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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    師弟時代のフィガファウ、革命軍の雰囲気に合わず立ち去ろうとするフィの話

    あと○日 やった、やったぞ!
     
     雄叫びのような歓喜の声を上げる兵たちの前に立つのは、細身でしなやかな身体の魔法使い。珍しく無邪気に笑っているせいか、目はまるで線のように細められている。
     隣に立つ銀髪の青年はそんな彼の肩をガッと掴み、楽しそうに名を呼んだ。そして可憐な相手の頭をぐしゃぐしゃと豪快に撫で、彼らは大口を開け豪快にあははと笑い合う。
     そんな顔、一度も見たことがない。
     女子供に混じり後ろからひっそりと眺めていたフィガロは独特の空気に耐えきれずその場を後にする。正直もう見ていられなかった。
     フィガロは集団の上に立ったことはあれど、彼らのように仲間意識を持って一緒に盛り上がったことはない。
     弟子の大事な仲間だ。自分も大切にしたい。フィガロも精一杯己の価値観と戦った。けれど、千五百年以上培われた考え方は数日で変えられるものではない。次第に精神が疲弊していき、自分の行動がどこか虚しいとすら思えるようになった。
    「はぁ……」
     北よりかは遥かに気候は過ごしやすいけれど、何日にも渡る野宿には正直疲弊している。これでもファウストからこの野営で一番質の良い寝具と一人用のテントを用意してもらっているのだ。それでも、フィガロには耐え難いものがあった。
     大切にされている。歓迎されている。けれど、仲間にはなれない。
     確かに彼らよりもうんと年上ではある。けれど、例えば差し出された手を取っても、彼らの繋ぐ輪の中には入れない。入らせてくれない。ああ、ずっとお客さんのままだ。
     それが礼儀からだというのは分かる。けれど、それなら一生この溝は埋まらない。
     そんか永遠にも続く毎日に、果たして耐えられるだろうか。つい、ため息を吐いてしまう。
     国ごとの人の気質の違いは充分に理解しているつもりだった。それらを巧みに利用して少し前までは世界征服を進めていたものだ。あんなことが起こるまでは正直かなり順調だった。
     少し離れた場所に来ても、ぎゃあぎゃあと男どもの歓喜する声が聞こえてくる。ここで魔法を使えば彼らを一瞬で消し去れるだろう。そんなことを考えてしまう自分をフィガロは嘲笑する。
     先ほどまで弟子の大事な仲間を大切にしたいと言っていたのに。舌も乾かぬうちにこの変わりようだ。
     雪のない木々を見ながら、フィガロは静かに目を閉じる。チチチ、と鳥の鳴き声が聞こえてきた。
    「……向いてないな」
     その一言に尽きるのだろう。
     きっと向いていないのだ。彼らのように高い志を持つことはできず、自分よりもうんと弱い人間の仲間に入ることもできず、一人ぼっちのまま。北にいたときとほとんど変わっていない、むしろこの一年ファウストと共に過ごしたせいで悪化したぐらいである。
     魔法は心で使うもの。この程度で精神を乱されるほどやわではないが、単純に不愉快ではあった。
     かわいい弟子のファウストのため。何度も言い聞かせているものの、ここ最近はうっかり口が悪くなりかける瞬間が増えてきた。
     ファウストは仲間と共にうまくやっている。革命は思いの外順調に進んでおり、よほどのことがない限りフィガロの力はもう必要ないだろう。
     やっと軍を率いてきた人間と魔法使いの長たちによって、新しい国が作られるのだ。
     その場所に、自分は必要だろうか?
    「……潮時か」
     ファウストはもう一人で生きていけるだろう。そうやって自分が育てたのだ。魔法を教える役目は果たした。
     欲を言えばもっと教えてあげたかった。自分の持つ知識も経験も、全部彼のために使ってあげようと思っていた。できるなら、今でもそう思っている。
     けれど、仲間と共に笑い合う今の彼に、それは必要だろうか?
    「……ははっ」
     魔法使いは人間を嫌う。人間も魔法使いを嫌う。けれど、彼らはその概念を打ち破ろうとしている。信じられるだろうか。
     共存の未来に、自分のような思考が固まった年寄りはいるべきではない。どれだけ笑顔を向けても、手を差し伸べても、きっと彼らは迎え入れてくれないのだから。
     用意されたテントまで歩きながら、フィガロはため息を吐く。いっそ今から消えてしまおうか。この苦しみから逃れられるなら、それでもいいかもしれない。
     そのとき、後ろからパタパタと駆ける音が聞こえた。田舎くさい男たちの中で一際輝く一等星がこちらに近づいてくる。
    「フィガロ様!」
     声が大きくて運の良いかわいい弟子。彼の声で驚かせてしまった兵士にも丁寧に頭を下げたファウストは、ニコニコと笑いながらフィガロの元へ走ってくる。
    「どうかした?」
    「いえ、どちらにいらっしゃるかなと思いまして……」
     わざわざ探しに来てくれたことへの優越感と申し訳なさ。素直に喜ぶのはどこか癪で、フィガロは困ったような顔をした。
    「あはは、ごめんね。せっかく盛り上がっていたのに」
    「いいえ、僕こそ大変申し訳ございません。お恥ずかしい姿をお見せしてしまって……」
    「確かに、あんなにも盛り上がっているのは久しぶりだったね」
     以前裸踊りをする光景を目にしたせいか、正直あの程度では驚かない。けれどうまく馴染めるかと言われればそれはまだ難しいかもしれないけれど。
    「フィガロ様のおかげで僕は、いえ、僕たちは勝つことができました。本当にどれだけ感謝してもしきれません」
     ファウストの言葉はまるで魔法みたいだ。確かに多少の手助けはしたが、まるで自分が活躍したような気にさせてくれる。
    「いいや、きみたちの実力だよ」
    「いいえ、フィガロさまのご尽力あってこそです」
     真っ直ぐな紫の瞳はどこまでも真っ直ぐで、迷いなど感じさせない。彼の真摯な気持ちがそのまま表れているみたいだ。
     役に立ちたい訳ではない。革命軍の人々に大した思い入れなどない。
     けれど、ファウストだけは違う。
     彼の気持ちには応えてやりたい。彼の言葉を疑いたくはない。彼の前では、どこか盲目に自分を褒め称えるファウストの言葉通りの人物でいてやりたい。

     もう少しだけ、あともう少しだけなら。頑張ってみてもいいかもしれない。
     頬を赤くして健気に訴える弟子に微笑み、フィガロは小さく息を吐いた。
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