その腕で沈めて 7話 その後丸二日、善逸は寝込んだ。
仕方ない。発情期とはいえ、今回は今までと違っていた。
とはいえ、鬼化薬を売り捌く謎の人物を呼び出す作戦は早々に決行しなければならない。
すべての鬼を滅するために、今度こそ。
「我妻はどうしたァ?」
「外す」
「チッ。五人しかいねぇのに一人欠けた状態とァなァ。まァいいだろ。柱が四人もいりゃあ」
万が一のこともあると、引退済みの胡蝶しのぶと宇髄天元も控えている。
そして、肝心の包みを燃やすのは雪竹——善逸と同じく紫藤屋で花魁として働いている元隊士、三武雪郎が担うことになった。
彼が選ばれたのはこの町の人間として、それなりに名が通っていたから。
彼ならば、鬼狩りの関係者と疑われることなく薬師を呼び出せるだろう。
屋根や、建物に身を隠し、雪竹が人気のない建物と建物の隙間の小さな空き地に入っていくのを見守る。
今日、終わらせる。
仕留める。
息を殺し、殺気を完璧に消して、四人の柱は四方に待機した。
雪竹が包みをマッチで燃やし、地面に置く。
「……!」
最初に異変に気づいたのは炭治郎。
甘ったるい、善逸の発情香に似たものを感じた。
(この距離で?)
それに似ているだけで決定的に違うものがある。鬼の匂い。血鬼術だ。
(やはりこの香りは血鬼術か。あの薬を持っていた男は記憶が曖昧だと言っていたから……)
匂いで記憶を操る鬼。
柱たちの憶測は、現実味を帯びてきた。
煙が立ち上る。しかし、その煙がゆっくり下へと戻ってきた。
少量の煙がすべて下に戻る頃、包み紙は燃え尽きる。
その灰と煙が混じり合うと、世にも美しい男が現れた。
「いらっしゃいませ。精力薬をお求めですか?」
「え? あれ? 俺はいったい……?」
「精力薬をお求めに来たのですよ。さあ、こちらを……」
「ああ、そう、そうだっ、け……そうだ、そうだ……あの方……連翹様を、あの美しい方に……俺も……」
思わぬ発言に、炭治郎と伊之助がほぼ同時に似たような顔をする。
確かに信者のようなことをよく口にしていたが、本音ではいつぞやの強姦魔どもと同じようなことを考えていたらしい。
いや、考えていただけで、実行する気などなかったのだろう。
本当にただの憧れ。きっとそうだ。
けれど、あの甘い匂いで意識が虚になり、口が滑った。
幸いにもそのおかげで、実に客らしくなってしまったが。
「……」
不死川が指で合図するのが見えた。雪竹は血鬼術にかかっている。
このまま金を払い、鬼化薬を受け取って取り逃すだろう。
情報を引き出せるかはわからないが、血鬼術を使う以上鬼であるのは間違いない。
フッ、と四人の柱が待機場所から消えて薬師の真横に現れる。
薬師の手足が、その瞬間落ちた。
四肢を落とされて、そのことにも今し方気づいたと言わんばかりに目を見開く薬師——鬼。
「なっ」
「おい胡蝶、出番だぜェ」
「はぁい」
ふんわり、羽織りを広げて現れる元蟲柱。
藤の花の毒を長期間摂取したことによる後遺症で柱を引退したが、今は摂取をやめているため調子が良い日は現役の頃と遜色ない。
切り落とされた手足が生えるのを、阻害する毒を複数、その独特の刀で打ち込む。
「あとは情報を引き出すだけですね。宇髄さん、準備できましたよ」
「おー。しかし呆気なかったなぁ。無意味に強くても困るんだが……柱が四人もいらなかったか?」
「警戒しすぎのくらいでちょうどいいでしょう。仕損じる方がことです」
「だな」
「あ、ぐっう、お、鬼狩り……!」
宇髄が鬼の髪を掴み、持ち上げる。その笑みは実に邪悪だが、情報を引き出す術は宇髄がもっとも心得ているだろう。
このまま藤襲山に連れて行き、拷問をされる。
少し可哀想に思う炭治郎は、「早く話した方がいい」と彼を憐れみながら助言する。
「く、くそ! 鬼狩りめ! 俺を殺しても無駄だぞ! 無惨様の器は間もなく見つかる! 無惨様の肉片薬を売り捌いているのは俺だけじゃあないからなぁ!」
「その肉片薬ってのの大元はどこにある?」
「ばぁか! 俺みたいな末端が知るわけねぇだろ! 上弦の伍様にでも聞いてみろよ! どこにいるか知らねーけどなぁ!」
「……そうかい」
美しい顔立ちは見る見る醜く歪んでいく。
上弦の伍——無一郎が単身で倒した鬼。あれの後釜が大元。
「他の出所もだいたい呼び出し方は同じのようだ。次の場所でも誘き出すぜ」
「「「「了解」」」」
そうしてその夜だけで五体の鬼を捕獲した。
大元は新たな上弦の伍。
その居所は、未だ不明。