センシティブな彼女間に合わなかったので前半部分までです・・
◇
『カイン君の新曲最高でした!』
『フル配信楽しみ・・!』
『声良すぎ・・!』
「みんな、いつも聴いてくれてありがとうな!今年は作曲に力を入れたいと思っているから、また早く次の曲を出せるように頑張るよ!」
画面を流れていく文字の羅列を見送りながら、カインは配信終了のアイコンをタップした。
カイン・ナイトレイ、現役大学生であり、今若者たちを中心に注目を浴び始めている音楽配信者だ。
SNSのフォロワーは10万人を超え、動画サイトの登録数も数万人単位で増え続けている。
今日は新曲のお披露目を兼ねたライブ配信を行っていたところだった。
「・・・・うん、いい感じだな。」
タブレットを手に取り、配信中には追いきれなかったリスナーからのコメントを読み、新曲への反応の確かな手ごたえを感じ頬を緩めた。
趣味の延長で始めた音楽活動だったが、続けるうちに視聴者が増え、応援してくれるファンが増えていった。
注目され、応援される嬉しさの反面新曲を出すたびに緊張感を覚えるようにもなっていった。
『ありきたりな曲しか出さないよなwワンパターンw』
「はは・・、厳しいな・・。」
大部分は肯定的なコメントばかりだが、時折混じる批判的なコメントに苦い笑みを浮かべてしまう。
数万人を軽く超える人たちが観ているのだから、当然批判コメントの一つもあるだろうとカインはゆっくりと息を吐くと長時間の使用で熱を帯び始めたタブレットをソファの上に置いた。
「さて、こっちの反応は・・っと・・。」
スマートフォンを持ち、SNSのアプリを開いて検索バーに自らの名前を入力した。
あまり頻繁に自分のことを検索するのは精神的に良くないことを理解しているが、丹精込めて制作した新曲の反応はやはり気になるものだった。
検索で出てきたリスナーの反応は軒並み好感触のものばかりで、カインは配信のコメントと同様に、先行きの良さを感じほっと胸を撫で下ろした。
配信前に呟いていた告知ツイートにも、新曲を褒めるリスナーからのリプライがたくさん付いていた。
全てに返事をしたい気持ちはあったが、時間的に難しい。せめて出来る限り目を通そうと画面を何度もスクロールした。
「ふー・・・・。よし、この位にしておくか。」
コメントを見終わり、アプリを閉じようとした瞬間、『配信者の炎上』という一文に目が留まった。
「炎上、かぁ・・。」
フォロワーを大勢抱える配信者にとって、炎上というのは酷く恐ろしいものだ。
トレンドの見出しの内容が気になったカインは思わず画面をタップし、詳細を確認しようとツイートを読み始めた。
『大食い系配信者オーエン、失言で大炎上!』
「大食い系か・・。」
カインはあまり大食い動画を観ることがなく、『オーエン』というのは全く知らない名前だった。
記事に目を通していると、文末に添えられていた写真にカインは思わず目を奪われた。
透き通るような白い肌に薄く形の整った唇、ほんの少し吊り上がった大きな瞳はまるで猫のような愛らしい印象を与えてくる。
テーブルの前に座っている状態の写真では上半身しか見ることは出来ないが、まるでモデルのような細い身体をしていた。
「こんな子が大食いなんて、凄いな・・。」
大食い系配信者だということなどまるで想像もできない容姿に、カインはほう、と感嘆のため息をついた。
「・・それにしても・・。」
写真に気を取られていたカインだったが、気を取り直してニュース記事の本文を目で追うと、人形のような儚げな彼女の容姿からは想像できないほどの苛烈な言動に顔を引き攣らせた。
今回の炎上の発端は、彼女の配信に現れたアンチ視聴者のコメントに手ひどく言い返し、度が過ぎていると争いの規模が大きくなっていったというものだった。
まとめられた双方の発言を眺めたが、後半に進むにつれオーエン本人の発言が過激になっていき、いつの間にかアンチ側に同情が集まってしまっていたようだった。
「これは、なんというか・・壮絶だな・・。」
相手の心を抉る悪辣な発言の数々にカインは思わず顔を引きつらせてしまった。
配信者に粘着する悪質なアンチコメントの印象が覆ってしまうほど、このオーエンという人物は口が悪いのだ。
(けど、ここまではっきり言い返せるのは気持ちがいいんだろうな・・。)
『アンチなんて視聴者が増えたら比例して沸いて出てくるんだし、相手にしないのが一番だって。』
カインは以前、配信仲間に言われた言葉を思い出した。
投稿を始めたばかりでまだ視聴者もそれほど多くない時期、それほど多くないコメントの中に紛れた「才能ないよ、やめれば?」というコメントに落ち込んでいるカインに対し、先に配信活動をしていた友人がくれた慰めの言葉だった。
立場上言い返すこともできず、不満を心に溜め込みながら配信を続ける日もある。
人よりも根が明るく、細かいことを気にすることが少ない性質だと自覚しているカインですら、自らを傷付けようとする悪意を帯びた言葉を投げかけられれば心に引っかかってしまうのだ。
リスナーからの心ないコメントで傷つき、自信や活動の気力を失い引退してしまった配信仲間も少なくない。
それでも、やはりアンチの相手をするだけ無駄なのだということは事実だろう。相手をするほど悪意は膨張し、攻撃的なコメントが日毎増えていく。
現にオーエンの反論はインターネットの住民を怒らせてしまっている。攻撃を受けた被害者のはずが、今や彼女が諸悪の根源のような空気がSNSの中に渦巻いてしまっているのだ。
カインは彼女の行動に首を傾げつつも、炎上を恐れずこれほどまでに痛烈に言葉を放てる存在に、ほんの少し興味を抱いてしまっていた。
「うーん・・いや、でもなぁ・・。いくらなんでもこれは良くないだろう・・。」
地上波ならピー音でかき消されてしまうような放送禁止用語の数々にカインはため息をついた。
やはりアンチなどは相手にせず、苦い気持ちは悔しさに変えて作品作りの糧に昇華してしまうのが一番だ、とカインは一人頷いた。
「やっぱり配信者っていうのは大変だよなぁ、俺も発言には気を付けないとな・・。」
がさつというか、少々おおざっぱな気質があることを自覚しているカインは同情しながらも気を引き締めた。
(早く炎上が収まるといいな・・。)
炎上の渦中のオーエンに対し、カインは同情と呆れの感情をを半々に抱きながらベッドに潜り込み、スマートフォンの画面を閉じた。
◇
「あれ、この動画って・・。」
ある日、作曲の休憩にと開いた配信サイトのおすすめ動画に見覚えのある姿を見たカインは、思わずスクロールする手を止めた。
サムネイルに映し出されていたのは以前見かけた炎上記事の主である「オーエン」だったからだ。
記事の文面でしか彼女のことを知らないカインだったが、実際に動画を観れば印象が少しは変わってくるだろうかと思い、サムネイルをタップして動画を観始めた。
ぱ、と画面に映し出されたオーエンの姿は以前見かけたネット記事の写真通り、これから大食いをする人間とは思ないほどに華奢で儚げな姿をしていた。
にこやかに挨拶をするわけでもなく、画面の向こうの視聴者を盛り上げようと話を弾ませることもない。
テーブルの上に並べられたデザートを黙々と口に運び、気に入った物があれば「美味しい」と呟くだけで、時間制限もなく、ただ淡々と食事をしている光景だけが動画に映されている。
時折じっとカメラのレンズを見つめるオーエンの瞳が自分と揃いの色をしていることにカインはようやく気がついた。
ネット記事に妙に興味を惹かれたのは自分と鏡写しのようなオッドアイのせいだったのだろうか、と首を傾げながら動画の下部にあるコメント欄へと視線を移した。
「うわっ・・・・!?」
コメント欄を開いたカインはそこに並べられた悪意のこもった文字列に驚き、思わず声を上げてしまった。
三桁を超えるコメントのうち、容姿や性格、大食い動画自体への疑い・・多種多様な悪意が込められたものがほとんどだった。
カインが今までに受けたアンチコメントに比べ、オーエンに向けられたものは悪意の質も量もけた違いだった。
『そういえば・・。』
動画の中のオーエンは手に持ったフォークの動きを止めることなく、パクパクと一定のテンポでデザートを口に運びながら呟いた。
『いつも僕の悪口書きにくる奴らってさぁ、他にすることないの?それに・・・・』
「おい・・!!」
わざわざ火に油を注ぐ発言を始めたオーエンに、カインは思わず腹の奥から声を絞り出してしまった。放っておけば鎮火するような幼稚なコメントを更に煽り、延焼させていく。
悪意に悪意をぶつけて、一体何になるというのだろう。自分の理解の範疇を超えた彼女の言動に、カインはただただ首を傾げることしか出来ずにいた。
◇
「・・それって、炎上商法ってやつじゃねぇの?」
「炎上商法?」
オーエンの動画の衝撃から数日後、作曲のために訪れた友人の口から放たれた言葉をカインは反芻した。
「再生数欲しさにわざと燃やして注目浴びるってやつ。けどさぁ、正直そんなので有名になったってろくな仕事回ってこなさそうだし嫌だなぁ、俺は。」
「そうだよな。それで注目されたって、ずっと悪い印象が残り続ける訳だし・・。」
うんうん、とカインは頷いた。長く配信者を続けるには、目先の注目や再生数よりもより良い楽曲を作ってファンを獲得したいというのがカインの気持ちだった。
「まぁ、お前の顔ファンもちょっと厄介そうだけどな。気をつけろよ、特に女関係。」
「はは・・、正直俺は音楽一本で評価された方が嬉しいんだけどな・・。」
「何贅沢言ってんだよ、そもそも顔がいいってだけで曲を聴いてくれるとっかかりになるんだから他の奴らより有利なんだよ。・・まぁ、お前が真剣に音楽やってるのもわかってるけどさ。」
「きっかけはどうであっても、応援して貰えるのは嬉しいさ。俺が実力つけて、見た目なんか飛び越えるくらいすごい曲を作ればいいってことだよな!」
『顔だけで実力が伴っていない』これはアンチがカインのコメント欄に書き込むコメントの筆頭だった。
あまり敵を作らないタイプの人間であるカインにも、時折悪意を持って接してくる人間はいる。そういった人間はいつも開口一番にカインの容姿について言及するのだ。
活動に際して顔も公開し、SNSに自撮りを上げている以上、こういった意見を投げつけられるのも仕方がないと割り切ってはいる。それでも時折悔しさが込み上げてくる時もある。
(もっと頑張らないとな・・。)
いつか自分の容姿などを気にする隙など与えないほどの実力をつけて、たくさんの人に楽曲を聞いてもらいたい。それがカインの目標だった。
よし、と自らの心を奮い立たせ、カインは新しい曲を作るためにギターを軽く鳴らすと、コードと音符が並んだタブレットの画面に向き直った。
◇
(あ・・。この公園、次のMVに使えるかもしれないな・・。)
友人の家からの帰り道、気まぐれに通った公園は都会の中にありながら静かで、中心の大きな池のわずかなさざめきと小鳥達のさえずりが心地よく耳に届き、思わず足を止めた。
緑豊かなこの場所はカインが製作している楽曲のイメージにぴったりだった。
カインはゆっくりと公園を見回しながら、スマートフォンを取り出し風景を写真に収め始めた。
(この池も、朝方なら水面に朝日が当たって・・)
画角を調整しながら、頭の中で楽曲のメロディを思い浮かべる。現在制作している穏やかなメロディと、ゆったりとした自然の雰囲気は相性が良さそうだとカインは小さく頷いた。
(うん、Bメロのイメージにぴったりだ。それじゃあサビは・・。)
「ねぇ、邪魔。」
池の前で立ち止まり、じっと風景を眺めながら考え事をしていると、すぐ近くから不機嫌な女性の声が聞こえ、慌てて視線を声の主へと向けた。
「聞こえてる?そこに立たれると邪魔なんだけど。」
振り返った先に居たのは、動画の中で見た『オーエン』だった。深く被った帽子とマスクで顔はほとんど見えないが、こちらを睨み付ける瞳の力は強く、カインはなぜか時が止まってしまったかのように身体が固まってしまった。
「ねぇ、聞いてる?」
怪訝そうにこちらを見つめるオーエンの足元には小さな黒い犬が三匹。兄弟なのだろうか、ふわふわとした長い毛の色も大きさもそっくりで、飼い主の様子に呼応してか、キャンキャンとカインに向かって鳴き声を上げていた。
「あぁ、すまない・・。あのさ、オーエンだよな・・?大食い動画の・・。」
「あぁ、僕の事知ってたの?”騎士様”?」
オーエンはファンの間でのカインのあだ名を揶揄するようにゆっくり口にして、瞳を細めながらわずかに首を傾げた。
「曲、聞いたことあるよ。あの、甘ったるくて青臭い歌詞の、へたくそな歌。」
「聞いてくれたのか!?」
「は・・・・!?」
悪意をたたえた微笑みに棘のある言葉、大抵の人間ならば眉を顰めて不愉快そうな表情を浮かべるものだった。
しかし、カインは不愉快そうな表情どころか、ぱぁ、と好奇心に満ちた瞳でオーエンを見つめていた。予想外の反応にオーエンは瞳を丸くし、目の前の男の勢いに一歩後ずさった。
「・・素人丸出しのぼんやりした歌詞ばっかり。転調も無駄に多いし、一曲の中にやりたい事詰め込みすぎ。まとまりがないから聞いてて疲れるし、それに・・。」
つらつらとカインの楽曲に対する不満を連ねるオーエンを、作曲者本人であるカインは瞳を輝かせながらうんうんと頷き、真剣に耳を傾けていた。
「なに、お前・・。へたくそだって言ってるのに喜んじゃって、馬鹿なの?」
「そりゃ褒めてもらえる方が嬉しいけどさ、聞いてくれるだけでもありがたいよ。」
動画サイトに溢れる無限の音楽の中から自分の曲を選び聞いてくれる、ミュージシャンとしては駆け出しのカインにとってはこの上ない喜びだった。
「正直俺はまだプロに比べたら下手だってわかってるしさ、もっと上手くなりたいんだ。つらいけどさ、厳しいコメントにもちゃんと耳を傾けないとって思うんだ。」
「・・・・。」
屈託のない笑顔から出る言葉は強がりや虚勢ではない、カインの本心だった。
「好きだってコメントはもちろん嬉しいしありがたいんだけど、それだけに胡坐をかいてちゃ成長できないなって・・。」
「こんな道の真ん中で何熱く語ってるの?馬鹿みたい。お前の歌がうまくなるかどうかなんて、全然興味なんかないんだけど。」
「あぁ、すまない。つい・・。」
オーエンの不機嫌そうな言葉に、カインの勢いがようやく止まる。
長い足止めを食らった犬達はその場に座り込み、あくびをしたり後ろ足で首元を掻いたりと退屈そうな様子だ。
容姿の揶揄や漠然とした悪口以外の評価に、思わず心が昂ってしまっていたカインは、ようやく初対面の女性相手に長々と自らの音楽感を語ってしまったことを反省した。
「そういえば、散歩の途中・・だよな。足止めして悪かったよ、よかったら今度SNSのコメントにでも・・。」
悪いな、と言いながら犬達に手のひらを近づけるが、興味なさげにすり抜けられる。眉を下げて笑うカインをじっと見つめるオーエンは返事をすることもないまま、ポケットからスマートフォンを取り出し画面を操作し始めた。
「・・撮影、手伝ってくれるなら教えてやってもいいけど。」
「撮影?」
「この後、スイーツ食べ放題の店で撮影するから。カメラ係。」
オーエンは慣れた様子でアプリを操作すると、スマートフォンの画面をカインに見せつけた。画面に写し出されたカフェは、この公園から歩いて十分程度で辿り着く場所にあった。
「ピント合わせたり、角度調節するの面倒だから手伝って。お前だって動画撮ってるんだからやり方くらいわかるだろ。」
「あぁ、この後は予定もないし。俺でよければ付き合うよ。」
一旦犬を自宅に連れ帰るというオーエンに待ち合わせ時間を指定され、カインも背負っていたギターを家に持ち帰ることにした。
貧乏学生のカインの家は駅から遠く、待ち合わせに遅れないようにと小走りにカフェへ向かった。
待ち合わせ時間の5分前、オーエンはまだ着いていないとカインは胸を撫で下ろした。
指定した時間から5分ほど遅れて、先ほどとは違う洋服を着たオーエンがゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えて、カインは居場所を知らせるためブンブンと手を振った。
「ちょっと、恥ずかしいんだけど。」
「あぁ、悪い。人が多いから分かりにくいかと思って・・。」
「・・まぁいいや。さっさと入って。」
ドアをくぐると店員から奥まったテーブルに案内され、店員から食べ放題システムの説明を受けた。
「この店はテーブルオーダーなんだな。てっきり沢山並んでいるところに取りに行くんだと思ってたけど・・。」
「それだとビュッフェの料理も写さなきゃいけなくて面倒だし、座りっぱなしの方が楽でいい。」
単独で活動しているオーエンにとって、食べながらの画角の調整は面倒らしく、座っているだけの動画を撮ることが多いらしい。
確かに、以前企画で料理動画を撮影したときには何度もカメラの位置や角度を調整しなくてはならず、思ったより撮影に時間がかかってしまったことをカインは思い返した。
他の客からは見えにくいテーブルに案内されたためか撮影を好奇の視線で見られることもなく、スムーズに撮影は進んでいった
キャラクターを印象付ける挨拶もなく、にこりとも笑わず、ただ淡々と食べるだけの動画にカインはほんの少し戸惑いながらも順調にカメラを回した。
「これって、食べたケーキの種類と値段控えておかなくていいのか?」
追加オーダーの間に、カインが撮影について尋ねると、オーエンは頬杖を吐きながら面倒くさそうに答えた。
「別に、テロップなんか入れないし。種類と値段なんかホームページ見ればわかるでしょ。」
「それはそうだが・・視聴者に見やすい動画にしたいとか思わないのか?」
「別に。・・ほら、次のが来るから黙って。」
オーエンの答えにカインは首を傾げるばかりだった。配信者であるカインにとって、視聴者にいかに好印象を与えるか、どうすれば飽きられず見やすい動画を作れるかという事は最大の課題であったからだ。
(けど、何が正解って訳でもないからな・・。)
配信者の数だけ動画がある。視聴者が求める動画も個々人によって違う。無駄なく編集された動画を好む人もいれば編集されていないリアルタイムの空気そのままを好む者もいるだろう。そうカインは自分の中で結論付け、動画の撮影に集中した。
「・・はい、全部食べたよ。バイバイ。」
次々に運ばれてきたスイーツを全て平らげ、積み重なった空の皿の横で手を振るオーエンの表情はやはり淡々としたものだった。
「はい、止めていいよ。・・何?」
オーエンがカメラを止める合図をしても、カインは呆けたまま動かない。じっと睨みつけるオーエンの視線に気がついたカインがようやく我に返り、慌ててカメラの停止ボタンを押した。
「あ、悪い。すごいな、と思って・・・・。」
「何今更驚いてる訳?僕の動画観たことあるんでしょ?」
「いや、やっぱり目の前で見ると迫力がさ・・あ、ちゃんと撮れてるか確認してくれないか?」
食べ放題でよく言われる“元を取る”量などを軽く飛び越えたオーエンの食べっぷりを目の当たりにしたカインはカメラを差し出しながら感嘆のため息をついた。
「ふーん・・。意外と悪くないんじゃない?」
カインの撮影技術は案外高かったようで、オーエンは不満を漏らすこともなく、納得した様子でキルティングレザーのバッグにカメラを仕舞った。
「それで、俺の曲についてなんだけどさ・・!」
「曲?」
ようやく自分の曲についての批評が聞けるとカインが身を乗り出すが、当のオーエンといえばきょとんとした表情を浮かべていた。
しかし、せっかくの機会を逃してはならないとカインは諦めず言葉を続けた。
「いやいや、約束しただろ!俺の曲の感想・・!」
「あぁ、そういえばそうだっけ。」
「忘れてたのかよ・・。」
がっくりと肩を落としたカインの様子を面白そうに一瞥したオーエンは、タッチパネルを手に取り手慣れた様子で操作を始めた。
「・・まだ食べる気か?」
「そう。パンケーキは食べ放題に入ってなかったから。」
タッチパネルに表示されたパンケーキは分厚く焼かれたものが三段積み重なり、高く積み上がったケーキを超えるほどのホイップクリームと色とりどりのフルーツが添えられたボリュームたっぷりのものだった。
(見てるだけで腹一杯になりそうだ・・・・。)
オーエンの底なしの食欲に圧倒されるばかりのカインは、ぬるくなったコーヒーをゆっくりと啜った。