長髪杉の髪を櫛で削る坂田の話(高銀)目が覚めて、冬の冷気に身を震わせる。
「おい起きろ、朝だぞ」
同じ布団で眠っている、意外と寝汚い高杉の頬をペチペチと叩いて起こしてやる。すると高杉がモゾモゾと俺の尻を撫ではじめるので、それをピシャリと叩いて布団を剥ぎ取る。
「今日はちと寒いが、いい天気だ」
欠伸をする高杉を化粧台の前に座らせて、寝乱れた長い髪にそっと指を入れる。
この場所に住み始めてから、高杉は髪を伸ばし始めた。
まるでヅラみたいだと笑ってやって、三日間くらい喧嘩したのも今は遠い思い出だ。
朝起きたらこの長い黒髪を櫛で削ってやるのが、いつからかの俺の日課になっている。
化粧台の上に置かれた、赤いつげ櫛はもうすっかり手に馴染んでいて、腹が立つほどになめらかな艶髪に、櫛の歯をすっと通していく。
鏡に写った高杉は、撫でられた猫のように気持ちよさそうに目を細めていた。
「目が覚めたかよ」
「ああ。今日もいい朝だ」
このつげ櫛は高杉から俺に贈られたものだ。
粋な男よろしく「苦しいときも死ぬときも、ずっと一緒に」と渡された。
だが俺の髪はどうにも櫛を通しにくく、もっぱら、こうして俺が高杉の髪を削ってやるのに使っている。
手首にくくっていた赤い髪紐で、一つにまとめて結ってやる。
黒髪に赤というのも、また映えるのだ。
「ん、今日も男前だぜ」
「ありがとよ」
櫛を戻すと、高杉が機嫌良さげに俺の頬に口付ける。
まったく、本当にいつからこんな甘い男になってしまったのか。俺も、お前も。
そのまま再び布団になだれこもうとしてきた不埒な男を押しのけて、「とっとと顔も洗ってこい」と寝室から蹴り出す。
高杉がしぶしぶと寝室を出て行った後、布団を畳んでからふと化粧台に目を戻す。
櫛の歯に絡まった長い髪をつまみあげると、そこには数本だけ白髪が混ざっていた。
「ああ、もうそんなに長い間一緒にいるのか」と、可笑しくて思わず笑ってしまって、ほんの少しだけ幸せな気持ちになった。
「何笑ってんだ?」
顔を洗い終わった高杉が戻ってきて、ニヤニヤしている俺を怪訝そうに見つめている。
「いや、べつに?」
俺はつまんだ髪を、ちょっとだけ名残惜しく思いながらゴミ箱に捨てると、
「今日は布団干すのにいい日だなと思ってさ」
と、高杉にそっと身をすり寄せた。