6月30日「岩ちゃん、今日が何の日かわかる?」って、中学からの六年間、ずっとあいつは言い続けていた。確か、クラスの女子の間で流行っていて、それを知ったあいつ──及川は、俺との誕生日の真ん中を数えて、それからずっと六月三十日の朝は「今日が何の日かわかる?」って質問から始まった。
今年はそれが無くて、でも、六年間の積み重ねのせいで、朝起きてすぐに携帯の日付を見た俺は「今日は真ん中バースデーか」なんて柄にもなく呟いてしまった。こっちが朝の七時ということは、及川のいる地球の裏側は、夜の七時だ。向こうはまだ二十九日だけれど、ちょうど良い時間かもしれない。メッセージアプリを立ち上げて、ちょっと悩んでからメッセージをひとつ送る。
──おはよう
するとすぐに、携帯は着信のメロディを鳴らす。あまりにも早くて驚きながら電話に出ると、
「岩ちゃん! 俺! 今日、セットアップがすごくうまくいった!!」
勢いよくまくしたてる及川の声はうわずっていて、その声だけで、こいつがどれだけ嬉しかったかが伝わってくる。この三ヶ月、及川から届くのは日々の当たり障りのない話で、バレーボールの話はでてこなかった。だから、わかる。セットアップがうまくいっただけで、どうしてこんなにこいつが興奮しているのかも。どうしてか俺の胸にも嬉しさが広がって、言葉がうまく出てこなかった。返せたのは、素っ気なく感じるかもしれない「おう」という一言だけ。
「真っ先に岩ちゃんに知らせたくて!」
その言葉で、こいつが日本が朝になるのを今か今かと待っていたんだろうことがわかった。
「おう、良かったな」
できるだけ柔らかい声を出したつもりだったが、地球の裏側までちゃんとこの気持ちは届いただろうか。
「ねぇ岩ちゃん、今日が何の日かわかる?」
去年までと同じように、及川は問いかけてきた。去年までは、面倒くさくて「うるせえな」って返していた。うるせえなって返す俺に、及川がギャンギャン喚くっていうのが、定番だった。
「真ん中バースデー、だろ?」
「さすがの岩ちゃんも、覚えてくれたか」
「六年間、毎年隣で言われてればな」
そう言うと、及川は電話の向こうで「んっふふ」と笑った。「おめでとう」と言うのは、なんだか違うような気がした。俺と及川の真ん中バースデーにも、セットアップがうまくいったことについても。「頑張れよ」と言うのもなんだか違う気がして、俺は結局及川の決めゼリフを口にする。
「信じてるぞ」
俺のその一言に込めた想いを、及川は電話ごしに感じてくれたのだろうか。一言、
「ありがとう」
という、熱のこもった声が返ってきた。けれどそのすぐ後に、
「岩ちゃんのくせに!」
という悔しそうな声が返ってきて、俺は豪快に笑うしかなかった。