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    haruta108

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    haruta108

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    創作BL/成宮と相川

    若頭の領分①~⑤(完)『あ…もしもし、成宮?ごめん、今大丈夫?』
    「大丈夫だ。どうした、何かあったか?」
    『そんな大した事じゃないんだけど、今夜すき焼きするからいつ頃帰るかなぁて…柚が、待ちたいって言うの』
    「わかった。なるべく早く帰る」
    『でも、無理しないでね!こっちは何とかするから』
    「クス…ああ」

    関東ではなかなか大きな規模を誇る、鷹山組事務所の三階。今では組の中核を担う若頭・成宮の部屋がそこにはある。
    そして、側近の限られた者しか入れないその部屋は、普段は厳しい成宮が相川と電話でやり取りをする時に唯一表情を和らげる場でもある。
    相川と同棲を始めて、そろそろ一年。
    こんな晩ご飯の話を当たり前に出来るようになるなんて、出会った頃を思い出すと想像もつかなかった。

    「すき焼きか…何かデザートも買って帰るか」

    父親の借金を肩代わりし、ヤクザである自分の前に臆する事もなく現れた相川。ガキのくせに、いい度胸してる…初めは、ただの興味本位だった。
    それが、相川の気の強さについついちょっかいを出したくなり、気付いた時には自分の方が惚れていた。
    強引だったと思う。
    相川を自分の世界へ巻き込んで、許されるべきではないと常に自責の念にかられる。でも、離したくない想いがそれを上回ってしまった。

    「眞木か…悪いが、今日は早めに帰る。例の件、調べ宜しく頼む」

    身勝手な恋。
    結局、自分は相川の安全な生活よりも自らの欲を捨てきれなかったのだ。だから、何があっても守ってやりたいと腹に決めている。それは、自分へ課せられた当然の責任だと考える。
    成宮は早速眞木へ連絡を取ると、帰り支度を始めた。

    「そう言えば、柚が近所のケーキ屋の苺ムースが美味しかったと言っていたな…」

    以前は相川だけに買ってた土産が、現在は柚の事も頭に入れるようになった。ただ相川は和菓子が好きで、よく行く老舗菓子屋の創作生菓子に目がない。どちらも捨て難い。

    「いっそ両方買うか。また相川に怒られるな…」

    相川と暮らし始めて、成宮はよく手土産を持って帰った。適当に女と遊んではいたが、誰かを本気で好きになった事のない成宮は、好きな相手をどう喜ばせて良いかわからなかった。
    何を持ち帰っても喜んでくれる、相川。
    後に知った事だが、相川は相川で幼い時から父親が借金ばかりして貧乏だった為土産などをほとんど貰った事がなかったらしい。それもあって、成宮の気持ちが嬉しかった。しかも、相川は自分が買って帰る手土産の包装紙やカードを、毎回大切に保管してくれていた。
    『なら、これからもっと買ってやる』
    『勿体ない!もうそんなにお金使わなくていいから。これは俺が取っておきたくて保管してるんだし、気にしないで』
    でも、喜ぶなら幾らでも買えばいいと思った安易な考えは、見事に叱られた。この歳になって恥ずかしいが、相川からは本当に多くを教えられる。

    「今夜は、柚の好きな物にしよう」

    コンコン……

    「すみません、お頭…よろしいでしょうか」
    「眞木」

    何を買うか決め、そろそろ事務所を出ようかとした時、眞木が部屋を訪れた。

    「どうした。何かわかったのか」

    何か。
    成宮が眞木へ話した『例の件』…それは、ここ数ヶ月巷で新たなドラッグが出回っている、気になる案件。

    「はい、『Z』の事で…先程松井が連絡して来ました」

    裏社会には色々な組織があり、それぞれに掟を構え生きている訳だが、中でも組内で薬をご法度にする組織は少なくない。
    成宮のいる鷹山組もその一つだ。
    しかし、この所新しいドラッグ『Z』の登場で、その世界がザワついている。何故なら、だれが捌いているのかわからない『Z』が、薬をご法度にしている組織のシマでもチラホラ見かけだしたからだ。

    「そうか。松井は何だと?」
    「やはり、ウチのシマでも繁華街中心に広まっているようです。それも持っているのは十代が半数を占めていて、その子供達の話だと配って来たのも若かったと」
    「若い…か」

    言葉重めに説明をする眞木の話に、成宮も眉間に皺を寄せ耳を傾ける。
    近頃はヤクザへの取り締まりも厳しく、大っぴらに派手な真似をしないせいか若い連中でイキがって無茶をする者が増えた。昔は自分も無茶をしたが、そういう無茶とはどことなく違う新しい世代。

    「だが、手引きしている奴はいる筈だ。何も知らないガキに商売をさせ、金だけ巻き上げてるかもしれん」
    「はい」
    「人のシマで荒稼ぎするような輩を放っておけば、他所の組にナメられるからな。必ず、その後ろを突き止めろ…どんな手がかりでも俺に上げて来い」
    「わかりました。人数増やしてみます」

    生き残りが大変な世界だからこそ、油断は許されない。
    成宮は下の者達が逃しそうな些細な事も頭に叩き込んだ。部下を信用していないわけではないが、見える目は多く張り巡らせて置くことに越したことはない。
    自分へ深々と頭を下げる眞木を見つめ、成宮は厄介な連中が現れた事にまたしばらく相川とゆっくり出来ないのだと確信した。

    「俺はもう帰るが、何かあればいつでも連絡をして来い。お前も早く帰れよ」
    「ありがとうございます」


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    ガチャ…

    「ただい…」
    「パパぁ〜!おかえりなちゃーいっ」

    眞木と別れて約30分後。
    ようやく成宮は、他の組員の運転する車で自らの邸宅へと帰って来た。広い敷地には本宅と離れが隣接しており、本宅へ成宮や相川達が、離れへは護衛を兼ねて常に十数人前後の組員が出入りし暮らせるようになっている。今や関東近県にまで名を広げた成宮にとって、プライベートもまた警戒が必要なのだ。
    そんな本宅の大きな玄関ドアを成宮が開けた瞬間、待ち構えていたように柚の笑顔が出迎えた。

    「柚。何だ、待ってくれてたのか」
    「はい!パパ待ってまちた♪」
    「クス…ありがとうな」

    不思議なもので、母子家庭で育った柚は初対面の時から成宮を"パパ"と呼んでいた。周りでそう呼ぶ親子を見てパパの存在が羨ましかったのかもしれないと相川は言っていたが、家族と言う温もりを知らない成宮にもソレはいつの間にか耳に馴染んでしまった。

    「今日の保育園はどうだった?」
    「はい。新ちぃお友達出来まちたよ」
    「友達?へぇ、入って来たのか」
    「でちゅ!ちはるちゃんて言うんでしゅ」
    「ちはるちゃんか…女の子?」
    「女の子!」

    迎え出た柚を抱き上げ、今日の様子を話しながら長い廊下を歩く成宮を目にしたら、誰の目にももうパパにしか見えない。
    初めは相川の姪だからと慣れないなりに可愛がっていた成宮も、最近では柚と二人で出歩く事も出来るようになった。

    「あ、成宮お帰りなさい!成宮が早く帰るよって言ったら、柚待ちきれなくて何回も玄関へ行ってたんだよ」
    「そうなのか?それは悪かったな」
    「良かったね〜パパ帰って来て」
    「良かったでしゅ〜!」
    「ぷ…何だそれ」

    そして、リビングへ入った成宮の目に飛び込んで来た、相川の笑顔。一気に疲れが飛んでいく。
    しかも、柚と息を合わせてふざけてる姿を見たら、さっきまでの厳しい表情が嘘のように成宮も笑ってた。

    「相川、これ食後に」
    「えー柚の好きなケーキ屋さんの!わぁ〜ありがとう」
    「パパーありがとうでしゅ!」
    「ご飯食べたらな」
    「はいっ」

    これまでは寝る為だけに帰って来た自宅が、相川が来て瞬く間に帰りたい場所になった。守りたいものが出来ると言う事は、こうも幸せを知ることなのだと成宮は"毎日"を噛みしめる。
    その上、買って来たお土産を手にした二人の反応。デザート一つでこんなにも喜んでもらえるなんて、誰が教えてくれただろうか。

    ピンポーン…

    「ん?誰か来たのか」
    「慶士かな?慶士も呼んだんだよ…いいよね?」
    「勿論。賑やかな食卓になるな」
    「慶ぇたん!慶ぇたん、呼んでくるっ♪」

    それからインターホンが鳴り、成宮は慶士を呼んだ事を知らされる。
    慶士とも少しごたついたりしたが、慶士が自分の大事な相方だと受け入れてくれた相川には感謝している。時折、こうして夕食に呼んでは皆で楽しい時間まで作ってくれるなんて、本当に相川の存在は大きい。

    「ママ〜慶ぇたん、来たぁーっ」
    「柚、成長したなぁ。なんや、ちょっと重くなっとんで」
    「いらっしゃい、慶士。そうなんだよ、この前保育園で健康診断があって、身長伸びてた」
    「やっぱり。俺、すげーな♪」

    近頃は、すっかり良き友達。
    慶士と柚の事で盛り上がる相川を目にすると、成宮も安心して見てられた。

    「ねぇ、柚…パパお着替えあるし、ママのお手伝いちょっとしてもらってもいい?慶士にもお茶出したいし」
    「おてちゅだいしましゅ!慶ぇたんにお茶ぁ♪」
    「用意すんなら、俺が柚と遊んでやるで」
    「ううん、今柚ね…お手伝いしたいしたい時期なの、何でもやりたいんだって。ご飯食べたら遊んであげて」

    それに、慶士も慣れてきたせいかその良さが出てきたと思う。
    根の優しい慶士は、相川に寄り添うのも上手い。いい具合いに柚の世話で疲れた相川を気遣ってくれる。自分ばかりが構うよりは慶士のような第三者に話を聞いてもらったり、意見を訊ねるのも時に大切なのだと成宮なりに考えた。

    「相川、もうホンマにママやな」
    「まぁな。よくやってくれてるよ」
    「大変やで、子供を抱えるて。責任が全部かかる…お前もよう支えてやってるけど、相川の笑顔に救われてる」
    「…わかってる」

    だから、最近では慶士も相川を褒めるようになった。傍に来て、改めて気づく事も多い…何故自分が相川に惹かれたのか、今の慶士なら納得してくれてるだろう。
    キッチンへ消えていく相川と柚を見つめ、成宮は慶士の言葉に真摯に頷いた。

    「ところでな、ここに来て話すんもなんやけど…」
    「『Z』のことか?」
    「ああ。河村に調べさせたら、広がっとんの繁華街だけやねぇみたいやで」
    「は?」

    だが、自分はヤクザ。
    切り離すにも離せない事もある。二人が消えたのを確認して切り出す慶士の表情も、今しがたのそれとは180度変わった。

    「なんか、妙な方へ傾いとるんや…河村の知り合いに幼い子抱えた夫婦がおるんやけど、若い夫婦らの間で少し噂になっとるらしいわ。子育ての疲れを取ってくれる"新薬"の話」
    「"新薬"…」
    「まだ『Z』かは、確証がねぇ…でも、クチコミで売れてる何かがあるのは確かやて。どないする?念の為、そっちも探り入れよか」
    「そうだな…シッポが掴めない今は、やるに越したことはないな」

    子育ての親。
    成宮の脳裏に相川が浮かぶ。もし本当にそんな親達まで食いものにしたのだったら、子供達は大丈夫だろうか?
    柚のような子供が苦労していると思うと、成宮も胸が痛んだ。自分も小さい頃から苦労してきた…救いのない毎日ほど、辛いものはない。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    『Z』の事で成宮が動き始めて1ヶ月程経った頃、目新しい情報は上がって来なくなっていた。『Z』を買った者からの話も変わり映えなく、いまだ誰が元締かは掴めていないまま、薬だけは若者中心に広がりを見せた。
    そんなある日、成宮が家を出ようとした時丁度休みだった相川が何やら考え込んでいるのを目にする。

    「相川、どうした?柚の迎えに行くんだろ」
    「成宮…あ、うん。そうなんだけどね…」
    「ん?」

    何か含んだような物言い。
    成宮は眞木へ出るのを遅らせる事を連絡すると、相川の話を聞いてやろうとリビングのソファへ一緒に座った。

    「保育園で、何かあったのか」
    「いや、大した事じゃないかもしれないんだけど…今朝ね、園に着く前に柚が忘れてたって教えてくれて。コレ…飴」
    「飴?」
    「昨日、ちはるちゃんがパパが作ってるからって、柚だけに内緒でくれたんだって。たった飴一つなんだけど、園にはこういうの持って行ったらダメでしょ?ちはるちゃんのママに言うべきか…でも内緒なら、悪気はなかったちはるちゃんが怒られてしまう前に、本人だけに言おうかとか…悩んじゃって」
    「なるほどな…」

    相川の手には、可愛いラッピング紙で包まれた小さな飴が一つ。小さな女の子が興味を持つには十分過ぎる見た目だった。
    多分、これを見せられた柚も喜んだだろう。まだ喉に詰まらせたら怖いと、相川はあまり飴を与えてもいなかったから。

    「ちはるちゃんは、柚を友達だと認識したからあげたくなったんだろうな」
    「俺もそう思う」
    「一先ず、ちはるちゃんと話してみたらどうだ?もしその飴を売り物にしてるなら、商売品の数が合わなくなるだろうし…第一、勝手に持ち出す癖がつくのもよくない。ちはるちゃんの為にもな」
    「だよね。それで様子見てみようか…」
    「ああ」

    まだ幼い柚。母親から離れて預かっている以上、自分達には責任がある。
    成宮は、柚を育てる上での悩みをなるべく相川と共有してやりたかった。毎日仕事もこなし、家事もやってくれる相川の負担はあまりに大きい。

    「ありがとう、成宮」
    「家の中での事は、二人で考えればいい。一人で悩むなよ」
    「うん///」
    「今日も早めに帰るよ」

    自分へ礼を言う相川を抱き寄せ、成宮は優しくキスをした。
    早めに帰るなんて以前の自分なら有り得なかった。いつの間にか、こんなにも家庭の温もりを愛しく感じている事に成宮自身驚いた。
    そうして、成宮は眞木の運転する車で事務所へ向かった。

    「早く『Z』の件も片付けないとな…」

    流れる景色をぼんやりと眺めながら、成宮の頭の中は新しいドラッグの事へと切り替わる。
    前から気になっていた事がある。

    「売られてる実物が見えないのは、何故か」

    不思議なもので、『Z』の実物も写真も成宮は目にした事がない。いや、多分それは慶士達も同じ…どうしたものか、実物を目にする機会がなかった。

    「たむろしてる若い連中に聞いてもないってシラをきるんですけど、確かにドラッグっぽいのを手にしている所を見たことがないんですよね…中毒者は確実に出てるのに。気持ち悪い薬です」

    成宮の呟きに、運転手をする眞木も思わず話へ入る。
    名前ばかりが走って、実体の見えない薬。一体、どんな見た目なのか?

    「もしかして、薬には見えないとか…」
    「手にしてても気付かれないって事ですか?」
    「…有り得るな」

    若い子が手にして薬には見えないもの…。

    「お菓子…」
    「お菓子…最近グミとかも人気高いですしね!それあるかもしれませんよ!」

    一般的なお菓子として持ち歩いていたら、誰も薬だなんて思いもしない…成宮がそう思い始めた時、スーツに入れていたスマホが鳴り始める。

    「慶士…?もしもし…」
    『成宮、わかったわ』
    「あ?」
    『Z…なかなか出てけぇへんから、時間かかったけど。飴や…Zて、飴なんや』
    「飴…?」
    『Zの見た目、キャンディそっくりやったわ』

    成宮と同じように『Z』を調べていた慶士からの、突然の報告。

    「飴…」

    今日は、どうやら飴に縁がある。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「待たせたな、慶士」

    電話を受けてから数分後、成宮は眞木の運転する車で事務所に到着する。そして、近くにいた組員に慶士が戻った事を確認すると、その待機している部屋へ顔を出した。

    「いや、俺もさっき着いたところや」

    ドアを開けると慶士の座る傍らに右腕である河村が立ち、尽かさず成宮に頭を下げた。
    周りには他にいない。この件は他の組のシマでも起きていた事なのでまだ大っぴらには動かさず、成宮は限られた数だけに調べをさせていた。何故なら他の組が関与しているとなればデリケートな問題となる、もしそれがわかった時点で組長へ報告し詰めていけばいいと考えてたからだ。

    「それで、さっきの話だが…」
    「ああ。前に言うたやろ?河村の知り合い夫婦の話…今回、その嫁が幼稚園のママ友連中の集まりに呼ばれたら、『Z』を見せられたらしいわ」
    「幼稚園…じゃ、本当に若い夫婦の間で広まってるのか」

    部屋の中央にあるソファへ腰を下ろし、幼子を抱えているであろう『幼稚園』の言葉に渋い顔を見せる成宮。
    考えるまでもないが、その親達が中毒になっている傍らに柚のような子供がいると思うと、これから見る現実にいたたまれなかった。それが周りに知られれば、自ずと親は捕まり一緒には居られなくなる…幼い子が親といられない。柚でさえ、いまだに夜泣きをする。海外赴任をしている母恋しさに耐えられなくなるのだ。
    親が捕まった子は、どんな寂しさを抱えていくのだろうか。

    「あの、私の知り合いは勿論見ただけで帰ったそうなんですが、こちらで調べていたのを伝えていたので密かに写真を撮って来てくれてました。これが、その『Z』みたいです」
    「助かる、河村」

    考え込む成宮を見て、河村が尽かさず声をかける。手には、自分のスマホ…知り合い夫婦が送ってくれた写メを開き、成宮の前に差し出した。

    「な?どう見ても、ただの飴やでな。よう考えとるわ…男が使わんような包装紙を使用して、可愛く詰め合わせを作る。街でも何かのイベントの宣伝の真似して配ったら、デコ(警察)もなかなか気付かへん。それが、ママ友の間で広まってるなんざ、先生らでも知らんわ」
    「そうだな…これならバレにくい」

    慶士の話に、成宮も唸るように頷いた。
    河村に見せられた写真…可愛い包装紙で包まれた小ぶりの飴『Z』が、また可愛い小袋に入れられプレゼントの様にリボンで結ばれ並んでる。
    成宮達みたいな慣れた者が見ても、気付かないだろう。今流行りの柄やデザインを取り入れたセットなんか、思いもしない。

    「これ、ママ友で広がってると言う事は、包装しているのが女って事はないか?あるいは捌いているの自体が、女。大体、裏社会にいる連中が普通に暮らす母親達と繋がるとは考えにくい。もし彼女達の近くに捌くやつがいるのなら、早く広がりを見せたのも納得出来る」
    「言われてみれば…柚ちゃんを迎えに行った時も、ママさん達は幾つかグループで集まって話してたり、休みに遊ぶ約束してたりするのを目にします。毎日子供や家事、仕事に追われ疲れたママ達が、知り合いに疲れが取れると可愛い飴を見せられたら疑わないですよね」
    「その通りだ」

    成宮は、これまでの経験上つい相手が男だと決めつけていた事自体に間違いがあったのではと思い始める。
    こんなパッケージ込の案なんて、男だけではまず浮かばない。薬を用意したのが男だとしても、必ず女が関わっている筈だ。
    そして、ママ達の日常を柚を通し見てきた眞木の言葉に、成宮はますます確信を持った。が、ここでその確信が嫌な方へ向かっている証を見つけてしまう。

    「ん…河村、この端に写ってる紙くずは何だ」

    画像の丁度見切れた片隅。
    成宮の目に見覚えのある紙くずが転がっているのを目にした。
    この柄……。

    「多分、『Z』を開けた後のくずですね。いろんな柄の包装紙を使っていたと言っていたので、その隣に同じ小袋が開かれて置いてるから多分そうです」
    「何…」
    「どうしたんや、成宮」
    「相川…」
    「相川?」
    「柚が園に新しく入って来た子に貰ってたんだ。これと同じ包装紙の飴を…」
    「え…ほな、子供が持ってる言うんか!?柚ちやんは…相川は大丈夫かっ?」

    何故、すぐ気づかなかったのか…!
    顔色を変える成宮を前に、動揺していく慶士や眞木達。成宮は急いで自分のスマホを取り出し、相川へ電話をかけた。

    『もしもし、成宮?どうしたの』
    「相川、お前…飴どうなった。ちはるちゃんに会えたのか?」
    『それがね、ちはるちゃん今日体調悪くて休んでたの。でね、柚がお見舞い行きたいって言うし、優くんのママがお家知ってるて教えてくれたから顔だけ出してみようかなぁて』
    「それ、ちょっと待て」
    『え?ごめ…なんか近くに救急車が来てて、サイレン音で聞き取りにくい…』
    「相川…っ」

    電話口の相川は、まだちはる親子に会ってはいなかった。ただ、成宮の耳にも届く救急車の音。届かない声に成宮も思わず大きく相川の名を呼んだ。

    『ちはるちゃん?』
    「ん?相川」
    『あ…成宮…今、ちはるちゃんが救急車に…』
    『ママー!ちはるちゃんがぁ』
    「柚…。今何処だ!すぐ行くから待ってろっ」

    明らかに動揺している相川と、怖がる柚の叫び声。嫌な予感が成宮の中を巡ってく。

    「お頭…」
    「眞木、車を出せ。直ぐに相川の所へ行く」
    「は、はいっ」
    「おい、成宮」
    「本当かはわからないが、柚のクラスの子の親が飴を作っていると言っていた。そして、今その子が救急車で運ばれて行ったらしい」
    「は…それって、もしかして…」
    「わからん。ただの体調不良かもしれないが、とりあえず行ってみてだ」

    最悪は考えたくはない。
    大人の欲の為に子供が犠牲になるなんて、これ以上の腹ただしい事はあろうか。苦労してきた子供時代が成宮の脳裏を過ぎった。

    「相川…柚…」

    不安がる二人の顔が目に浮かぶ。
    まさか、こんな事で『Z』を知る事になろうとは。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「成宮っ!!」
    「パパぁっ」

    住宅街の一角、少し人集りが出来ている端っこに相川と柚は立っていた。成宮が車から降りると、顔色の悪い二人はすぐに駆け寄った。

    「大丈夫か、相川。柚は?怖かったな」
    「うん…パパ、ちはるちゃんがね…」
    「ああ、わかってる。心配は要らない…パパが何とかするから」

    成宮は傍に来た柚を抱き上げ、相川の背中を撫でながら柚へ優しく声をかけた。

    「成宮、どういう事なの?成宮が事情知ってるって…まさかちはるちゃんち、組と関係あるってこと?」
    「まだわからない。詳しい事は、また帰ってから話す。眞木、さっきの救急車が何処行ったか調べられるか」
    「直ぐに」

    不安がる相川の言葉に、成宮も詳しい事は答えなかった。それよりも、まずはちはるちゃんの容態とその両親の事が気になった。
    それから眞木はある組員と連絡を取った。ITの活躍するこの時代、組にも抱えているハッカーがいる。その男を使えば、この近くの救急外来の何処へちはるちゃんが運ばれたかわかるからだ。
    そして、それは数分で結果を出し、成宮の耳へ伝えられる。

    「わかった。じゃ、眞木…一先ず、俺を病院へ降ろしてくれ。それからそのまま相川達を自宅に送り、お前は傍にいてやって欲しい。あと、代わりの者を病院に行かせ、ちはるちゃんのことを調べるよう指示しろ」
    「はい」

    成宮の指示の下、眞木達組員は迅速に動いた。成宮をちはるちゃんが運ばれた病院まで連れて行き、離れる事を惜しむ柚を相川が諭しながら自宅へと送り届けた。
    自宅へ帰ると、相川達を心配した慶士が待っていてくれた。『二人は俺が見とるから、成宮のフォローしたれ』と慶士が言ってくれたので、眞木は急いで成宮の元へと向かった。

    「眞木さん、成宮をお願いします」
    「眞ぁたん、パパをよろちくおねがいちます!」
    「クス…はい、お任せ下さい」

    相川の真似をして頭を下げる柚に笑みをうかべ、眞木も逸る気持ちで車を走らせた。
    知らなかったとは言え、幼い柚にまで薬が届いてしまった事実…成宮がちはるちゃんの身体をあそこまで心配する意味もわかる。あんな柚みたいな子がもし…そう思うと、眞木の心も締め付けられるようだった。

    「お頭っ」

    病院へ着くと、成宮は別の組員の報告を丁度受けていた。

    「眞木…ちはるちゃんは、何とか大丈夫そうだ」
    「本当ですか?良かったぁ…良かったです」
    「ああ…」

    成宮の話にホッと肩を撫で下ろす眞木。ただ、まだ成宮の表情は険しい。

    「でも、薬を口に入れたのは確かかもしれない」
    「え…」
    「体調が悪くて休みを決めたのは、朝だろ?今日家にいた相川が柚を迎えに行ったのは、昼過ぎ…救急車を呼ぶまでに時間が経ってる」
    「そう言えば…」
    「調べた話だと、親は朝ちはるちゃんが洗剤を口に入れたからすぐ吐き出させて口の中を洗い流したが、体調が良くならなくて救急車を呼んだと説明したらしいが、多分薬がバレるのが怖くて言えなかったんじゃないかと思う。病院も洗浄したようだが食べたわけでもないし、まさかそれが薬とは疑いもしない…当然そこまで調べる頭はないだろう」
    「じゃ、誰も事実を知らないまま…またちはるちゃんは薬が近くにある家に…」

    幼子が親と離れるのは、辛い。どんな親であれ、まだ小さな世界で暮らすちはるちゃんには親との生活が全てだ。
    しかし、このままでは何も解決しない。

    「『Z』を捌いてるのか、作っているのか、ただ買っただけなのか…ハッキリはしないが、今の環境はちはるちゃんの命をも脅かす」

    成宮の中に、さっき抱き上げた柚の感覚が蘇る。自分なんかよりはるかに小さく脆い柚の身体…母親が離れて暮らす以上、自分達が守ってやらなければと常に思う。
    そんな子が犠牲になっていいわけがない。

    「眞木、二階堂に連絡してくれ」
    「え…」
    「近いうちに証拠を渡すから、ちはるちゃんの親を摘発しろとな。あいつなら出来るだろ…俺達が助けたところで、薬との関わりを断ち切らない限りはやり直しなんかまず無理だ」
    「お頭…」
    「だが、ちはるちゃんだけは何とか少しでも寂しくなく、親を待てるような生活にして欲しいってな。守るべきは、なによりも幼い立場だ」
    「はい!」

    眞木は言われるままに二階堂へ電話をかけた。これまで眞木と二階堂の関係に触れてこなかった成宮が、二階堂を頼ってくれた事が嬉しかった。
    二階堂も初めは驚いていたが、真摯に話を聞いてくれた。

    『二階堂…あの…』
    『心配すんな、必ずちはるちゃんを守ってやる。お頭に礼を言っといてくれ、頼ってくれてありがとうって』
    『ん…』

    警察とヤクザ。許されない関係だが、この時ばかりは二階堂がとても頼もしく感じた。
    そうして、眞木が二階堂へ連絡をしている間、成宮はちはるちゃんの親の所へ足を向けていた。

    「ヤバかったな…すぐ吐き出させたけど、ちはる飴食ってなくて良かったぜ」
    「何言ってんのよ!危なかったじゃない!だから嫌だって言ったのに…あんな薬の包装作業なんかしたくないって…」
    「仕方ねぇだろっ。先輩に頼まれたら断れねぇんだよ…大体、お前も楽しそうにしてたじゃねぇか!皆上手く騙されてるとか言ってさ」

    救急外来の外。
    人気のない所で煙草を吹かしながら話す、ふざけた親の会話。壁越しにその話を聞いていた成宮の心は、こんな親でも信じて生きてるちはるちゃんを想うと怒りで震えた。

    「それで?てめぇらの欲にかられて、小さな命また危険に晒す気か」
    「……っ!?」
    「だ、誰…」

    低い声色と、ただならぬ存在感。
    突然現れた成宮の姿に、ちはるの両親は悲鳴にも似た声を上げ、後ろへたじろいだ。

    ガッ……!!

    「ぃ…っ」
    「きゃあ…っ」
    「お前、てめぇの子をなんだと思ってんだ」
    「は…!?な、何ですか…あ、あんた」
    「てめぇの子をなんだと思ってんだと聞いてんだよ!ガキに薬しゃぶらせて、結局てめぇの護身しか頭にないのか?ぁあ!」

    成宮は煙草を咥えた父親の胸ぐらを掴むと、病院の壁に身体を押し付け締め上げた。
    仮にも、関東ではその名を上げてきた鷹山組若頭の凄んだ様は、ただのワル上がりのチンピラ風情を震え上がらすには十分なものだった。

    「お前らに薬捌かせてる"先輩"て奴、教えろ。俺が二度と出来ないようシメたるから」
    「ぇ…いや…それは……か、勘弁し…」
    「あ?ヤクザのシマで勝手に商売して、タダで済むと思ってねぇだろ」
    「ひっ…ヤ、ヤクザ!!?」
    「俺は、鷹山組若頭の成宮だ。知ってる事全て吐け」



    翌日、二階堂の元へちはるちゃんの両親が自首をして来た。そこからアパートへガサが入り、今巷で話題になっていた『Z』が押収された。両親の話から珠々繋ぎに逮捕者が出たが、元締めである組織だけは既に何処かの組みによって潰され、その関係する者達だけが酷い状態で所轄の前に転がされていたのが発見された。
    どこの組かはわかっていない。ただ、成宮達がその日の夜にすぐ動いたのは確かだった。

    「ちはるちゃん、よく遊びに行っていた祖父母の家に預けられたそうです。そこで、親を待つようですね」
    「そうか…」

    数日後、二階堂から話を聞いた眞木が、自宅で成宮へちはるの事を報告していた。
    表情は変えないが、何処か安堵したような成宮。

    「良かったね、成宮。寂しいとは思うけど、慣れたおばあちゃん家なら安心だよ。保育園も転園しなくていいみたいだから、皆で支え合いますと先生が仰ってたよ」
    「へぇ…いい保育園だな」
    「パパ、ありがとう。またちはるちゃんとあそべましゅ」
    「柚…仲良くしなきゃだな」
    「はい!」

    日曜日の昼下がり、成宮は相川達に囲まれながらこの日常の大切さを噛み締める。

    「眞木」
    「はい」
    「ちはるちゃんの両親に仕事がなかったら、ゴロツキを鍛えて育ててくれる良い社長を知ってるから言って来いと伝えといてくれ。甘やかしたくはないがお前らの為じゃない、ちはるちゃんの為だとな」
    「わかりました」

    自分も苦労してきた。
    手を差し伸べてくれる人がいたら、人生も変わっていたかと思う時がある。

    「でも、そうなれば相川に会えてなかったか…」
    「ん?何か言った、成宮」
    「いや、今夜のご飯は何かと思ってな」
    「ふふ…成宮の好きなビーフシチューだよ。眞木さんも食べて帰ってね♪」
    「やったー!眞ぁたんも、一緒!」
    「え、ありがとうございます///」

    ろくな道を歩んで来なかったが、今幸せであることは間違いない。幸せ…自分にそんな日が来ようとは思ってもいなかった。
    若頭、成宮の一日はこうしてまた新しい時を刻んでゆく。





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