いのりのうた 小さな頃、眠りにつく前にはお祈りを欠かさない子供だった。信心深い親に教えられるままに覚えた主の祈りをたどたどしい口調で唱えながら、見えなくてもそこにいる神様の存在を信じて、愛して、愛されるような子供であろうとしていた。
小さな小さな誰よりも大切な妹の足が治りますように、僕と同じように走り回れるようになりますようにと、何度も何度もお願いした。
ミシェーラは歩けるようにならないのだと両親に告げられたあの日から僕は、神に祈るのをやめた。
そして運命のあの日。神性存在のデバガメカメラを押し付けられたあの日。妹の世界が闇に閉ざされたあの日から。僕にとって神というのは上に『クソッタレ』という冠をつけたものになった。
残酷な神々の支配するこの世界で、僕は今日も生きている。
いい子であれば神様が愛して助けてくれるなんてのは幻想だと知っていて、かといって他人を傷つけるようなこともできない。愛されるために善良であろうとするのではなく、傷つく人をみるくらいなら自分が傷ついたほうがいい。そんな弱い人間が、僕、レオナルド・ウォッチという存在だ。
この世には避けて通れない災厄というものがあると言うことを知っている。善人に幸福が、悪人に報いが来ると決まっていないことも知っている。
小狡く生きたほうが人生が楽になると嗤われたこともあったけれど、そんなことは知っていても僕は人を傷つける生き方を選べない。
「結局キミは、赤毛の坊っちゃんと同じように善性のイキモノだということだ」
背中合わせに座る人はそう言って、おそらくいつものように月のような笑みを浮かべている。僕の背中にほのかな温もりをくれるこの人も神様を持たない。祈る姿など想像もできない。
「僕は、誰になんと言われようとやりたいように生きてるだけですよ」
故郷を離れこの街にきて、命をすり減らしながら生きている。僕を救ってくれる神様なんていないとしっているから、自分のこの手で願いを叶えるために這ってでも前に進もうとしている。
「キミは傲慢だね」
「そうでもないっすよ。願ったってかなわないこともあると知ってます」
思い上がるつもりはない。
「それでも諦めるつもりはない」
「俺の命はミシェーラに光を取り戻すためにあるんです」
うつむいて膝に顔を埋める。つらく、悲しいときに口にする言葉がない。魂がすがれる神はいない。
今日も、いつものように理不尽な事件にあい、非力なこの手では救うことのできなかった命を手の中から取りこぼした。目の前で死に逝こうとする人は、僕の腕の中で「かみさま」と呟いた。ありふれた死に様。この街では珍しくもない、量産される終わりの一つ。
僕のこの手は自分の願いを叶えるためにある。ライブラに協力しているのもそのためだ。他の誰かを助けるためにあるのではない。神々の義眼なんてだいそれた物を押し付けられていても、僕は、僕自身は神様なんかじゃない。その使徒でもない。思うままに誰かを救う力なんてない。
そうわかっているのに、どうしようもなく心が軋む。
「キミが救いをもとめるならば」
僕は、背を預ける人の言葉に顔を上げた。振り向きはしないから、どんな表情でいるのかはわからない。
「その時は、僕の名前を呼んでみるかね?」
「……あなたの名前を?」
状況によっては呼ぶだけで効果は絶大そうだ。
なにしろ、救うどころか彼の名前は災厄の象徴。……正直に言って月に一度は彼のせいで死にかけてるような気もするし。
でもどうせ、神様を呼んだって救ってくれはしない。
「助けてはくれなさそうですね」
「そんな面倒なことしないよ」
せいぜい、魂の救済くらいはしてやるさ。そう言って笑う振動が僕の背中を震わせる。
約束してくれるだけ神様よりはマシだな。
僕は口角を上げて笑い、背中の体温に体を預けた。