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    ruicaonedrow

    エタるかもしれないアレとかコレとか/ユスグラ/パシラン/フィ晶♂/銀博/実兄弟BL(兄×弟)/NovelsOnly……のはず

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    ruicaonedrow

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    解説編

    WS5-410.
    「ご馳走様でしたっ」
     ぴょこんと頭を下げると、ルリアの頭頂部で毛束が揺れた。
     余程楽しかったのだろう、彼女は終始にこにこであったし、あれだけ多量に盛られた焼き菓子の消費も早かった。見かねたサンダルフォンが苦笑しつつも、珈琲と共に何度もお代わりを差し入れてくれたくらいだ。
    「あの、……でも、お邪魔じゃなかったですか? 折角お二人でデートしていたのに……」
    「へッ」
     で、デート、だって
     突然のとんでもない言葉に、思わず飛び出た声がひっくり返った。
    「で、デートだなんて、違うよ! 彼はただ、僕に付いてきてくれただけなんだから」
     そうだよね、と同意を求めて振り返ると、ユーステスの姿は既にそこになかった。通りの向こうで往来を眺め遣っていた。カフェミレニアの扉の外、そろそろ夕刻に差し掛かるであろう大通りは相も変わらず人で溢れていたが、群衆よりも頭ひとつ分高い彼の姿は否が応でもよく目立った。目の前を通過する年頃の少女たちがチラチラと彼を見ては「わぁ、あの人めちゃくちゃカッコイイ!」「誰か待ってるのかなぁ」「話し掛けちゃおっか!」などと言い合ってはしゃいでいる。
    「そ、……それじゃあ、また」
     セインは頬が熱くなるのを感じながら、曖昧に笑って手を振り、踵を返した。ルリアの返事も待たずに、急ぎユーステスの元へと駆け寄る。「有り難う御座いました!」と響く元気な声に振り向けば、ルリアが小さな身体を精一杯に伸ばして手を振り返しているところだった。こちらまでつられてしまうほどの満面の笑みで見送ってくれる。
    「もういいのか」
     ユーステスの静かな声に、セインはひとつだけ頷いた。待たせてごめん、と言うとユーステスはかぶりを振り、銀色の髪の下、切れ長のアイスブルーの瞳を細めてセインの背の向こうに目を遣った。視線の先には恐らくルリアがいるのだろう。僅かにではあるが、彼が表情を緩めたのが分かった。
     ――知り合い、だったのかな。
     短い付き合いではあるものの何となく感じていることがある。ユーステスは初対面の人間にこそ厳しいが、ある程度仲良くなると優しく穏やかな一面を見せることがあるのだ。ちょうど、今のように。
     ――確かに相づち程度ではあったけど、いつもより口数が多かった気がするし……。
     だからなんだという訳でも無いが、その事実は胸に引っ掛かった。彼が優しいのは僕だけじゃない……当たり前のことではあるのだが、何だかもやもやする。
    「行こう」セインは声を張り上げた。吹っ切るように先立って歩き出した。「兄さんが心配しているかも」
    「ああ」
     ユーステスは首肯し、すぐに気配が後を追ってくる。セインは振り返ることなくずんずん進んで人混みに紛れる。喧騒が耳を打ち、種々混ざった匂いが鼻先を過ぎ、ふと顔を上げた空は西の方から茜色に染まり、太陽の影を受けた薄墨の雲があちこちに浮いていた。
     さて、勢いづいて先陣を切ったセインではあったが、残念ながら人混みが得意な方ではない。あちこちから入り乱れる人々にあっさりと翻弄され、ぶつかっては謝り、謝りながらもぶつかって、ものの数分と経たずにふらふらになってしまった。見かねたユーステスが後ろから手を引いて、雑踏から抜け出したところでようやく一息吐いた。ご、ごめん……と小声で言うのが精一杯だった。情けなさで、俯いた頬が熱い。
    「俺が先を往こう」
     ユーステスにそう言われても小さく頷くより他はないし、自然に手を取られても振り払うことまで考えが及ばなかった。革の手袋越しのごつごつした感触は大人の男性を強く感じさせたし、僅かに目線を上げれば褐色のマントに覆われた大きな背中が見えた。彼は背が高いので、まるで人々が自ら道を空けるかのようにスムーズに進み、セインの足は立ち止まることも知らずについて行くばかりだった。先ほどより打って変わっての歩きやすさに驚く間もない。
     ――父さん。
     何とはなしに滑り込んできた言葉は、遠い昔、自身がまだ幼かった頃を思い起こさせる。
     ――父さん……。
     夕暮れに手を引かれて歩いた。細部こそもう思い出せないものの、繋いだ掌の温かさやすぐ傍にあった背中に、幼子ながらに安心を覚えた。まさかその直ぐ後に、永遠に喪われようとは思いも寄らなかったあの頃……
    「わ!」
     急に立ち止まった背中に、セインはそのまま激突した。鼻を打ったところで我に返り、さすりながらも顔を上げると、ちょうど肩越しにこちらを向いたユーステスの目と視線がかち合った。あう、と呻くがそれ以上が続かず、暫く見つめ合う。
    「……着いたぞ」
     微かに笑いつつ――そう見えただけなのかもしれないが――ユーステスが顎で指すその先に大きな噴水が見えた。街路樹のたもとに待合室があるが、繋ぎ場は空っぽだった。いつもならこの時間、立派な二頭立ての馬車が繋いであるものだが……まさか乗り遅れてしまったのだろうか。
    「おお、若いの」
     近寄ろうとする二人を呼び止める声があった。見れば傍のベンチに腰を掛けた老爺が、杖の頂点に両手を重ねたまま真っ白い髭に覆われた顔をもごもごさせている。
    「乗合馬車は暫く来ないぞい。馬の調子が悪いようでの。まぁ、収穫祭も近いからの、負担が増したんじゃろうて」したり顔で頷いている。「最終便は出るようじゃからの。その時間にまた来るとええ。ここでぼうっと待っとっても仕方ないからの」
    「あ、有り難う御座います……」
     確かに、待合室を覗いたところで誰もいない。ぐるりと辺りを見回したところで、馬車の到着を告げる鐘の音も聞こえず、それらしき影も見えない。セインは老爺に礼を言い、ユーステスを振り向いた。彼は目を眇め、黙ってセインを見つめている。
    「……馬車、来ないんだって」
     既に夕闇は近く、周囲は橙色に照らされている。セインは肩を竦めてみせる。
    「最終便……っていうと、村に着くのが日付回るくらいになっちゃうから、どうしよう、夕飯でも食べてゆっくりしてから帰ろうか」
    「ああ、分かった」ユーステスの耳が揺れる。「俺はこの街に詳しくない。案内してくれるか」
    「いいよ」
     セインはにっこり笑って薄い胸を張った。やっと良いところを見せられると思ったところで、未だ自分の手は彼と繋がれていることに気付いた。はっとユーステスを見るが、彼はどうしたとばかりに見返してくるばかり。終いには、あ、いや、とセインの方が慌てて目を逸らしてしまう有様であった。
     ――別に、男女の仲じゃあるまいし、手を繋ぐくらい何てことないだろ。
     そうしてユーステスは歩き出した。セインはやや足を速めて彼の隣に並ぶ。
     ――人混みではぐれても困るし、相手を見失うこともないし、このままでも良いよな。……彼も、別に嫌がってる様子じゃあないし……。
     幾つも幾つも心の中で言い訳をしながら、セインは繋いだ手に力を込める。触れ合った掌から伝わる熱が心地よいこと、いつまでもこうしていたいと思うこと、去来する思いを何となく反芻しつつセインは夕暮れの街に目を遣る。収穫祭の準備で賑わう街はいつもより騒がしく、しかし、とても楽しげに映った。
     とはいえ、セインも誰かを案内できるほどこの街に精通しているわけではない。せいぜいこの目抜き通り、大きく見積もっても直近の裏通りまでで、飲食店についても兄やミナの話で聞いたことがある程度であったが、街を初めて訪れる人間にしてみれば十分だろう。兄はどちらかと言えば飲み屋が多く、人気の酒場や穴場と呼ばれる居酒屋まで教えてくれたし、ミナは女子だけあってデートでも使えるようなお洒落な店やカフェを幾つも知っている。ユーステスの好みがどこにあるのかは分からないが、店選びに困ってしまうようなことはないはずだ……多分。
    「えぇと……君はお酒は飲む方? それとも、飲むよりも食べる方がいいかな」
     はぐれないようにしっかりと手を握りつつ、セインは喧騒に負けないように声を張り上げる。いくら聴力に長けているエルーン族とはいえ、彼は背が高いので、音量を上げなければ届かないだろう。
    「リクエストとかあれば言ってよ。がっつり食べたいとか、あっさり済ませたいとかさ」
     ユーステスは口角だけで微笑み、考え込む素振りを見せずにすぐに口を開く。
    「お前が行きたいところであればどこでもいい」耳がふるりと揺れた。「こだわりがある訳でも無いし、希望も特にない。お前に合わせよう」
    「そう……?」
     一番困る回答である。適当でも良いから指定してくれれば良かったのに。
     けれどセインは気を取り直し、二人の足が飲食店街に踏み込んだところで、率先して彼の手を引いた。ちょうど夕飯時に当たるこの時間、店側も客のかき入れ時だと張り切っているのだろう。周囲に漂う、鼻をくすぐる香ばしい匂いに、育ち盛りの腹の虫が我慢ならないと騒いでいるのだ。
     件の看板を往来の向こうに見掛けたのはそのときだった。真鍮製の猫に流線型の装飾を幾つも絡ませたもの。ぶら下がった木製の板には黒猫亭と刻まれ、大通りに突き出し、あるかないかの風にゆらゆらと揺れている。
     アーチ状の入り口は通りに向かって大きく開け放たれ、人々の話し声や笑い声がここまで聞こえてくる。店内は殆ど人で埋め尽くされ、給仕たちが、卓と卓との狭い間隙を、煙草の煙をかき混ぜつつひっきりなしに行き交うのが見えた。いかにも大衆酒場といった賑わいに、セインの足も思わず止まってしまう。
     ――成る程、あそこが噂の黒猫亭か。
     覚えはないのに、飾り付けを手伝っていたという過去が作られた曰く付きの場所。改めて見てもやはり記憶の何処にも引っ掛かるものはない。当たり前だ。兄から聞いてはいるのだが、訪れたことなど一度もないのだから。
     ――どうしようか。
    「えぇと……」
     ユーステスを振り向いたセインは、一瞬言い淀み、けれどにこっと笑った。
    「君、騒がしいのは苦手だったよね。他の所にしよう」
    「ああ、助かる」
     何故そう感じたのかは分からない。ただ、直感的に思ったのだ。彼は平穏と静寂を何よりも愛するから、あのような酒場の混沌とした雰囲気は趣味ではないだろう、と。
     しかし、返ってきた彼の反応に一番驚いたのもセインである。僕は何故そんなことを知っているのだろう。彼は多くを語らないし、第一、そんな話を聞いたことはないのに。自分で言い出したことであるのに目を丸くしつつ、けれど「じゃあ、行こうか」と呟いて普通を装い歩き出す。今は考えるよりも先に進むべきだ。そう思ったのだ。後で彼に確認すればいい。それだけの話だ。
     一際大きな街路樹を右へと曲がり、用水路に沿って南へと進めば、家路を急ぐ人が行き交うばかりで人通りは割とまばらになる。喧騒は鳴りを潜め、あるいはすっかり遠くなり、風に騒ぐ街路樹の葉擦れが水音のまにまによく聞こえた。世界を渡る風は涼しく優しい。
     目指す店は坂の上、港を見下ろす小高い丘にある。ミナのイチオシの飲み屋であり、味もさることながら雰囲気がとても良いのだという。もしも恋人を連れて行くのならこういう洒落たところを選びなさいな……とはミナが最後によく付け足す台詞である。
     ――残念ながら、一緒に行くのは恋人じゃあないけどね。
     緩やかな坂を上りながらセインは自嘲する。いつの間にか互いの手は外れてしまったが、背後の気配はしっかりとそこにある。セインは時折肩越しにちらりと後ろを見ては、夕暮れに染め上げられた銀髪のエルーンがしっかり付いてきていることに安堵するのだ。彼は背丈がある分歩幅も長い。自分なぞすぐにでも追い抜いてしまいそうなものなのに、わざわざゆっくり歩いてくれるなんて……、心なしか胸がふわりと温かくなるのを感じる。
     やがて暮れなずむ日は橙色の光を残し、空は紺碧のグラデーションに覆われる。影絵となった雲が静かに流れゆく中に、雁の群れか、あるいは騎空艇と思しき黒点が幾つも過ぎていくのを見る。道の端、柵の向こうに街が一望でき、沢山の人が行き交う中に収穫祭の電飾がピカピカと瞬き、黄昏の星空をそっくりそのまま落とし込んだようであった。
     通りの両脇から突き出した街灯がぼんやりと灯る頃には、二人の足は高台の頂点、例の飲み屋の前にあった。壁に沿って葡萄の葉に似たつる植物が這い、黒樫の扉の横に引っ掛けられた角灯が薄暗い光を投げかけている。人通りも殆どなく、隠れ家と言い換えてもいいこの場所は、周囲がとっぷりと暮れたのなら大分雰囲気のある店となるだろう。それこそデートで訪れたなら、こういうものが好きな人はきっと凄く喜んでくれると思う。
    「いらっしゃいませ」
     片開きの扉は意外と重く、蝶番がギギと軋んだ。先導したセインを出迎えたのはきちんとした身なりの初老の男性とムーディーな照明、奥に置かれたアップライトピアノの生演奏……先ほど見掛けた大衆酒場とはまるで正反対の様子に、セインは扉に貼り付いた真鍮製のノブを握りしめたまま数秒ほど固まってしまう。
    「お二人様ですね、どうぞこちらへ」
     そんなセインの心境など意に介さない風で、初老の男性は会釈をし、二人を窓際の席へと案内する。ギクシャク歩きながら席に着くとユーステスも倣って向かいに座った。借りてきた猫のように縮こまるセインとは対照的に、慣れた手つきでスマートに外套をまとめている。
     ――来慣れてるんだろうな、こういうところ……
     メニューを開いたところでよく分からない横文字ばかりが並んでいて、セインの頭はクラクラとした。取り敢えず、困ったときは店のオススメにすれば間違いはないだろうなどと消極的に考えつつ、何となく気になってちらりとユーステスを盗み見れば、メニューを眺めるその表情にはある種の余裕すら感じられる。
     ――大人の男性、って感じで、なんか格好いいなぁ……
     妙にどきどきするのはきっと店の雰囲気のせいだ。だってミナがわざわざ恋人を連れて来いっていうくらいなんだから。言い訳がましいことを内心で繰り返しつつ、セインは、給仕が運んできてくれたグラスを手に取ると一気に煽った。給仕の話によると中身はレモン水らしいのだが、味は最後までよく分からなかった。


    「セイン……セイン・アリュシナオンか……」


     カリオストロはひとり、森の中を歩いている。ぶつぶつと独りごち、考えに沈む足は草木を掻き分けつつも尚止まることがない。
     馬鹿と煙は高いところに上りたがるとはよく言うが、金持ちも高いところが好きであると思う。周囲の喧騒から逃れたかったか、それとも、景色の良い場所を選んだならたまたま高い場所になったのか、街の唯一の富豪であったというアリュシナオン邸も例に漏れない。覇空戦争時代の遺物であり、手入れも入っていないことから佇まいの殆どを森に浸食されてはいたが、当時にしては丈夫な作りだったのだろう。そっくりそのままとは言わないまでも古色蒼然として、ひっそりとそこに建っていた。木々は繁って頭上を覆い、真昼にも関わらず周囲は薄暗い。この世の者ではない何かが巣くっていそうな、まさに不気味という名詞がぴったりくる光景である。ルリアが見たのなら、恐怖の余り震え上がってもおかしくはない。
     単独行動を願い出たのは他でもない。キリエ・ルイゼの話の中に一部気になる箇所があったのだ。分からないことがあれば自分が納得するまで追究する……カリオストロのある種の我が儘を、ベアトリクスは「危険だ」とか、「ひとりで行くなら自分が護衛する」と言い張っていたものの、最終的には渋々了承し見送ってくれた。カリオストロの研究者気質からして説得は無理だと察したのかもしれない。
     ――キリエのいう《舞台》とやらの話は、ここから始まったんだな。
     カリオストロが立ち止まると、腰に括り付けられたフラスコが小さく音を立てた。
     アリュシナオン邸の入り口。かつては綺麗に整えられていたであろう庭も今や雑草や低木が茂るばかり、どこぞの夜盗が侵入でもしたか、両脇の女神像は横倒しに倒れ、邸宅の扉は打ち壊されアーチ状にぽっかりと開いていた。そうっと近付き中を覗き込むと、玄関に続くだだっ広いホールが見える。シャンデリアが豪奢な飾りを散らしながら床に寝そべり、大きく取られた窓は格子に嵌まった硝子がところどころ欠けて、森が透けている。
     広間の奥には両側に分かれる大階段があった。踊り場の壁には額に入った絵が掛かっていたが、傾いていたり落ちていたりして残っているものは少なく、日に焼けたかあるいは土埃で汚れたかで何が描いてあったのかも定かでない。すえた匂いと魔物たちの排泄物の匂いが辺りに漂う中、埃の積もった手すりをなぞりながら、カリオストロはゆっくりと段を上っていく。
     ――幽世の奴らは……いない、な。
     周囲をぐるりと見回しても、彼ら独特の淀んだ雰囲気はどこにも感じられない。ただ、先ほど広場で襲撃してきたことも踏まえ、決して警戒は解かない。ホールの吹き抜けを見下ろすと落ちたシャンデリアを中心として瓦礫が散らばっている。昔は、客人を最初に迎える豪勢な場所であったのだろう。今や見る影もないが。
    「……ここか?」
     広い廊下を歩き、突き当たりの大きな扉に行き合った。辛うじて残っている扉の残骸から中を見たのなら、ずらりと並んだ半円の大きなアーチ窓が緑色の木漏れ日を落としている。広々とした部屋は中央に朽ちたベッドがひとつ、頭側を含めた壁際にはアンティーク調とみられる家具が並び、いくつかは転倒している。硝子が割れているからか風の通りは良いようで、大股に部屋へと入り込んだカリオストロの金髪をさらさらとなびかせている。外から吹き込むみずみずしい緑の香りが、濁った空気を洗い流していくようにも感じられた。
     おそらくはここが、富豪アリュシナオン家のただ一人の愛息セイン・アリュシナオンの部屋なのだろう。生まれつきの病のため生涯ここを離れることが出来なかった彼に対し、少しでも慰めになるのならと、眺望の良い部屋を与えたのだろう。窓から外を見ても生い茂る木々が阻むばかりだが、当時は街を一望できたに違いない。
     ――オレ様には錬金術があったが、こいつには何もなかった。だから幼くして死ぬしかなかったんだな……。
     かつてのカリオストロもまた、幼い頃より病弱であった。錬金術で身体を乗り換える術を得なければ、または、そこまでの才能を開花させていなければ、セインのように命を散らしていたかも知れない。セインの境遇に何となく共感するのはそのせいもあるだろう。カリオストロは小さく息を吐いて、セインが使っていたであろうベッドの骨格に指を這わせた。砂埃と土、枯れ葉や枯れ枝が降り積もり、劣化した布らしき切れ端が引っ掛かっているだけの壊れた寝台を。
    「……さて」
     ここに来たのは、別に、感傷に浸りたかったわけでも、セインの短い生涯に思いを馳せたかったわけでもない。顔を上げたカリオストロは、そのままぐるりと部屋を見渡す。
     キリエ・ルイゼの話によれば、セインの死後、彼の作った《舞台》の性質が変わったのだという。現実世界の住民たちは抗う暇もなく《舞台》上に吸い上げられ、この街……いや、この島は滅んだ。おかしいと感じたキリエが止めようとするが、《舞台》に関する《権限》のほぼ全てを奪われ《舞台》から追放されて《再構築》が行われた。キリエはそれを、セイン・アリュシナオンに成り代わった幽世の者たちの仕業だと踏んでいる。幽世の者たちは死者の記憶や容姿を完璧にコピー出来るため、幽世に至ったセインから《脚本》と《舞台》の話を引き出し、この地に戻ってきたのではないかと。
     ――それはまぁいい。……だが、幽世の住人たちは何を考えてやがるんだ……?
     幽世の住人は空の世界への侵攻を企んでいる。いずれ創世神に叛逆するのだという。それならば、今回の件が上手く運んだとしたら、奴らの思うとおりになるに違いない。つまり、……奴らが空の世界へと至る手段を手に入れるということ。
     幽世はこの空の世界と次元的に隔絶されていると聞く。それがこちらにやってくるのだとしたら、次元を越える門のようなものが必要だ。かつて、パーシヴァルの実兄アグロヴァルが幽世の者たちにいいように操られ、幽世の鍵を作りだし門を開けようとしたことがあった。グランたちの活躍により幽世の住人たちは赤き地平に退けられ、アグロヴァルも正気を取り戻したのであったが……
     ――門、か。
     次元を越えるのだから、門に相当するものはそれ相応のエネルギーが必要だ。計算したことがないので具体的に幾つというのは分からないが、それこそ、島一つがまるごと消えるくらいはあっても然るべきだろう。では、幽世の住人はあの《舞台》である島を滅ぼすつもりなのだろうか? 虚構の世界であるのに?
     ――それとも、あの《舞台》は現実にあるとでも……?
     仮に、是だとする。
     虚構である《舞台》がこの空の世界のどこかに存在する。《舞台》は現実世界にあるこの島から住民たちを根こそぎ吸い取っていった。住民たちは《役》を与えられているとはいえ、普通の人間だ。虚構世界の住人ではない。タイミングこそ分からないが、《舞台》である島に潜り込んだ幽世の者たちは島内の人間たちを皆殺しにする。そうすれば自ずと、門を開くためのエネルギーは集まるだろう……まるまる島ひとつ分の人間たちの命と引き換えに。
     仮定の話であるのに、カリオストロはぞっと背筋が冷えるのを感じた。成る程、そう考えたなら一応筋は通る。
     だが、……一体どうやって、虚構の世界を具現化するというのか。
     あるいは……何者かが具現化させたのか。
     幽世の者が唆したのか? かのアグロヴァルのように。
    「クソッ……分かんねぇ……何か、決定打があれば……」
     小さく毒突き、カリオストロは歩き出す。寝台を離れ、壁際にずらりと並んだ家具へと近寄る。動物が入り込んだのか、ところどころ糞や骨らしき小さい破片が落ちている。壁紙は黒ずみ、破れて穴が空き、一部骨組みが見えているところもある。
    「ん……?」
     それは、全くの偶然だった。そうしようと思った訳でも無く、確信があった訳でも無い。ただ、床に落ちたカリオストロの視線が、日にきらりと光る何かに引っ掛かった。訝りながらも近付けば、鏡と思われる数多の破片が土埃と共に散らばる中に、ひとつだけ、明らかに色の違うものが混ざっている。そうっと手を伸ばし拾い上げてみれば、元々は球体であった何かが割れたもののようだ。色は赤く、大きさはカリオストロの小さな手に何とか収まる程度。重さはそれほどでもない。少なくとも、重いと感じるほどではない。
     一見、何の変哲もないものだ。装飾の一部が剥がれ落ちただけかもしれないし、動物がどこかから拾ってきたものかもしれない。富豪の邸宅なのだから、宝石や鉱石、色ガラスの類いがあってもおかしくはない……だが、カリオストロの両目はそれを日に透かせてすっと細くなる。
    「……なんで、こいつがここにあるんだ……?」
     ぽつり、呟いた直後。
    「誰か、……そこにいるの?」
    「ッ……!」
     突如響いた声は、完全に予測の範囲外であった。弾かれたように振り向いたカリオストロは、寝台の傍に誰かが佇んでいるのを見る。誰か……、それは年端もいかない子どもだ。亜麻色の髪は形こそ整っているが艶がなく、肉が落ち、頬骨の目立つ顔からは瑪瑙の瞳だけがぎょろりと飛び出しているような有様。細身というには痩せすぎであり、顔色も蒼白を通り越して最早真っ白だ。暗闇で見掛けたのなら、間違いなく亡者と見紛うだろう。
    「お姉さん、……誰?」
     少年は何度か目を瞬きつつ、小首を傾げる。カリオストロは驚きのあまりに止めていた呼吸を静かに再開させながら、にこっと微笑んで少年を見た。
    「えぇと、初めまして……だよねっ。素敵なお宅だったからついお邪魔しちゃった。美少女錬金術師のぉ、カリオストロでーす☆」
     ポーズを取り、茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばしたところで、少年からは何の反応もない……否、何と返したらいいか分からないようで、困惑の表情を浮かべている。しばしの沈黙を挟んだ後咳払いをして、カリオストロはバリバリと後頭部を掻いた。
    「……まぁ、互いにクサい演技は止めようぜ。なぁ、セイン・アリュシナオン……いや」視線と、口角を跳ね上げる。「幽世の住人さんよ」
     少年は応えない。応えないままに、じっとカリオストロを見ている。
     カリオストロはそっと背後に手を回し、マントの下、腰の辺りに括り付けてある分厚い魔術書に触れる。少年から顔を逸らさずに、けれど視線を最小限に動かし急いで周囲を確認する。沢山のリボンが付いた革靴の下で、小石が踏まれて小さな音を立てた。
    「セイン・アリュシナオンは死んだ。よしんば病死が嘘だとしても、最早千年以上も前の話だ。長命種……そうだな、星晶獣でもなければその姿のまま生き続けることなど到底出来やしないだろう」それで、とカリオストロは顎を擦る。笑みを崩さぬまま、黙り込む少年を見つめる。「確か……お前ら幽世の者は死者の記憶をコピー出来るんだったな? ならば……何故こいつがここに存在するのか、セインに聞いてくれないか」
     カリオストロの手の中には、先ほど拾い上げた石のかけらがある。血液を流し込んだかのように赤く、透明度はほとんどない。少年は黙ったままだ。表情が変化することもなく、……否、全くの無表情でカリオストロを見返している。
     カリオストロはすっと息を吸い、殊更に笑みを深めてみせた。
    「この、……賢者の石の出来損ないが、な?」
     ほう、と。
     言ったように見えた。少なくとも、カリオストロにはそのように見えた。
     無表情だった少年の顔が、歪に笑ったのがそのときだ。痩せぎすな姿はどろりと溶けて、青白い肌の異形が姿を現す。巨大な二つの角に馬面の面、奴らに個体差という概念があるのなら、先ほどカリオストロたちを取り囲んだ集団の親玉に違いない。
    「流石は錬金術の開祖カリオストロ嬢……といったところですな」
     その手に物騒な形の鎌が握られるのを見た。よく研いであるようで、銀色に鈍く光っている。こんな障害物だらけの部屋で振るわれたなら避ける方が難しいだろう。しかも、こちらはいたいけな少女だ。小回りがきくとはいえ、真っ向から立ち向かえる訳も無い。
    「こんなへんぴな場所で何をしているのかと思えば、それを探しておられたという訳ですか。クハハ……全く、……好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものです」
     出口は部屋の手前と奥に二つ、それぞれ扉は外れておりアーチ型の穴がぽっかりと空いている。幽世の者の右手側には硝子のない窓があるが、あそこから飛び降りたところで下は断崖絶壁だったはずだ。森の木々が多少は緩衝材になるとはいえ、五体満足でいられるかは正直分からない。
     カリオストロは、けれどニッと笑う。
    「今ので確信が持てたぜ。こいつァ本物って訳だな。まぁ今やただのガラクタだが」ざり、と開いた足が砂埃を立てる。「そうだな……こういうのはどうだ? この賢者の石の出来損ないが病死したセインの魂を吸って、あの《舞台》を具現化させたんだ。もっと生きていたいというセインの願いを妙な形で叶えやがった……とか」
    「そうだとしたら?」
     幽世の者はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。それもそうだ、相手は非力な少女がひとり。援軍も期待できないこの場所で、一体どうやって逃げられるというのか?
     ――まぁ、……見くびられても困るがな。何せ……
     カリオストロは背中より本を抜き放つ。ぱっとページを開いたなら、解き放たれた魔力がぶわりと一気に膨らんだ。
     ――罠に嵌まったのは、お前らの方だ……!
    「じゃあな!」
     カリオストロが叫んだ途端、室内に光が溢れ……――

     ドオォオオォォォン……

    『……ってことだ、聞こえたか?』
     くぐもった爆発音と同時に聞こえてきたノイズ混じりの声に、ゼタはため息と共に、そうね、とだけ言った。その緑青色の両目を、もうもうと上がる白煙に向けたままで。
     切り立った崖の上、大半を森に飲み込まれた洋館の一角はつい先ほど閃光と爆音を発した。爆発は小規模ながら窓に残ったであろう硝子が飛び散り、キラキラ光りながら落ちていくのが見えた。殺傷能力など殆どないに等しいが、……と言っていたカリオストロの声が不意に脳裏を過ぎった。相手を煙に巻くなら十分だ。まぁ、……幽世相手にどこまで通用するか分からんがな。
    『取り敢えず、そちらの様子を教えてくれ』
    「いいわよ」
     えぇと……と続けようとしたゼタを遮り、突然伸びてきた手が伝声器を奪った。止める間もない。視線だけで行く先を追えば、ベアトリクスが「おいっ」と伝声器に向けて声を荒げているところだった。「大丈夫か 怪我とかしてないか」
    『ッ……ま、まぁ落ち着け。オレ様は大丈夫だ』
     あまりの音量におそらくハウリングが起きたのだろう。しばしの間を挟んで、苦笑交じりの声が届く。ベアトリクスは安心したように相好を崩す。
    「私たちも無事だぞ」そう言って胸を張り、ニッと笑った。「言われたとおり、崖下のうろで待機中だ。何回か幽世の奴らがちょっかい出してきたけど、問題なく追い払った」
    『そりゃあ良かった』
     それで気が済んだのだろう。渡された伝声器を受け取ったゼタは「それで」とその後を継いだ。「どうなの、塩梅は」
    『上々さ』
     ザザ、とノイズが割り込む。
    『なぁ、サンダルフォン』

    「……」

     唐突に聞こえた見知った名前に、ルリアは顔を跳ね上げてその主を見た。当の本人――サンダルフォンはカウンターに上半身を寄り掛からせたままコーヒーカップを傾ける。
     既に日も暮れ、淡い橙色の照明だけが照らす店内は薄暗い。ユーステスとグランを見送った後、収穫祭の準備ということで早めに店を閉めており、ここにはサンダルフォンとルリア、二人以外は誰もいない。洒落た窓枠の向こうには行き交う人々の影だけが映り込んでいる。
     卓上に置かれた黒く四角い箱は伝声器と呼ばれるもので、遠くにいる人と会話が出来る。ただあまりに距離が離れるとどうしても明瞭度が落ちて、ノイズ混じりになってしまうようだ。ちょうど今のように。
    「……セイン・アリュシナオンは、病弱の子どもであった。星晶獣キリエ・ルイゼが今際の際に彼に会い《脚本》を託した。キリエは死にゆく人々の心に安寧を与える役割がある。今回のこともその一環であった」
     サンダルフォンは静かに語りながら、そこでひとつ息を吐いた。
    「セインが死に瀕したとき、彼の傍にあった所謂賢者の石の出来損ないというやつが、彼の最期の願いを聞き入れて壊れた。セインの《舞台》は虚構を越えて現実となり、《舞台》を安定させるため、この島の住人達は根こそぎ連れて行かれた」
     話を聞きながら、ルリアはそっと窓枠の向こうに思いを馳せた。老若男女様々な人が暮らしている。収穫祭を控え、街は楽しげな雰囲気に満ちている。けれど……この風景は全て《舞台》上の話であり、虚構なのだ。本来の姿とは程遠い作り物の世界なのだ。
    「この現象に目を付けたのが幽世の者たちだ。彼らはセインから情報を得、とある作戦を思い付いた。《舞台》に入り込み、《脚本》で彼らを操り互いを殺し合うように仕向け、そうして得た怨嗟のエネルギーで幽世の門をこじ開けようというのだ。恐らくは……し損じたときのため、《舞台》上に幾ばくかの刺客を潜めていることだろう」
     奴らは狡猾で用意周到だからな、とサンダルフォンは息を吐く。
    「ひとまずは……《脚本》の奪還、それから《舞台》を無事に《終幕》させることが第一優先となる、と。これで合っているか、カリオストロ?」
     へぇ、と雑音の向こうでカリオストロが唸る。流石天司長様だ。
    『一応確認しておきたいんだが、《舞台》上で今後人が大勢集まるような大規模なイベントが行われるような素振りはあるか? もしかしたら、奴らはそこで事を起こすつもりかもしれない』
     ――大規模な……
     ルリアはそこではっと思い至った。
    「あのっ」手を挙げ、震える声でこう告げる。「収穫祭が……あります。二日後に行われる大きなお祭りで……皆、準備にいそしんでいます……!」
    『収穫祭……』

     ザ、とノイズが割り込む。

    「二日後って……もうすぐじゃないか!」ベアトリクスが悲鳴じみた声を上げ。
    「成る程、理に適ってるわね」ゼタは頷き、背後を振り返る。「……ねぇ、キリエ」
    「……」
     キリエは黙っていた。黙ったままゼタを見返していた。驚きのあまり声も出ない……そんな表情であった。
    『《舞台》上の時間の流れが、現実に即していた場合の話だ』
     サンダルフォンの声が伝声器から漏れ出る。ざらざらとした音は顔が見えないことも相俟って冷淡に聞こえる。
    『《脚本》は時間の流れさえも味方に出来る。今この瞬間、唐突に収穫祭が開催されても何らおかしくはない』
     だろう、キリエ、と呼び掛けられ、キリエはハッとした様子で目を瞬く。
    「あ、あぁ」応える声は掠れている。「その通りさ。奴らがそれを知っていればの話だがね……」そうだな、と呟いて顎を擦る。「おれは、セインにその話をしていない」
    『幽世の奴らがセインから情報を得ているのだとしたら朗報だな』
    「あのさ」ベアトリクスは鼻息荒くその先を遮った。「それより急いだ方が良いんじゃないか? 取り敢えず私たちは、どうすればいいんだ?」
    「……まずはカリオストロの合流からね」
     ゼタは静かに言って、ちらりとキリエに視線を遣った。思案に暮れる横顔からはかつての余裕など伺えそうにないが、それでも……彼は《舞台監督》であり、《舞台》の創始者でもある。彼がいなければ何も始まらない。
    「こっち側のセインはもう死んじゃってるんだもんね、セインに成り代わっている幽世の住人を説得するなんて到底無理な話で……だとしたら、まずは《脚本》なるものの捜索から始めた方がいいのかしら」
    『まぁ、《脚本》が概念の話でなければ、というのが前提となるがな』
     カリオストロが雑音の向こうで応える。
    『取り敢えず、もう少しで着くぜ』
    『こちらでも《脚本》を探してみよう』サンダルフォンが言った。『俺たちが動ける範囲もそれほど広くはないが、……《舞台》上の《役者》とは接点があるからな』
    「助かるわ」
     じゃあまた、と言うまでも無く、伝声器はそれ以降を黙り込んだ。ノイズ混じりの雑音が消えると周囲に溢れる物音が際立ってよく聞こえた。木々の葉擦れとせせらぎの音……うららかな森のさざめきが。
     こんなことに巻き込まれていなければ、とても心地よく感じたことだろう。けれど、憶測とは言え恐ろしい計画を知ってしまってからは、とてもじゃないが雰囲気を楽しんでいる余裕などない。少なくとも、ゼタはそうだ。
    「……あーあ。ユーステスがこのこと、知っていればなぁ……」
     不意に聞こえたそんなぼやきに伝声器を仕舞いかけた手を止め、声の方を向く。ベアトリクスは大きく息を吐いて肩をぐるぐると回している。
    「言うなれば、グランの大ピンチな訳だろ。《舞台》上の人間を皆殺しなんて言われたらさぁ……《脚本》とやらで操られたら逃げられないだろうし」
    「……それもそうね」
     そもそも殆ど単独で行動しているユーステスの動向など、ゼタたちは知るよしもない。けれどゼタは思った。そうだ。あの仏頂面で愛想のない上司は見かけによらず仲間思いであるのだが、その中でもグランのことをかなり大事に想っているのだ。大事件に巻き込まれたなんて知ったら、間違いなく飛んでくるだろう。文字通りに。
    「案外、……グランの傍にいたりして」
    「あはは、まさか!」
     ベアトリクスは一笑に付し、ゼタもまた釣られて笑った。
     そうしてふと遣った視線の先に、森の木々に紛れてこちらに駆け寄ってくる金髪の少女の姿を見る。二人は大きく手を振りつつ、ベアトリクスなどは駆け寄りつつ、今回の功労者たるカリオストロを出迎えた。
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    Replies from the creator

    ruicaonedrow

    DONE一幕一場(状況説明)
    KA-11.
     ここまで道が混んでいるなんて何時振りだろうと、ラモラックは思った。少なくとも、直近ではないことだけは確かだ。
     第一師団がブルグント地方で戦果を上げたときだったろうか。それとも、第三師団が見習いたちと共に近隣の盗賊団を壊滅させたときだったろうか。英雄ロットが不在の今、好機とばかりに攻め込んできた賊を、モルゴース率いる魔導師団が完膚なきまでに叩きのめしたときだったかもしれない。
     ああ、……あのときは本当にスカッとした。魔術の師匠たる賢女モルゴースの勇姿は勿論のこと、魔導師団と騎士団との一糸乱れぬ見事な波状攻撃。悲鳴を上げ、武器を放り投げ、這々の体で逃げていく奴らの情けない姿といったら! それと同時に、この国は前線基地ばりに、常に戦争と隣り合わせなのだと実感した。知識の上では理解していたものの、こうして目の当たりにするとみんなどうして仲良く出来ないのか不思議でならない。お腹が空いて気が立っているとかなのかなぁ。それなら、食べ物が沢山あるところが分けてあげたらいいのに。困っている人がいたら助けてあげて、食べ物も半分こしてあげる。それで一件落着だっていうのにさ!
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