記憶喪失になり世界をフラつく大人じょるのくんとデアボョくんという設定で何か描きたいと思って書いたが疲れてもう書く気なくなっちゃったので、供養
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__朝日。
この時間帯で始まるのはもう五百回ほどご無沙汰だ。といって、自分が死んだ回数など覚えてはいないので概算なのだが。
先程死んだ世界であった首や脇腹の傷は跡形もない。もっとも、何もなかった状態に戻されているだけであって復活とも言い難い。
先程から生っぽい潮風が鼻についているが、どうやら港のようだ。
港の、どこかしらの荒屋。
潮風に削り取られて朽ちつつある木の壁。その隙間から屋内に砂が積もっていた。
ガラスの割れた窓から金色の朝日が屋内を照らしている。
おそらくここ数百回の内で最も美しい光景かもしれない。そう思えた。
このような安息もおそらく束の間……そろそろ意味不明な死に方でもしそうな予感がする。
__足先に陽が落ちて温かい。
もう少し、ここにいさせて欲しい。
ぐったりと砂に塗れた床に寝転ぶ。レクイエムでこのようにのうのうと微睡むことは許されなかった。傷は次の世界に持ち越さなくとも、脳にはそのストレスが叩き込まれる。それでも発狂することができないのは、この全てをゼロに戻す能力が関係しているのかもしれない。
こくり、こくりと何度も眠りに落ちそうになる。目が覚めればきっとこの安息は終わり、新たな無限の死の始まり。だから少しでも長くこの世界に留まっていたいのだ。
……
……………
畢竟、この抑圧された睡眠欲には勝てずまさに泥の如く眠ってしまった。
その間でさえも自分がまだ生きていることに驚く。まだ生きていていいんだという感覚。そう思えてしまうのもきっとこの呪いのせいで……
アイツがかけたあの呪いのせいで。
永遠に忘れまいと何度もあの顔を思い出しているはずなのに、それは映像が乱れたような脳内映像と変わる。
ずうううぅぅぅん……低い耳鳴りがする。
外側から圧力をかけられ、真空になっていく瓶のような、そんな感覚。
それが限界まで達し、鼓膜が破れるような衝撃とともにわたしは弾けるように起き上がった。
やはり小屋の中だ。
先ほどより中に差し込む光が強くなっているということはもう昼間という事だろうか。
砂埃に咳込み、よろよろと穴ぼこまみれの壁面に背を付けて蹲っていると、部屋の隅……日が当たってない方からなにかもぞもぞと声が上がった。
少し身構えて、声の方に身を向ける。
「……大丈夫か、アンタ。寝ながらすごく痙攣してたよ。悪い夢でも観てたのかい?」
低いものの澄んだ印象の声だった。
声の主はボロきれで身を覆っている。おそらくこの小屋先住の乞食か何かだろう。
まだ自分よりかは少し若いといったところだろうか。
「ここはお前の持ち物だったか……邪魔して悪かったな。オレはマァ、大丈夫だ。いつもこんなものだ。オレといるとロクな目に遭わないだろうからさっさと出ていくよ」
これは本音だ。自分の死に無関係な人間を巻き込んでいくのは割とあることなのだ。
別に罪悪感があるってワケじゃあないが、恨まれるのも腹立たしいのだ。だから。
「いいよ別に。ここはぼくの持ち物じゃないんだ。ただ仮住まいに2、3日前からここで凌いでるってだけで……アンタ、何処かでお会いしたかな。その特徴的な赤毛……」男はきれからはみ出た手を顎の近くまで持っていき、考える仕草をすると「まあこんな目立つ見た目なら忘れる筈もないか」と小さくひとりごちた。
少し日が弱くなる。雲が前を過ぎったのだろうか。
それと時を同じくして、きれを被った男はのそりと立ち上がった。
高さにして自分と頭半分ほど小さいくらいだろうか。
ズルリときれが男の足元に落ちて、その姿を現した。
ゆるくうねった金色の髪の男。もう手入れされておらず、わたしのように伸ばしっぱなしだ。長い前髪でよく素顔は見て取れないものの、痩せこけてはいるが端正な顔立ちに見えた。大方破産して夜逃げでもしたというところか。ホームレスとなって空き家に居着いてまわっているのだろう。
裸足で足元の砂に跡を作りながら、彼はのろのろと近づいてくる。
「すこしアンタのことが気になってしまって……よく顔を見せてくれないか?」
自分の近くまで寄ると、膝をついてこちらを覗き込もうとするので、わたしも後ずさる。薄気味が悪い男だ、そろそろこの小屋を後にしようかと思った時であった。
不意に雲間から日が強く差し込み、わたしと男を照らした。
髪の間から覗く琥珀のような、それでいて緑がかってもいる不思議な色の目玉がこちらを興味ありげに覗き込んでいた。
「……太陽」彼は横から差し込む日差しの中、ぽつりと呟いた。
どくん、と一際心臓が脈打った。
「眩しいな。今日は多分、一日中あったかいと思う」
窓から降り注ぐ陽を手で遮りながら、嬉しそうに口端を緩めた。
……そういえば。この男とは先ほどから言葉が通じている。レクイエムの中では国もランダムに変わるので言葉が通じないことなど往々にしてある。
この発言で確信を得た気がした。
骨格はだいぶ大人びてはいるが、やはり目の前の男はジョルノ・ジョバァーナでまず間違いはないだろう。
思うより先に手が先に動いて、気づいた頃には男を絞め落とす寸前であった。
「お前は……ジョルノ・ジョバァーナで間違い無いな?」
ガアガアと息にも声にもならぬ音を立ててもがき苦しんでいるので、すこし力を抜いてやる。すると、ジョルノ(と思われる男)は、それが自分の名なのかと逆に聞いてくる始末であった。惚けるのもいい加減にしろと床に力一杯頭を打ちつけると、湿気ったような音を立てて床が抜けた。
彼は依然それが自分の名なのかと問うばかりで埒があかぬと判断し、手を離してやった。
しばらく咳き込んだのち、ジョルノと思しき男は問うた。
「アンタはやっぱりぼくと関わりのあった人、なんですね?」
「関わりも何もあるか。気でも違えたか?」
「記憶がないんだ。今までの」
はあ? と気の抜けた声が漏れてしまった。
「冗談を言っていいタイミングじゃあないと気づかんのか?お前は……」
「これでも真剣に聞いているんですよ。アンタが記憶を失ってから初めて見つけた手掛かりなんだよ。……ええと」
「ディアボロだ」
「アンタこそ冗談がきついよ。それは本名なの? 趣味の悪い渾名とか? 冷やかしはやめてくださいよ」
態とらしく大きく肩を落として溜息をついてみせた。
「冷やかしてるのはお前だ。なんだそのナリは。どうやら手の込んだ芝居が好きなようだな? なァにが『記憶喪失です』だ。海に沈めるぞ?」
「……どうやら、アンタとぼくは記憶を失う以前から仲が最悪ってワケだ……ようやく手掛かりが掴めそうだって時にどうしてこんな……絶望的だ」
顔に手を当ててあからさまに残念がる素振りを見せるジョルノに対しさらに苛立ちが募った。引っ叩いてやりたい。
「記憶がどうだかは知ったことじゃあないが、オレにかけたスタンドをどうにかしろ。お前を八つ裂きにして海にバラ撒く前にそうしてもらわねば困るのだ」
「……スタンド?」
すっとぼけるようなので間髪入れずに往復ビンタを食らわせてやった。
痛い! と涙目で両頬を押さえる間抜けな姿に思わず吹き出してしまった。
「わ、笑うな……本当に何も分からないんだ。自分の名前も過去も。ただ、自分は以前からこういう性格ってのだけは分かる……そうだ、お前みたいな奴はぼくが裁かなきゃ世の中に」と何か言いかける前に右頬を思い切りビンタしてやった。
「に……二度も打つなんて無駄なことするな! 痛いじゃあないか!」
あからさまに怒ってるぞ、といいたげな表情は青年にしてはやけに子供っぽく見えた。
「お前、自分が意外とマヌケだって自覚は無かったのか? 都合のいい頭だな……」
「アンタがこんな芸人みたいなノリで来るからじゃあないか……本来のぼくのイメージじゃない! 断じて……」
しばらく沈黙が続いた。
(メモはここで終わってる)