かで、力強い。まるで自分の中で育まれゆく想いのようだ。いつしか根付いて体中に枝葉を伸ばして蕾を膨らませる。花は、咲くようで、咲かない。
「詮無い事を」
自然にかこつけようとする己を恥じて、清務は抱えた山吹の花枝を確認した。家を出る際、庭に過分なほどに育った山吹を見つけ、ただ剪定するよりはと折り取ったものである。花は鮮やかな黄色で、太陽で染めたかのようだ。山吹色、と花そのものが色を指すのも納得である。
6772田舎道を歩いていた小笠原清務は、ふと足を止めると、そんな季節の移ろいに感嘆した。静かで、力強い。まるで自分の中で育まれゆく想いのようだ。いつしか根付いて体中に枝葉を伸ばして蕾を膨らませる。花は、咲くようで、咲かない。
「詮無い事を」
自然にかこつけようとする己を恥じて、清務は抱えた山吹の花枝を確認した。家を出る際、庭に過分なほどに育った山吹を見つけ、ただ剪定するよりはと折り取ったものである。花は鮮やかな黄色で、太陽で染めたかのようだ。山吹色、と花そのものが色を指すのも納得である。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。横浜でクリスマスを楽しみ、大切なことを互いに伝え合う二人のお話です。メリー・クリスマス!>前作:鹿爪
https://poipiku.com/271957/11178099.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
岐路 祝祭とは、これすなわち文化だ。何を尊び何を忌むのか、各々の判断基準が自ずと現れている。日本の年の瀬はしめやかに進み、パンと大きく正月で弾ける仕組みだが、所変われば品変わるという奴で、欧米諸国では年末こそが盛大に祝う時期であるらしい。小さな開国地である横浜の外国人居留地で、福沢諭吉は色とりどりの異国の飾りをまじまじと眺めていた。
「Christmas Market、だそうですよ。売上は生活困窮者への年越しの補助に当てるのだとか。面白い仕組みですね」
自分も先だって教会の壁に貼られていた知らせを読んだだけだというのに、さも従前から知っていたかのようなふりをして情人を見遣る。隣で興味深そうに木彫り人形を観ていた隠し刀は、少し目を瞬かせた後に口を動かした。
8974「Christmas Market、だそうですよ。売上は生活困窮者への年越しの補助に当てるのだとか。面白い仕組みですね」
自分も先だって教会の壁に貼られていた知らせを読んだだけだというのに、さも従前から知っていたかのようなふりをして情人を見遣る。隣で興味深そうに木彫り人形を観ていた隠し刀は、少し目を瞬かせた後に口を動かした。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。諭吉が隠し刀の爪を切る話。意味があるようでないような、尤もなようで馬鹿馬鹿しいささやかな読み合いです。相手の爪を切る動作って、ちょっと良いですね……>前作:黄金時間
https://poipiku.com/271957/11170821.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
鹿爪 冬は、朝だという。かの清少納言の言は、数百年経った今でも尚十分通じる感覚だろう。福沢諭吉は湯屋の二階で窓の隙間から、そっと町が活気付いてゆく様を眺めていた。きりりと引き締まった冷たい空気に起こされ、その清涼さに浸った後、少しでも暖を取ろうとする一連の朝課に趣を感じられる。霜柱は先日踏んだ――情人である隠し刀とぱり、さく、ざく、と子供のように音の違いを楽しんで辺り一面を蹂躙した。雪は恐らく、そう遠くないうちにお目にかかるだろう。
諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
4741諭吉にとっての冬の朝の楽しみとは、朝湯に入ることだった。寒さで目覚め、冷えた体をゆるりと温める。朝湯は生まれたてのお湯が瑞々しく、体の隅々まで染み通って活きが良い。一息つくどころか何十年も若返るかのような心地にさせてくれる。特に、隠し刀が常連である湯屋は湯だけでなく様々な心尽くしがあるため、過ごしやすい。例えば今も、半ば専用の部屋のようなものが用意され、隠し刀と諭吉は二人してだらけている。
zeppei27
DONEいつもの主福の現パロ、webオンリーで先行公開していたお話です。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、二人と彼シャツをめぐるお話。彼シャツ、それはロマンとミステリー!些事 大学では、社会に出る前の最後のモラトリアムを象徴するが如く、学生たちが自由闊達に暮らしている。日がのぼったばかりのキャンパス内部を歩いてみれば、まずベンチで死んだようになって寝そべる学生が目に入るだろう。彼らは夜通し学業か将来か、はたまた別の何かに盛り上がって朝を迎えたのである。論文提出の時期が迫れば、寝巻き同然の姿でうろつき回る学生を見ることができるかもしれない。実験室で鍋を囲む学生たちを見たらば、大学側の人間がいるかを確認してみよう。もしいるのであれば、ギリギリ規約範囲内の出来事だろうと考えても良い。自宅ではないが、第二の家程度のだらしなさで肩の力を緩めることが一定の範囲内で許されているのだ。
7038zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。webオンリーで先行公開していたものです。横浜で出会う人々で開く天麩羅パーティと、可愛くてずるい情人・諭吉のお話です。>前作:鬼が笑う
https://poipiku.com/271957/11141339.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
黄金時間 何かと鋏は使いよう、と同じことで、どんな道具であろうと人であろうと、使い方一つで無限に可能性を秘めている。僅かながらの知恵で工夫を凝らし、己自身の研鑽を積んできた隠し刀にとって、進歩とは文字通り一歩一歩進む地道なものだった。人間はいきなり跳べたりはしない。全身の筋肉を鍛え、どこへ向かえば良いのか判断するための知識が必要だ。
ところが世界は広いもので、進歩が駆け足どころか悠々と遥か遠くへと飛躍することもある。阿鼻機流はその最たる例だ。滑空の理屈は解れども、鳥のように飛ぶ発想は到底抱けない。思いつけること自体が一種の才能と言えるだろう。郷里の行き詰まった――ある種、一つの技術を突き詰めることに徹していた――社会から出た隠し刀は、長屋にやってきたその天賦の才能の持ち主を笑顔で出迎えた。
7791ところが世界は広いもので、進歩が駆け足どころか悠々と遥か遠くへと飛躍することもある。阿鼻機流はその最たる例だ。滑空の理屈は解れども、鳥のように飛ぶ発想は到底抱けない。思いつけること自体が一種の才能と言えるだろう。郷里の行き詰まった――ある種、一つの技術を突き詰めることに徹していた――社会から出た隠し刀は、長屋にやってきたその天賦の才能の持ち主を笑顔で出迎えた。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。新年の準備は年末から!新年の準備を頑張る人々と、餅に振り回される二人のお話。ちょっとシリアスで切な目です。>前作:お揃い
https://poipiku.com/271957/10947874.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
鬼が笑う 冬がどんどんと日々を侵食してゆく。寒さに震えていたかと思えば、もう次の年が来るのだと今年の手仕舞いが叫ばれる。師走という名を、隠し刀はただの記号としか認識していなかったが、人間らしい生活をするようになってようやく言葉の意味を理解した。師走は師匠だけではない、あらゆる人々が駆けずり回る時なのだ。商家はツケの回収に走り、借金取りも今日までですよと大声で叫び立てる。煮炊きする音がどの家からも絶えず、正月飾りや晴れの揃えは飛ぶように売れていた。人影のまばらな路地ではこっそり、春駒の練習をする鳶がいたりもする。
人は皆等しく残り少ない今年を噛み締め、新しい時を迎え入れるのだ。太陽が上って、沈んで、また上るだけのことがこんなにも大袈裟で意味深い。故郷では、正月の支度らしい支度もなかったな、と隠し刀はぼんやりと市井の勢いに飲まれた。自分も何かをしなければいけないような気がする。だが、何を?何をすればこの年末年始を人らしく過ごせたと思えるだろう。
7255人は皆等しく残り少ない今年を噛み締め、新しい時を迎え入れるのだ。太陽が上って、沈んで、また上るだけのことがこんなにも大袈裟で意味深い。故郷では、正月の支度らしい支度もなかったな、と隠し刀はぼんやりと市井の勢いに飲まれた。自分も何かをしなければいけないような気がする。だが、何を?何をすればこの年末年始を人らしく過ごせたと思えるだろう。
zeppei27
DONE主伊です!!!男前で覚悟の決まった伊藤に対し、心の準備ができていない隠し刀がもちゃもちゃするお話です。長州男児の肝っ玉をお見せしましょう(?)伊藤君が腰に手を当てて「おい」って呼び止めるところ、めちゃくちゃ好きです。かなわぬもの 心の通い路は、何度歩めどわからない。近づいては霞のように消え、掴んでいたはずの裾は揺れる柳の影となる。それでも求めるのは、いつか触れたい、互いに心を交わしたいという飢えがあるためだ。いかにもそれらしく勿体ぶるならば、人は一人では生きられないが故とでも言ってみよう。根源的な欲求である。
伊藤博文は、己の中に深く根差す理想と欲望とをよくよく承知していた。時に利害が一致せぬ時には折り合う術も心得ているし、当たって砕けるだけの度胸と行動力もある。ただ、指をくわえているだけでは何も変わらず、かなうものなどありはしない。自分に然程の天運が降り注ぐとは考えにくかった。強いて言うならば、躊躇わずに運を掴み取って来た人間だと自負している。
6912伊藤博文は、己の中に深く根差す理想と欲望とをよくよく承知していた。時に利害が一致せぬ時には折り合う術も心得ているし、当たって砕けるだけの度胸と行動力もある。ただ、指をくわえているだけでは何も変わらず、かなうものなどありはしない。自分に然程の天運が降り注ぐとは考えにくかった。強いて言うならば、躊躇わずに運を掴み取って来た人間だと自負している。
zeppei27
DONE加糖さん、遅ればせながらお誕生日おめでとうございます〜!!!いつも真っ直ぐな気持ちで輝く姿を黒田に重ねた、黒田と隠し刀の関係のお話をモブ視点でお贈りします。陽の差すところ これはこれは、よくおいでくださいました。幾度も足を運んでいただき、誠にありがとうございます。方々に貿易商は店を構えども、手前の店は他の江戸藩邸に負けぬ品揃えと自負しております。ええ、今日日は薩摩焼も好評でして。異国の方々には、優れた技術と絢爛豪華な美術性の双方が素晴らしいと大流行りですよ。
今日は随分やかましい?稽古場の音がここまで届いておりますからね、それに今日は空模様が危ういようですから。しかしご安心ください、そのうちおさまりましょう。
何、薩摩藩の稽古の中心と言えば黒田清隆様、あのお方の気分がどうにも斜めというわけでして。若手の代表格のようなお方です、荒れれば他の藩士が相手をするのは一苦労だ。私?私は論外ですよ——やっとうの腕は立ちませんで。立派なのは体格ばかりです。
2095今日は随分やかましい?稽古場の音がここまで届いておりますからね、それに今日は空模様が危ういようですから。しかしご安心ください、そのうちおさまりましょう。
何、薩摩藩の稽古の中心と言えば黒田清隆様、あのお方の気分がどうにも斜めというわけでして。若手の代表格のようなお方です、荒れれば他の藩士が相手をするのは一苦労だ。私?私は論外ですよ——やっとうの腕は立ちませんで。立派なのは体格ばかりです。
zeppei27
DONEえんまさんの可愛すぎる投げキスを見て、笠殿の可愛さに五体投地しました。ウーッ可愛い!そんな投げキスを教えるところから見たいという気持ちのままに、感謝の念を込めての主笠です。素敵絵をありがとうございました……! 3477zeppei27
DONEいつもの主福の現パロのハロウィン話です。単品でも読めます。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!普段通りの場所の空気が変わるのって、面白いですね。幸なるかな、愚かな人よ 最初はクリスマスだった。次に母の日が来てバレンタインデーが来て、父の日というなんとも忘れられがちなものを経てハロウィンがやって来た。日本のカレンダーでは直接書かれることはまだまだ少ないものの、じわじわと広まった(あるいはメディアなどの思惑に乗って広められた)習慣は、お花見よろしくお祭り騒ぎをする格好の理由として大流行りを迎えている。街中に出れば、芋栗南瓜くらいしかなかった秋の風景に、仮装衣装が並び、西洋風の怪物や魔女、お化けといった飾り物が目を楽しませてくれる。
秋と言えば何といっても紅葉で、その静けさと味わい深さを愛していた福沢諭吉にしてみれば、取り立てて魅力的なイベントではない。寧ろ、大学で教鞭を奮う立場にとっては聊か困りものでもあった。校門前には南瓜頭を被った不審者が守衛に呼び止められ、学生証の提示を求められている。ブラスバンド部が骸骨が描かれた全身タイツを着て、ハロウィンにちなんだ映画音楽を演奏し、それに合わせて黒猫の格好をしたチアリーダーがぴょんぴょん跳ねる。ここぞとばかりに菓子を売る生協の職員は魔女で、右を向いても左を向いても仮装をした人間が目立った。まともな格好をしている人間が異界に迷い込んだ心地とはまさにこのような状態を指すだろう。
2260秋と言えば何といっても紅葉で、その静けさと味わい深さを愛していた福沢諭吉にしてみれば、取り立てて魅力的なイベントではない。寧ろ、大学で教鞭を奮う立場にとっては聊か困りものでもあった。校門前には南瓜頭を被った不審者が守衛に呼び止められ、学生証の提示を求められている。ブラスバンド部が骸骨が描かれた全身タイツを着て、ハロウィンにちなんだ映画音楽を演奏し、それに合わせて黒猫の格好をしたチアリーダーがぴょんぴょん跳ねる。ここぞとばかりに菓子を売る生協の職員は魔女で、右を向いても左を向いても仮装をした人間が目立った。まともな格好をしている人間が異界に迷い込んだ心地とはまさにこのような状態を指すだろう。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。お揃いの物を買いに、仲良く出かける二人のお話です。お買い物デートって良いよね(?)>前作:後始末
https://poipiku.com/271957/10920505.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
お揃い 寒さが少しずつ肌身に染みるように、道具にもまた季節の変化は訪れる。障子はたわみが取れてスッと背筋を正し、外に置いた箒は朝に触れると思わず取り落してしまいそうな程に冷たくなる。空気が乾燥しているのだな、と己の手袋を見た福沢諭吉もまた冬支度に想いを馳せていた。衣服にこだわりはないので、せいぜい綿入れや分厚い外套を用意するだけで済むのだが、こと手袋に関してはそうはいかない。
常用している木綿の白手袋は季節構わず洗って使いまわせば良いが、冬場に愛用する革手袋は話が別だ。乾いた皮膚のように艶を失い、深く入った皺は今にも割れてしまいそうである。一度壊れてしまった革は死んでいるので、最早傷を癒して元に戻る術を持たない。世話をするのは死骸を引き取った持ち主の役割だ。
5986常用している木綿の白手袋は季節構わず洗って使いまわせば良いが、冬場に愛用する革手袋は話が別だ。乾いた皮膚のように艶を失い、深く入った皺は今にも割れてしまいそうである。一度壊れてしまった革は死んでいるので、最早傷を癒して元に戻る術を持たない。世話をするのは死骸を引き取った持ち主の役割だ。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。『拝借』したからには、ね!『返却』しに行く隠し刀と諭吉、そしてFriendペリーの日常話。>前作:柚子
https://poipiku.com/271957/10787205.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
後始末 子供というのは、社会的にまだまだ分別がつかない生き物だと見なされている。故にどれほど大それた悪戯をしでかそうともそれは悪戯に過ぎず、叱責や多少の罰を受けることはあっても大人のように責任を負わされることはない。例外はあれども、少なくとも福沢諭吉はこれまでちょっとした思いつきで躓く羽目になったことはなかった。長じて分別がついてからは、人の道を外れることもなく、実に品行方正な生き方をしてきたので全ては最早無関係の思い出である。
が、自分の思いつきはどれほど大義名分をつけても免責されぬものであったらしい。珍しく身なりを整えた隠し刀が、彼の家で出迎えてくれたと思えば切り出された提案に、諭吉は目を白黒させるばかりだった。
4694が、自分の思いつきはどれほど大義名分をつけても免責されぬものであったらしい。珍しく身なりを整えた隠し刀が、彼の家で出迎えてくれたと思えば切り出された提案に、諭吉は目を白黒させるばかりだった。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。リクエストをいただいた「料理描写(できれば諭吉で)」をテーマに、柚子尽の宴を開く二人のお話。美味しいものを目一杯!>前作:二人遊び(R18)
https://poipiku.com/271957/10767042.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
柚子 季節の移ろいを訴えるのは様々で、例えば朝の空気の冷たさや風の香り、鳥や虫の鳴き声、それに葉の色の変化も忘れられない。今年に別れを告げるように一斉に艶やかな着物を纏って賑わせたかと思うとゆっくりと葉を落としてゆく様は、何度目にしても巡り来る年月に胸を震わせられる。別れを告げるのが葉であるならば、彼らの今年を詰め込んだ結果は文字通りその果実だろう。春は桜桃、夏は西瓜、秋は梨、そうして秋が深まって冬に近づいてくると目立つのは、
「良い香りですね」
柚子だ。通り一つ向こうから漂う強い香りに鼻をくすぐられ、福沢諭吉は思わず足を止めた。農家が運んできたのだろうか、俄かに市でも立ったかのように風に乗った香りが人々を誘う。実際既に引き込まれた人々の喧騒で、隠し刀の長屋がある方角は随分と賑わっているようだった。まさか彼が?これから遊びに行こうと計画していたこともあり、諭吉は足を早めた。
8497「良い香りですね」
柚子だ。通り一つ向こうから漂う強い香りに鼻をくすぐられ、福沢諭吉は思わず足を止めた。農家が運んできたのだろうか、俄かに市でも立ったかのように風に乗った香りが人々を誘う。実際既に引き込まれた人々の喧騒で、隠し刀の長屋がある方角は随分と賑わっているようだった。まさか彼が?これから遊びに行こうと計画していたこともあり、諭吉は足を早めた。
zeppei27
DONE何となく続いている主福の話で、単品でも読めます。人が置いていった物だらけの長屋を整理できない隠し刀と、何故できないかを考えながらお手伝いをする諭吉のお話です。ちょっとしんみり。>前作:ありふれた椿事
https://poipiku.com/271957/10717664.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
思い出道楽 物、物、物。見るものを圧倒するような無言の存在たちに、福沢諭吉はただただ口をつぐむばかりだった。茶箪笥、書見台、脇息に座布団。座布団の上には信楽焼だろう素朴な猫の焼き物と本物の野良猫が寝転んでいる。埃っぽい床には扇子や団扇が箱に乱雑に入れられ、その隣には端切れの山が茶と書かれた箱にどっさりと積まれていた。上を向けば民芸品の達磨が目のない虚を呈しており、書物も乱雑に散らばってやる気がない。
商品なぞ見つけたい人間だけが見つけるが良い、という堂々たる様子はおよそ店と呼ぶには憚られた。第一、物がひしめき合って店内全体が暗く、入り込んだらば底知れぬほど入り組んでいる。見る者が見れば、これは宝の山なのだろう。現に物の合間から覗く人影は少なくはない。しかし、部外者にしてみればここは塵芥の城にも等しかった。
7090商品なぞ見つけたい人間だけが見つけるが良い、という堂々たる様子はおよそ店と呼ぶには憚られた。第一、物がひしめき合って店内全体が暗く、入り込んだらば底知れぬほど入り組んでいる。見る者が見れば、これは宝の山なのだろう。現に物の合間から覗く人影は少なくはない。しかし、部外者にしてみればここは塵芥の城にも等しかった。
zeppei27
DONEマーカス、君とはもっといろいろ話ができると思っていたのに!横浜貴賓館関係メンバーでワイワイしたい!マーカスのお悩み相談会に、刀が伊賀七とサトウと取り組む話です。諭吉は最後に登場します。>前作:影遊び
https://poipiku.com/271957/10694953.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
ありふれた椿事 世界は広い。日々の生活に追われていると、目先の環境しか考えられないものだが、その目先をどんどん遠くに伸ばしてゆくとやがては海を出て、そうして別の国にとたどり着くのだから面白い。自分は日本のどこか、ではなく世界のどこか、に暮らしているのだと唐突に思い当たって驚かずにはいられない。隠し刀も、福沢諭吉に出会うまでは自分の住む陸地のことを考えるので精一杯だった。だからこそ、自分の片割れを見つけることができなかったとも言える。
理屈はすんなりと飲み込めた。さりとて日常生活の中で異国に想いを馳せることはまだまだ少ないのが世情で、時折異国のものを見かけ、異人を目にして、ああ世界は広いと想起される程度のことである。ある意味自分よりも、尊王攘夷を唱える志士たちの方が世界を実感していると言えよう。忌み嫌う人間の方が高い意識を抱いているというのは皮肉な話だった。
5880理屈はすんなりと飲み込めた。さりとて日常生活の中で異国に想いを馳せることはまだまだ少ないのが世情で、時折異国のものを見かけ、異人を目にして、ああ世界は広いと想起される程度のことである。ある意味自分よりも、尊王攘夷を唱える志士たちの方が世界を実感していると言えよう。忌み嫌う人間の方が高い意識を抱いているというのは皮肉な話だった。
zeppei27
DONE!上げ直し版です!いつかは書きたいけれども迷っていた片割れのお話です。わかりそうでわからず、相手はすっかり自分を知っているというのは、片割れならばありそうな話だと思いながら書いていました。名前はお好みでご想像ください。
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
影遊び 江戸の街を賑わせるのは江戸八百八町といった都市の大きさは言うまでもなく、それを支える大小様々な店である。中でも屋台は昼と夜とでガラリと看板を変えてふらりと現れるものだから面白い。大概の屋台は流しが多く、これまた一期一会であると言うのが時に話題を呼ぶ。普段はあまり足を向けることのない人間でも、自然誘われるものが何某かあるというもので、福沢諭吉もまた、藩邸でぶらぶら時間を潰す朋輩から耳寄りな話を聞いて心惹かれていた。
「鍋焼きうどん、ですか。少し季節が早い気もしますね」
「夜にはちょうど良いってもんでさ。あれさ、それも味付けが上方仕込みでさっぱりとしてるんだな。具も天ぷらじゃなしに狐揚げやら鶏肉が入っててねえ。食べ出があっていいよ。何より、ここから近いってのも便利だ」
8484「鍋焼きうどん、ですか。少し季節が早い気もしますね」
「夜にはちょうど良いってもんでさ。あれさ、それも味付けが上方仕込みでさっぱりとしてるんだな。具も天ぷらじゃなしに狐揚げやら鶏肉が入っててねえ。食べ出があっていいよ。何より、ここから近いってのも便利だ」
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。リクエストでいただいた「月見」をテーマに、月に魅入られ月を楽しむ、二人のロマンチックなお話です。>前作:『餅は焼いても揚げても良い』
https://poipiku.com/271957/10615331.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
月を食む 人の心は変幻自在で移ろいやすく、今日花の可憐さに目を細めたらば翌日は懐の寂しさを嘆き、はたまた子の成長に目を見張る。世間そのものが変化に富んでいる中で、その一つ一つに感応しているとも言えるだろう。季節の移ろいに、事実以上の想いを見出すに至った隠し刀もまた、そうした俗世の眼差しを解するようになっていた。なべてそれは情人の福沢諭吉や、この歳になってようやく得た友人諸氏のお陰である。『人』の心は、人が知っている。
故に自分もようやっと『人』になったものだと心密かに達成感を覚えるなどしていたのだが、実はまだまだであったらしい。横浜の写真館に、依頼された写真を届けついでに馴染みの飯塚伊賀七を訪ねた隠し刀は、真っ黒な紙を前にうんうん唸る友人の姿に首を傾げた。
5879故に自分もようやっと『人』になったものだと心密かに達成感を覚えるなどしていたのだが、実はまだまだであったらしい。横浜の写真館に、依頼された写真を届けついでに馴染みの飯塚伊賀七を訪ねた隠し刀は、真っ黒な紙を前にうんうん唸る友人の姿に首を傾げた。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。勉強のご褒美に、揚げ餅を食べながら海を見るデートを楽しむ二人のお話です。美味しい揚げ餅が食べたい!>前作:『有意義な休日』
https://poipiku.com/271957/10591789.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
餅は焼いても揚げても良い ぼり、ぼり、ぼりぼり、ざ、ざっ、がりん、ざく、ざく。辺りが静かなためか、ひどく大きく響く音に、福沢諭吉は悩ましい表情を浮かべた。隠し刀との勉強会も大詰めを迎え、早く切り上げて少し休もうかと外に出た先に、煎餅屋の屋台が待ち構えていたのが運の尽きである。膝上に揚げ餅の包、傍らに麦酒。見渡す限りの青い海。ちょうど夕陽が傾きかけた頃で、情人との雰囲気作りは完璧なはずだった。悔しさを滲ませて、しばし過去を振り返るとしよう。
横浜貴賓館を出るなり、感覚の優れた隠し刀はすぐさま異変に気が付いた。否、彼でなくとも誰でもわかっただろう。
「諭吉、あの香ばしい匂いがするものを食べても良いか?」
「揚げ餅ですね。ええ、食べましょう。僕も久々です」
2511横浜貴賓館を出るなり、感覚の優れた隠し刀はすぐさま異変に気が付いた。否、彼でなくとも誰でもわかっただろう。
「諭吉、あの香ばしい匂いがするものを食べても良いか?」
「揚げ餅ですね。ええ、食べましょう。僕も久々です」
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。仕事人間の隠し刀を心配したサトウが、権蔵も交えて競馬を観に行くお話です。馬は良い……諭吉は最後に出てきます。>前作:『君は可愛い』
https://poipiku.com/271957/10561821.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
有意義な休日 あらゆる時間には意味がある。目的があればそれに向かって寸暇を惜しんで努力しなければならないし、生活するためには衣食住を事足りなさせなければならない。他に大切なものができれば、そちらにあらゆるものを惜しみなく注ぐだろう。やるか、やらないかという選択肢はなく、ただやることだけが永遠に続いてゆく。公私の境目などあったものではない。全てが公であり私だった。道具として育てられてきた隠し刀にとって、この『生き方』はごく当たり前のものだが、どうやら世間では少しばかり勝手が違うらしい。
じりり、じりり、と両腕に力をこめながら薬研を均等に動かす。前へ、後ろへ。無心にこなせる作業なので、慎重を要するとはいえ思考を他に使える点で好ましい。じー、じっ、ざりりという音が長屋に充満するのも時間を刻むようで耳心地が良い。一個できた分を油紙に包んで軽く捻る。材料を補充し、薬研に手をかけたところで道具よりも先にしゃがれ声が割入った。縁側で猫と遊んでいる権蔵だろう。
11217じりり、じりり、と両腕に力をこめながら薬研を均等に動かす。前へ、後ろへ。無心にこなせる作業なので、慎重を要するとはいえ思考を他に使える点で好ましい。じー、じっ、ざりりという音が長屋に充満するのも時間を刻むようで耳心地が良い。一個できた分を油紙に包んで軽く捻る。材料を補充し、薬研に手をかけたところで道具よりも先にしゃがれ声が割入った。縁側で猫と遊んでいる権蔵だろう。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。お互いがお互いを可愛いと思う二人の話。時系列の都合で初冬で申し訳ない……!『可愛い』は宇宙のように意味が広い。敢えて使ってなかった分だけ詰め込みました。可愛いよ!>前作:『痕』
https://poipiku.com/271957/10530624.html
>まとめ
https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
君は可愛い 箸が転んでも面白いという年齢があるらしい。確かに若い子女が揃いも揃って他愛もないことに喜び、泣くほどに笑っている風が折々に見受けられる。些細な感情の起伏が激しく、ちょっとしたことでも熱狂してしまうのだろう。故に、微細な世の変化にも敏感で、物の善し悪しが過剰に受け止められるのかもしれなかった。例えば、このようなやり取りはいつどこでも発生しているだろう。
「可愛い!」
「あ、本当だ可愛い!ねね、今度りっちゃんとまた来ようよ。きっとこの文箱、好きだと思うんだ」
「あの子、毬の絵が描いてあるとなんでも好きだよね」
「そうかも?ふふ、これって西洋の毬かなあ」
「どうだろう?でも、可愛いから何でもいいかな」
きゃらきゃらという陽気な笑い声と他愛もない会話を耳の端で捕らえ、隠し刀は会話の中心に目を向けた。どうやら小間物屋が新作の文箱を仕入れたらしい。長屋からも近いのでちょくちょく品揃えを覗くのだが、他の店とは異なり西洋風の柄を取り入れており、野心的で大胆な店だ。横浜でもちょっとした名店となりつつある。
6677「可愛い!」
「あ、本当だ可愛い!ねね、今度りっちゃんとまた来ようよ。きっとこの文箱、好きだと思うんだ」
「あの子、毬の絵が描いてあるとなんでも好きだよね」
「そうかも?ふふ、これって西洋の毬かなあ」
「どうだろう?でも、可愛いから何でもいいかな」
きゃらきゃらという陽気な笑い声と他愛もない会話を耳の端で捕らえ、隠し刀は会話の中心に目を向けた。どうやら小間物屋が新作の文箱を仕入れたらしい。長屋からも近いのでちょくちょく品揃えを覗くのだが、他の店とは異なり西洋風の柄を取り入れており、野心的で大胆な店だ。横浜でもちょっとした名店となりつつある。
zeppei27
DONE完全単品・読切の主福で、隠し刀の恋愛相談を受けるうちに恋に落ちる諭吉の話です。ワンドロに参加できないから……いつもの二人は時系列が合わなくて……ここにしか打ち上げられないものを書いてみました。ミイラ取りがミイラになる話が好きです。雨天決行 ああ、それは恋という奴だ。人のありように一過言ある、悪く言えば斜に構えた福沢諭吉は、流暢に語る男の横顔を呆然と眺めた。勝海舟の屋敷に我が物顔で上がり込み、職務に励む自分を堂々と邪魔する彼こそは、隠し刀。名無しの権兵衛にして風来坊、得体のしれない人でなしである。余りにも傍若無人が堂に入っているため、家主含めて誰も咎めることもない。人の姿をした野良猫のような存在とも言える。
その猫は長らく悩んでいることがあるらしい。竹で割ったように人と人の情という面倒な綾を断ち切る彼にしては珍しく、さっさと終わらしにしないでダマになるままで今日もうだうだ意味のないことを垂れ流している。
「その人を見るたびに胸が苦しくなって、話しにくくなるんだよ。本当はたくさん話しかけたいんだ。なのに、どうしてなんだろうね?喋ってもうまい話もできなくて……まあ、諭吉も知っている通り、俺はつまらない男だから、大した話は元々できないんだけれどな」
9147その猫は長らく悩んでいることがあるらしい。竹で割ったように人と人の情という面倒な綾を断ち切る彼にしては珍しく、さっさと終わらしにしないでダマになるままで今日もうだうだ意味のないことを垂れ流している。
「その人を見るたびに胸が苦しくなって、話しにくくなるんだよ。本当はたくさん話しかけたいんだ。なのに、どうしてなんだろうね?喋ってもうまい話もできなくて……まあ、諭吉も知っている通り、俺はつまらない男だから、大した話は元々できないんだけれどな」
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。隠し刀の歯を検診する諭吉のお話。ひょっとすると私の性癖とやらは歯なのでは……?何か別の扉を開きかけたので閉じました。>前作:『地獄極楽、紙一重』https://poipiku.com/271957/10506541.html
>まとめ:https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
痕 歯は面白い。歯は生まれついてのものだけれども、小さいながらに人それぞれの人生を背負ってきている。例えば歯並びが悪く、まるでぼろぼろの塀のような歯は、当人も親も面倒を見る習慣がなかったことを示唆するだろう。貧しさ、衛生観念、無関心、長じても周囲が指摘しなかったか、あるいは永劫頓着しない性格か。多少の懸念が抱かれる。すり減り具合は癖を見抜く術であるし、本数の多い少ないは歴戦の証だ。清国では年齢を歯数とも呼ぶのももっともだろう。
さて医学を学んだ立場から、多少歯についても心得がある福沢諭吉にとって、情人である隠し刀の歯はなかなかの上物に思われた。栄養状態がやや危惧されるものの、血で繋がれてきたらしい大きめの歯は揃っているし、右奥がややすり減り気味である点は然程心配するものではない。虫歯はなく、欠けもない。良い状態だ。そして何より気に入っているのは――
3678さて医学を学んだ立場から、多少歯についても心得がある福沢諭吉にとって、情人である隠し刀の歯はなかなかの上物に思われた。栄養状態がやや危惧されるものの、血で繋がれてきたらしい大きめの歯は揃っているし、右奥がややすり減り気味である点は然程心配するものではない。虫歯はなく、欠けもない。良い状態だ。そして何より気に入っているのは――
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。権蔵も添えてのマッサージ話。だって自伝で得意って言ってたから……とても健全だよ!>前作:『欲しがりの私たち』(R18)https://poipiku.com/271957/10486617.html
>まとめ https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
地獄極楽、紙一重「何を、しているんですか」
我ながら冷静さを欠いているな、と思いつつも福沢諭吉は低い声を出した。場所は隠し刀の長屋、床に倒れた男をもう一人の男が覆い被さらんとするという珍妙な状況の現場である。もう一つ重要事項を付け加えよう。床に倒れている男は諭吉の情人である隠し刀で、もう一方はごろつきの権蔵だった。
人間二人が物理的に密接となれば即ち関係を持っていると解する、そんな思い込みの激しい性質ではないものの、諭吉が狼狽えてしまったのは、普段からこの二人が子犬のようなじゃれ合いをしているために他ならない。何しろこの横浜では坂本龍馬の次に長い仲であるらしい。関係性とは時間の長さよりももっとこう——いや、やはり駄目だ。何が理由だろうとも気に食わない。
3297我ながら冷静さを欠いているな、と思いつつも福沢諭吉は低い声を出した。場所は隠し刀の長屋、床に倒れた男をもう一人の男が覆い被さらんとするという珍妙な状況の現場である。もう一つ重要事項を付け加えよう。床に倒れている男は諭吉の情人である隠し刀で、もう一方はごろつきの権蔵だった。
人間二人が物理的に密接となれば即ち関係を持っていると解する、そんな思い込みの激しい性質ではないものの、諭吉が狼狽えてしまったのは、普段からこの二人が子犬のようなじゃれ合いをしているために他ならない。何しろこの横浜では坂本龍馬の次に長い仲であるらしい。関係性とは時間の長さよりももっとこう——いや、やはり駄目だ。何が理由だろうとも気に食わない。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。伊賀七、サトウも交えて美味しいお茶会をする可愛い小話です。箸休めにどうぞ!>前作:『人でなしの恋』https://poipiku.com/271957/10460632.html
>まとめ https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
女王に捧げる菓子 食とは探訪であり、未知との遭遇でもある。雪深く閉鎖的な里を出奔した隠し刀にとって、片割れを求めての当てずっぽうで必死な旅路は出会いの連続だった。新鮮な海産物、奢侈故滅多に口にすることのなかった甘味、舶来のものなど、数え上げればキリがなく、思い浮かべば共にした出来事が脳裏を過ぎる。自分は食べ物の好き嫌いなどないと思っていたが、存外舌が奢ったと気づいた時に苦笑したものだ。
いつぞや思わずその旨こぼしたところ、傍で煙草を吸っていた福沢諭吉は呆れることなく、むしろ慈しむような眼差しを浮かべたことが思い出される。
「いいじゃありませんか。好悪の感情は個人のものですよ、あなただけのね」
「ああ。中でも諭吉が一等好きだ」
3314いつぞや思わずその旨こぼしたところ、傍で煙草を吸っていた福沢諭吉は呆れることなく、むしろ慈しむような眼差しを浮かべたことが思い出される。
「いいじゃありませんか。好悪の感情は個人のものですよ、あなただけのね」
「ああ。中でも諭吉が一等好きだ」
zeppei27
DONE何となく続いている主福で、単品でも読めます。人斬りの現場を見られて逃げる隠し刀と、相手の本性に触れて悩み、砕いて進む諭吉のお話です。人でなしが人になってゆく、それを元に相手と起こす化学反応は楽しい……!>前作『煙に抱く』https://poipiku.com/271957/10442688.html
>まとめ https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
人でなしの恋 江戸近隣で最も西洋に近い場所と言えば横浜だろう。外国人居留地に住む人々の生活のため、あるいは元より商売のために運ばれてきた文物がこれでもかと店先に並べられている。骨董通りなぞに店を構える日本人にいたっては、片言の英語による異人たちとの値段交渉がすっかり板についていた。
早く自分自身が米国に行きたいと気が逸る福沢諭吉は、横浜貴賓館で異人たちと交流することに加えて、異国の書物からの情報収集に余念がない。今日も長らく待ちわびていた、医学雑誌(そんなものが欧米諸国にはあるのだ)が店に届いたと知らせを受け、弾むような足取りで本町を歩いていた。この辺りは西洋式の建築物が多く、ちょっとした異国旅行のような気分にさせてくれる点も良い。
10343早く自分自身が米国に行きたいと気が逸る福沢諭吉は、横浜貴賓館で異人たちと交流することに加えて、異国の書物からの情報収集に余念がない。今日も長らく待ちわびていた、医学雑誌(そんなものが欧米諸国にはあるのだ)が店に届いたと知らせを受け、弾むような足取りで本町を歩いていた。この辺りは西洋式の建築物が多く、ちょっとした異国旅行のような気分にさせてくれる点も良い。
zeppei27
DONEなんとなく続いている主福で、単品でも読めます。付き合っている二人に、他人の香りによって発生してしまった詰問イベント(?)のお話です。冷静さを徐々に失ったり、悲しさに気づいてメチャクチャになる理性の人は美味しいですね>前作 https://poipiku.com/271957/10398526.html
>まとめ https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
煙に抱く 人が一人で生きることは難しい。社会の中で生きるとなれば尚更だ。口にするものは他人が作り、身に纏うのは他人が作り、他人が作った軒下で雨を凌いで他人が作った道を行く。その向こうにはさらに他人がいて、どこまで行っても人の波は途切れることがない。ごくごく狭い箱の中の荒波を煩わしく思って育った福沢諭吉は、せめてその枠を崩そうとする一人であったが、人垣そのものは変わらぬことを骨の髄まで承知していた。
何しろ、自分という個人より前から人は手を繋いできたのだ。たった一人の人生くらいでどうにかなるものではない。故に、面倒な社会儀礼だとか付き合いだとかは最低限こなしている。気が合う人間と過ごす時間は大歓迎だ。無論大概の人間が自分と同じように過ごしているだろう。だが――
9578何しろ、自分という個人より前から人は手を繋いできたのだ。たった一人の人生くらいでどうにかなるものではない。故に、面倒な社会儀礼だとか付き合いだとかは最低限こなしている。気が合う人間と過ごす時間は大歓迎だ。無論大概の人間が自分と同じように過ごしているだろう。だが――
zeppei27
DONE企画4本目、加糖さんよりご指名頂いた黒田で、『分け合いっこ』です。豪快さと可愛さの合わせ技、黒田君はいろんなものを何の気なしに分け合ってくれるような気がします。多分他意はないんだ……あるって言って!リクエストありがとうございました!
太陽の共食い 薩摩藩上屋敷は夏真っ盛りだった。縁側をみっしりと埋め、前庭に敷いた筵一面に広がる夏の成果に、黒田清隆は目を疑った。江戸に来てから久しいが、このような異様な光景に出くわすのは初めてである。
「西瓜……だと?」
「その通りだ、黒田」
朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
「承知しもした!」
すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
3277「西瓜……だと?」
「その通りだ、黒田」
朋輩たちがわらわらと興味本位で群がる様に呆然としていると、のっそりと大きな影がさした。いついかなる時も沈着冷静な人は誰であろう、大久保利通である。流石に彼ならば事情を知っているに違いない。こちらの困惑を見て取ったのだろう、利通は淡々と続けた。
「篤姫様が、暑気払いにと御下賜されたのだ。京の都から取り寄せたらしい。……一人一つだ!欲張るでないぞ!」
「承知しもした!」
すかさずちょろまかそうとした輩がいたのだろう、利通の一喝ですぐさま場の空気が引き締まる。確かに、薩摩の暑さに比べれば江戸の夏など可愛らしいものだが、暑いには変わりない。西瓜のみずみずしい甘さは極上に感じられるだろう。篤姫も小粋な計らいをしてくれたものだ。
zeppei27
DONE企画3本目、りひとさんからいただいたご指名の諭吉で、『バウムクーヘンエンド』です。完全に独立した単品だよ!史実で妻帯者だから、ばっちりですね!特に贈る側が気づかないのが好きなので……業が深い仕上がりになりました。リクエストありがとうございました!
輪違 めでたい話である。人と人が縁付き、新しい家門を形成し、将来の繁栄を子子孫孫まで伝えようとする。家族ができる、人生を共に歩む相手ができる、それだけでも十分喜ばしい。
そんなものは、畢竟自分には縁遠いものであったのだと隠し刀は痛感していた。家を持たず、自由に生き、己なりに人と人との縁を理解し不器用に繋いできたつもりであるが、所詮は枠外の存在である。
「おめでとう」
覚悟を決めるために口中で台詞を反芻しながら、長屋で一人、祝儀の品を作る。人生で初めて作るものが、一番の友人のためとは幸運だろう。自分がまた一つ、人らしくなった証だ——この胸をじくじくと痛ませるくだらない想いも含めて。
何もかも気づくのが遅く、全て手遅れだった。誰も悪くはない、強いていうならば己の不始末と言える。鮮やかな楓が染め抜かれた風呂敷の中に、秘蔵の葉巻をたっぷり詰め込み、仕入れたばかりのウヰスキーボンボンなる菓子を添えたところで、隠し刀は深々とため息をついた。どれほど作業が進もうとも、頭の中は遅々として回らない。数日前に勝海舟邸を訪れた時から、自分の時間は止まったままだった。
4395そんなものは、畢竟自分には縁遠いものであったのだと隠し刀は痛感していた。家を持たず、自由に生き、己なりに人と人との縁を理解し不器用に繋いできたつもりであるが、所詮は枠外の存在である。
「おめでとう」
覚悟を決めるために口中で台詞を反芻しながら、長屋で一人、祝儀の品を作る。人生で初めて作るものが、一番の友人のためとは幸運だろう。自分がまた一つ、人らしくなった証だ——この胸をじくじくと痛ませるくだらない想いも含めて。
何もかも気づくのが遅く、全て手遅れだった。誰も悪くはない、強いていうならば己の不始末と言える。鮮やかな楓が染め抜かれた風呂敷の中に、秘蔵の葉巻をたっぷり詰め込み、仕入れたばかりのウヰスキーボンボンなる菓子を添えたところで、隠し刀は深々とため息をついた。どれほど作業が進もうとも、頭の中は遅々として回らない。数日前に勝海舟邸を訪れた時から、自分の時間は止まったままだった。
zeppei27
DONE企画2本目、うさりさんよりいただいたご指名の龍馬で、『匂いを嗅ぐ』です。龍馬は湯屋に行かないのでなんというか……濃そうだな、などと具体的に想像してしまいました。香水をつけていることもあり、変化を楽しめる相手だと思います。リクエストありがとうございました!
聞香 千葉道場の帰り道は常に足取りが重い。それなりに鍛えている方だが、疲労は蓄積するものなのだと隠し刀は己の限界を実感していた。所詮は人の身である。男谷道場も講武館も、秘密の忍者屋敷もすいすいとこなしたところで、回を重ねれば疲れるのも道理だ。
が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
3110が、千葉道場は中でも格別であった。理由の一つは毎度千葉佐那が突撃してくることで、一度は勝負しないと承知してくれない。そうでもなければ、「私に会いに来てくださったのではないですか」などとしおらしい物言いをされるので弱ってしまう。健気な少女を健全に支えたつもりが、妙な逆ねじを食わされている形だ。
佐那だけならばまだ良い。性懲りもなく絡んでくる清河八郎もまあ、どうにかなる。問題は最後の一つで、佐那が坂本龍馬と自分との手合わせを観たいとせがむところにあった。彼女は元々龍馬と浅からぬ因縁があり、ずるい男は逃げ回るばかりで年貢を納めようとしない。その癖、隠し刀の太刀筋が観たいだのなんだの言いながら道場までついてくる。佐那は龍馬と手合わせできないのであれば、二人が戦う様を観たいと譲歩してくれるというのが一連の流れだ。
zeppei27
DONE企画1本目、ハレさんよりいただいたご指名の桂さんで、『ネクタイいじり』です。洋装がある人に当たったピッタリ具合にニコニコしました。靴紐結びも良い~ですが、命の危険性があるネクタイが一番好きです。蝶ネクタイ以外も色々おしゃれを楽しむ姿を……見たいよ!ネクタイが前からではなく後ろからしているのも込みで趣味です。
リクエストありがとうございました!
戯れ 朝の支度は煩わしい。新政府が立ち上がってからというもの、ただでさえ目まぐるしい職務の始まりに、桂小五郎もとい木戸孝允は今日も翻弄されていた。顔を洗って寝間着を脱ぐ。ここまでは宜しい。
しかし、幼少期から慣れ親しんだ旧時代を置いてしまうと、途端に心もとなくなる。シャツ、靴下止めに靴下、ズボン、ズボン吊り、ベスト、ああ全くどうしてこんなにも身に着けるものが多いのだろう。小道具まで揃えると煩わしさは頂点に達する。
「おはよう。どうだ、順調か」
「おはよう。わかるだろう?恥ずかしながらこの体たらくだ」
するりと入り込んだ声に自室の戸口を見れば、苦楽を共にした隠し刀が顔を覗かせていた。昨晩まで同じ褥に入って暴れまわったというのに、方や前途多難、方や完璧に身なりを整えているとはどういうことだろう。思えば情人は、奇兵隊の影響を受けて出会って早々に洋装に切り替えていた。おまけに手先がひどく器用で、小五郎はしばしば髪結いなども手伝ってもらったものである。
3118しかし、幼少期から慣れ親しんだ旧時代を置いてしまうと、途端に心もとなくなる。シャツ、靴下止めに靴下、ズボン、ズボン吊り、ベスト、ああ全くどうしてこんなにも身に着けるものが多いのだろう。小道具まで揃えると煩わしさは頂点に達する。
「おはよう。どうだ、順調か」
「おはよう。わかるだろう?恥ずかしながらこの体たらくだ」
するりと入り込んだ声に自室の戸口を見れば、苦楽を共にした隠し刀が顔を覗かせていた。昨晩まで同じ褥に入って暴れまわったというのに、方や前途多難、方や完璧に身なりを整えているとはどういうことだろう。思えば情人は、奇兵隊の影響を受けて出会って早々に洋装に切り替えていた。おまけに手先がひどく器用で、小五郎はしばしば髪結いなども手伝ってもらったものである。
zeppei27
DONEなんとなく続きの主福で、単品でも読めます。ちょっと横浜の遠くまで、紅葉狩りデートをする二人のお話です。全く季節外れですが、どうしても書きたかったので!一緒にクエストで出かけたい人生でした……>前作(R18)https://poipiku.com/271957/10379583.html
秋遠からじ 朝の空気が一段と冷えるようになって、香りからも冬の訪れが近いことをひしひしと感じさせる。晩秋も終わりに近づき、あれほど横浜の街を賑わせていた色とりどりの木々は葉を落とし、寒々とした木肌をなす術もなく晒していた。落ち葉をかく人々だけがただ忙しい。そうして掃き清められた道にいずれ冬が訪れ、雪が全てを覆うだろう。貸布団屋に夏布団を返しに行く道すがら、隠し刀は世の移ろいを新鮮な面持ちで眺めて目を見張った。
「秋が、終わるんだな」
至極当然の自然の摂理である。これまでも幾度もの春を、夏を、そして秋やこれから来る冬を延々繰り返し眺めていた。季節は人間がどうこうするものでもなく、ただただ流れてゆく川にも似ている。せいぜい農作物やこんな布団の交換の目安くらいでしか見ておらず、花見の楽しみさえ我関せずであった隠し刀だが、横浜で迎える初めての秋は格別に去り難く、また引き止めたい心地にさせていた。
9598「秋が、終わるんだな」
至極当然の自然の摂理である。これまでも幾度もの春を、夏を、そして秋やこれから来る冬を延々繰り返し眺めていた。季節は人間がどうこうするものでもなく、ただただ流れてゆく川にも似ている。せいぜい農作物やこんな布団の交換の目安くらいでしか見ておらず、花見の楽しみさえ我関せずであった隠し刀だが、横浜で迎える初めての秋は格別に去り難く、また引き止めたい心地にさせていた。
zeppei27
DONEなんとなく続きの主福で、単品でも読めます。付き合ってから積極性を増す諭吉にドギマギする隠し刀と、見守る櫻屋・勝のお話です。物覚えがいい人に教えたら思いもよらぬ反撃を受けるって良いですね!多生之縁 とんでもない人物に、とんでもないことを教えてしまった。罪悪感と背徳感から、隠し刀は柄にもなく深い悔恨の念を抱いていた。まさかこんなことになるとは、まるで予想がつかなかったと言えば嘘になる。それでも可能性は低いと思っていたのだ。何しろ隠し刀が己の手腕を染み込ませた相手は、かの理性の人・福沢諭吉なのである。
「考え事ですか?」
ひそりとした声に思考の波から戻ると、隠し刀は小首を傾げる諭吉の頬を手の甲で撫でた。すりり、とすかさず寄って顔を綻ばせる情人は可愛いと同時に末恐ろしい。付き合いたての頃であれば、何をするんです!などと恥ずかしがって逃げ出していただろうに、今では危うくこちらが取り込まれそうになる。人通りが少ないとはいえ、二人がいる場所は横浜貴賓館の図書室なのだ。
13754「考え事ですか?」
ひそりとした声に思考の波から戻ると、隠し刀は小首を傾げる諭吉の頬を手の甲で撫でた。すりり、とすかさず寄って顔を綻ばせる情人は可愛いと同時に末恐ろしい。付き合いたての頃であれば、何をするんです!などと恥ずかしがって逃げ出していただろうに、今では危うくこちらが取り込まれそうになる。人通りが少ないとはいえ、二人がいる場所は横浜貴賓館の図書室なのだ。
zeppei27
DONE何となく続きの主福で、清い添い寝を終えた朝に二人で湯屋にお出かけするお話です。単独でも読めます!好奇心が旺盛な人間は、純粋な気持ちで夢中になっているうちに地雷を踏むことがままあるでしょうが、踏んで爆発する様もまた良い眺めだと思います。
前作>
https://poipiku.com/271957/10317103.html
もみづる色 情人と添い遂げた後の朝とは、一体どんなものだろうか。遥か昔の後朝の文に遡らなくとも、それは特別なひとときに違いない。理性の人である福沢諭吉も同様で、好きになってしまった人と付き合うようになってからというもの、あれやこれやと幾度となく想像を巡らせてきた。寄り添い合うようにして行儀良く寝たまま起きて笑い合うだろうか?それとも、決して隙を見せることのない隠し刀のあどけない寝顔を見ることが叶うだろうか。貪られるのか貪るのか、彼我の境目を失うように溶け合ったとしたらば離れがたく寂しいものかもしれない。
では現実はどうであったかというと、諭吉は窮屈な体をうんと伸ばしてゆるゆると目を覚ました。はたと瞳を開き、光を捉えた瞬間頭をよぎったのは、すわ寝坊したろうかという不吉な予感だった。味噌汁のふわりとした香りが空きっ腹をくすぐる。見覚えのない部屋だ。己の身を確認すれば、シャツと下穿きだけという半端な格好である。普段は米国で入手した寝巻を身につけているのだが、よそ行きのままということは、ここは出先なのだろう。それにしたって中途半端だ――
9065では現実はどうであったかというと、諭吉は窮屈な体をうんと伸ばしてゆるゆると目を覚ました。はたと瞳を開き、光を捉えた瞬間頭をよぎったのは、すわ寝坊したろうかという不吉な予感だった。味噌汁のふわりとした香りが空きっ腹をくすぐる。見覚えのない部屋だ。己の身を確認すれば、シャツと下穿きだけという半端な格好である。普段は米国で入手した寝巻を身につけているのだが、よそ行きのままということは、ここは出先なのだろう。それにしたって中途半端だ――
zeppei27
DONE何となく続きの主福で、付き合い始めたものの進展せずもだもだする諭吉と、観察者アーネスト・サトウの友情(?)話です。お互いに相手をずるいと思いつつ、つい許してしまうような関係性は微笑ましい。単品でも多分読めるはず!前作>
https://poipiku.com/271957/10313215.html
帰宅 比翼という鳥は、一羽では飛べない生き物だという。生まれつき、一つの目と一つの翼しか持たず、その片割れとなる相手とぴたりと寄り添って初めて飛べるのだ。無論伝説上の生き物であるのだから現実にはあり得ないものの、対となる相手がいなければどうにも生きることさえ立ち行かないという現象は起こりうる。
かつての自分であれば鼻で笑ってしまうような想いに、福沢諭吉は今日もむぐむぐと唇を運動させた。ぐっと力を入れていなければ、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。見る人が見れば、自分が誰かを待ちわびていることが手に取るようにわかるに違いない。
隠し刀と恋をする(そう、自分はけじめをつけたのだ!)ようになって以来、諭吉は一日千秋という言葉の意味を身を以て知った。滅多矢鱈に忙しい相手は、約束なくしては会うことの叶わぬ身である。彼の住まいに誘われたことはあるものの、家主は方々に出掛けてばかりで待ちわびる時間が一層辛くなるだけであった。
7614かつての自分であれば鼻で笑ってしまうような想いに、福沢諭吉は今日もむぐむぐと唇を運動させた。ぐっと力を入れていなければ、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。見る人が見れば、自分が誰かを待ちわびていることが手に取るようにわかるに違いない。
隠し刀と恋をする(そう、自分はけじめをつけたのだ!)ようになって以来、諭吉は一日千秋という言葉の意味を身を以て知った。滅多矢鱈に忙しい相手は、約束なくしては会うことの叶わぬ身である。彼の住まいに誘われたことはあるものの、家主は方々に出掛けてばかりで待ちわびる時間が一層辛くなるだけであった。
zeppei27
DONERONIN主福、前作の何となく続きです。無茶な人助けばかりする隠し刀の姿を見たらば、普通は心配になってしまうのでは?理性的に面倒を避けようとする諭吉の理解を超えた行動なんだろうなあと思うと、ちょっとだけ申し訳なくなります。冷静な人がメチャクチャになってしまう姿は良い。前作>
https://poipiku.com/271957/10302464.html
名付けたならば まだ熱を持っているような気がする。鏡台の前で髪を整えながら、福沢諭吉は努めて上の空でいようと懸命な努力を続けていた。普段であれば真正面から鏡の中の自分に向き合うところが、今日はどうにも難しい。否、この数日ほどはずっと同じ煩悶を繰り返しては鎮めていた。毎日見てそらで思い出せるような自分の顔など、今更何を感じよう。形ばかりの気合を入れてちら、と鏡を見てう、と思わず呻き声が出た。
「いつもと同じ、のはずなんですけれどもね」
どうしてこうも面映さが沸々と胸の中を満たしてゆくものか。ちらりと一瞬見ただけで、自分に向けられた眼差しの熱さまで思い起こされて頬が上気する。数奇な出会いを経た友人かつ一教子に過ぎないはずの隠し刀が、戯れともつかぬ誘いかけで自分の顎に触れた。太く節くれだった指先は戸惑う諭吉の唇をこじ開け――狼藉はそこまでだった。悪戯げな囁きを残して、全ては何事もなかったかのように日常に舞い戻っている。
5259「いつもと同じ、のはずなんですけれどもね」
どうしてこうも面映さが沸々と胸の中を満たしてゆくものか。ちらりと一瞬見ただけで、自分に向けられた眼差しの熱さまで思い起こされて頬が上気する。数奇な出会いを経た友人かつ一教子に過ぎないはずの隠し刀が、戯れともつかぬ誘いかけで自分の顎に触れた。太く節くれだった指先は戸惑う諭吉の唇をこじ開け――狼藉はそこまでだった。悪戯げな囁きを残して、全ては何事もなかったかのように日常に舞い戻っている。
zeppei27
DONE初RONINで気分のままに、隠し刀(男)×諭吉です。どうして契らせてくれないんだ諭吉ぃ!姫扱いをしてきたのにこの仕打ち、昇華させずにはいられませんでした。服装と言い、恥じらいを見せる様子と言い、居合(史実)まで持ち出してきて胸がいっぱいです。理性的な人が熱くなって激情に身を任せる時の勢いって良いですね……。舌足らず 横浜貴賓館は今日も活況を呈していた。国も身分も分け隔てなく、世界に対し門戸を開かんとする人々で溢れ、明日への野望や希望がひしめき合って熱気を孕んでいる。交わされる言葉はほぼ日本語ではなく、目を閉じて仕舞えばここが日本であることをも忘れてしまうような様相である。長らく鎖国を強いてきた国とは思えぬ状態で、十年前の日本人であれば誰もが想像だにしなかっただろう。
ここに、輝かんばかりの明日が見えようとしている。福沢諭吉もまた、そんな足掛かりを得るべく出入りする人間の一人だった。当初は幕府外国方として公文書を翻訳するためだけであったが、今では出入りする人々に日本語を教えるという小遣い稼ぎもできて一石二鳥である。とりわけアーネスト・サトウは、並々ならぬ熱意を持って学ぼうという姿勢が面白く、彼に教える時間が公務に計算されることも含めて希少な存在だ。本居宣長に興味を持ち、和歌を嗜もうとする英国人など、彼の母国でも滅多におるまい。彼との交流は、諭吉に母国に対する新しい見方を発見させる刺激的な時間だった。
3493ここに、輝かんばかりの明日が見えようとしている。福沢諭吉もまた、そんな足掛かりを得るべく出入りする人間の一人だった。当初は幕府外国方として公文書を翻訳するためだけであったが、今では出入りする人々に日本語を教えるという小遣い稼ぎもできて一石二鳥である。とりわけアーネスト・サトウは、並々ならぬ熱意を持って学ぼうという姿勢が面白く、彼に教える時間が公務に計算されることも含めて希少な存在だ。本居宣長に興味を持ち、和歌を嗜もうとする英国人など、彼の母国でも滅多におるまい。彼との交流は、諭吉に母国に対する新しい見方を発見させる刺激的な時間だった。