内緒の買い物。この本丸では、週に一度通販できるシステムがある。購入したものは主が開示を求めなければ他の誰かに見られるわけでもないし、重いものはそのまま玄関横の倉庫に直接届けられるおかげで、急ぎでなければ通販に頼ることが増えた。今まで主から開示をさせられたのは燭台切のキッチングッズを買い漁ってできた山のときと歌仙が他のものに給金を借りて買おうとした茶器の時くらいか。歌仙にいたっては随時小夜と篭手切が小遣い帳を確認することでどうにか落ち着いたようだったけれど。
そうして今週分の通販の荷物が配達係によって各部屋に配られて。小さな段ボールを前にこれほど緊張したことがあっただろうか。満身創痍で検非違使にあった時ですらこんなに緊張しなかっただろう。
事の発端は、女士部屋で偶然にも本科と二人きりになったことだった。
もともともは別の本丸に監査官を経て着任が決まっていたけれど、女士で顕現しているなら女士が多くいる本丸に行くのが良いだろうと変更されたらしい。その本丸の一振りと着任前から懇意であったと聞いているから、きっと恨まれるだろうと思っていたけれど、こちらのそんな不安などなかったように随分と好意的だった。曰く、こちらの本丸に着任する予定だった長義はずいぶんと過保護気味というか自分の写しに執着が強い個体だったらしく、あのままでいけばお前はその日のうちに監禁ルートだったろうね、と随分と恐ろしいことを聞かされた。何それ怖い。ようやく片思いが実ったばかりでそんなことになったら何が起こるかなんて考えたくもない。
本科はそれで良かったのかと問えば、会えない時間は良いスパイスになるんだよ、とそれは見事な笑顔で返された。
そんなものなのか、とぼんやり思いながら、すっかり空になったグラスを両方の手でもてあそぶ。考えるのはやっと思いを重ねることができた大倶利伽羅のことだ。一方的に自分だけが好いていると思っていたから、大倶利伽羅から好意を告げられた時はこれは夢にのかと頬をつねったほどだ。
うっかり大倶利伽羅の目の前から走り出して本科の部屋に駆け込んで頬をつねってほしいとお願いして呆れかえられたのは忘れたい思い出だけれど。ちなみに出陣前の身づくろい中だった本科にはこれほど頬が伸びるのかと思うほどに両頬を横に引っ張られた。夢ではなかったけれど、そのまま首根っこを掴まれて大倶利伽羅の前まで引きずり戻されるとは思わなかった。
最初がそんな風だから、本科は俺たちの恋時にあれこれと世話を焼いてくれる。恋仲の歴が長いものが与えるのは当然だろうというけれど、あれは半分は面白がっている気がしなくもな。それでも恋愛の初歩も初歩で躓いている俺には、どんな助言でもありがたかった。
ありがたかったけれど。
そうっと細長い段ボールを持ち上げる。それほど重くはない。封をしているテープをはがして、さらに箱に入っているものを震える手で取りだした。本科のお勧めならば確かだろう。あの毒々しいものや直視できないものが並んだサイトを面白がって見ながら、最終的には初心者向けだしね、と選ばれたのがこれだ。見ているだけで赤疲労だった俺に、次はお誘い用の下着も選ばないとね、と次の算段までされてしまった。こういうときの本科から逃げられない。脇差のほうの兄弟はは本科さんと仲良いのは良いことだよね、と大歓迎だし、本科の恋刀の同位体は本科が苦手なのか逃げ回って話にならない。
シンプルな黒一色の箱を上下に開けて見えたのは、ほんの少し反り返っている、手のひらよりも少しだけ長い。いわゆる張型というものだった。持ち手側にスイッチが付いていて、そこを押せば任意の男士の性器のものに変わる仕様だ。政府公認の花街で一番人気だという宣伝文句を思い出してしまった。うちの主のように最初から神嫁になることが決まっていて審神者になったものではなく、普通の生活をしていたものが審神者になったものが自分の身をなだめるのに使うために作られたと聞く。カチカチとスイッチを何度も押せば、紋が浮かび上がって形状が変わっていく。こんなことで同位体のサイズなんて知りたくなかったし、短刀は入ってないと聞いていたのになぜか薬研と太鼓鐘の紋が浮かんだのに一瞬でも納得した自分に猛反省した。
そうしてやっと大倶利伽羅の紋が浮かんで、うっかり取り落としてしまったときに動作のスイッチが入ってしまったのだろう。畳の上でモーター音を鳴らしながらグネグネ動くそれに唇を両手で封じて悲鳴を必死でかみ殺す。
ここで誰かが来てしまったら、張型を買ったのがバレてしまう。口元を抑えているせいで、スイッチが入ったままの張型は動きが止まらないまま。
ただ震えていたかと思えば奇妙にうねりだし、突くような動きがあったりと多様な動きも得体のしれない恐怖に拍車がかかる。この動きは大倶利伽羅だからなのかとか、決して考えちゃいけないやつだ。
(絶対無理だ!)
顕現の差で身体的差は本丸ごとに多少あると聞くけれど、こんなことは想像してもいなかった。この大きさが自分の中に入るとか考えただけで血の気が引く。張型でならせば痛みを感じなくて気持ちよくなれると本科は言うけれど、限度というものがあるだろう。もしかしたら大倶利伽羅が元大太刀だからこのサイズなのかと考えかけてその考えを振り切った。
大倶利伽羅は好きだ。些細な時に手をつながれるだけで幸せだと思う。だけれどこれは好きだから大丈夫の許容範囲外だと思うのだ。
自分でどうこうできるとは思えない。加州の「もう相手に任せちゃったほうがいいよ」という言葉に全面同意する。
慌ててスイッチを止めて箱に押し戻した。もうこれは買わなかったことにして、勧めてくれた本科には申し訳ないけれど何かの折に捨ててしまおう。
それに、大倶利伽羅の好きがこういう行為をしたい好きだとは限らないし。
たまに非番を合わせて二人で万屋に行って甘味を食べたり小物屋を見て回るだけで満足なのだ。ほんのちょっと、女士部屋にあるとょっと大人な漫画みたいなことをしてみたいと思わなくもないけれど。
「国ーっ、お風呂いこー」
障子の向こうからかけられた加州の声に慌てて持っていた段ボールをみて、すぐにしまう場所が見つからなくて、文机の奥に追いやった。
後日しっかりと片づけていなかったことで一波乱あることは、この時は当然知る由もなかった。