苦しい、と思って目を開けた。ぼんやりする視界と脳は、まだ薄暗い部屋を認識して。それから真夜中の起床の原因を把握した。しっかりと腹に回った腕はデュースのもの。帰ってきたことに気づかなかったのはオレが疲れていたせいか、それとも悟らせないようにそっとそーっと潜り込んできたヤツのせいか。
すぐ後ろから聞こえる寝息は穏やかなもので、学生時代にクソうるさかった歯軋りをマウスピースやら何やらで矯正させたのは大正解だったなぁなんて思ったり。じゃなきゃこんな至近距離で寝てらんない。そのおかげで防音魔法は早々に上達したんだっけ。
その後、騒音の原因とヤる時にもめちゃくちゃ役立ったなんて笑える話だ。
逞しくなった腕を少し緩めつつ思い出に浸っていると、デュースがぐぅと唸る。犬みたい。
先輩たちにブンブン尻尾を振っていた姿だってすぐ頭に浮かぶ。それを気に食わないと思っていた自分のことも。どっちに嫉妬紛いの感情を抱いていたかなんて今でこそ明白だけど、その当時はそれがどういう感情かすらわからなかった。ただもやもやして、むしゃくしゃして、デュースに当たって喧嘩。あっちは口じゃ勝てないからって手足を出してきて、元ヤンだのなんだの煽りまくってボコられた。一応手加減はしていたんだろうけど、それでも喧嘩慣れしたヤツの拳はちょー痛くて。不可抗力の涙が滲むくらいだったのにオレはちょっとすっきりしてた。もしかしてそういう性癖なの? ってちょっと自分に引いてたけど、今思えば喧嘩してるときはデュースがオレだけを……見てるって……?
「えぇ……」
ブワーッと体温が上がって、全身から汗が噴き出した。顔なんて触らなくても熱くなってるのがわかる。
ドン引きもドン引き。マゾかもしれない疑惑が自分の中で出てきたときよりも引いてる。マジかよ。やば。どんだけだよ。歪んでるだろ。混乱状態の頭で思いつく限りの罵倒を自分に浴びせていると、後ろの気配が動いた。
「ん……えーす、どした……ねつ?」
そりゃこんなに体温上がってたらね、気付くよね。熱だと思うかもね。でも違うから。羞恥から来る一時的な体温の上昇だから。なんてこと言えるはずもなく。どう答えようかと必死に考えている間に、寝起きの人間とは思えない力に体をひっくり返された。
「ちょ、おまっ」
「エース?」
「ほんと、まって、マジで。むり」
かかか、と火照る顔を見られないように両手で覆って、八つ当たりみたいにデュースの胸元に額をごりごり押し付ける。くそ、こんな胸筋削れたらいいのに。
「りんごみたい」
「あー……もー……」
空気が読めないことで有名な馬鹿力のバカゴリラは、それらを遺憾なく発揮してくれやがってさ。オレをべりっと引き剥がして、ついでに両手首をまぁまぁの力で顔の横に拘束しやがった。
とっくに眠気がおさらばしてる青緑の目がじーっと見つめてくる。一方的に気まずいやら気恥ずかしいやらの諸々なアレがやばくて耐えられない。オレが必死に目を逸らし続けても飽きることなく視線は注がれている。いや、むり。こいつと我慢比べとか。
「さっきからかわいい顔してどうしたんだ?」
「かんべんしてクダサイ」
もうむりほんと。今回ばっかりは放っておいてほしい。口では降参のセリフを吐きつつ、目をぎゅっと瞑って最後の抵抗をしてみた、のに。
くすくす笑って閉じた瞼にキスをされちゃあさ、お終いなんだってば。