可愛いは、正義。/なるみか 可愛いものは何でも好き。
女の子も、男の子も。お洋服もアクセサリーも、スイーツもイルミネーションやオブジェも。何でも可愛いものは好き。見ているだけで幸せな気分になれるから。
でも最近、前にも増して可愛く見えてきたものがある。
とびっきりの。
可愛い可愛い、お人形さん。
「なるちゃんの持ちもんは、なんでもかわええなぁ~」
ほわ~っ、ってほっぺたをピンク色にして、人懐こい笑顔がこちらを見上げてくる。
「ほら、笑ったらまた切れちゃうでしょ」
「んあ、ごめんなぁ……」
この冬限定の薔薇の花の形のケースの蓋を開けて、中身を指先に取る。薔薇の香りのこのリップバームを、可愛いと言ってくれた人は女の子以外では初めてだった。
白い顎を指先で掬い上げると、切れて少し血が滲んでいる唇にリップバームを塗り広げる。
大人しくされるがまま瞼を閉じている端正な顔立ちは、たしかにお人形だと言われればそう見えてくる。それほどに綺麗な男の子だと思う。黒く長い睫毛が、頬骨に影を作っていた。
艶やかに光っていく唇はあまり厚くもなく薄くもなく、鼻筋も通っていて、黙っていれば本当に年代物のビスクドールにすら思えてきて、この子は人間なのだからあまり人形人形と称されるのは好きじゃないけれど、それでも美しい人形役は適任なのだと納得してしまう。
それにしてもこんなに無防備に目を閉じたままいられると、若干複雑な気分にもなってくる。
寒くてピンク色になった頬に、リップを塗られているので微かに突き出して薄く開いている唇。いつの間にか制服の裾を掴んでいた白くて細い指先。
まるでこれ、完全にキス待ち顔じゃない……と、本人にまったくそんな気がないのが分かるだけに余計心配になってきた。
このままイタズラされても知らないわよと眺めていれば、ゆっくり瞼が上がってサファイアの色の瞳とトパーズの色の瞳が現れる。
その瞳に映る自分の顔は思ったより随分大きい。無意識に少しずつ顔を近づけていたらしい。
「なるちゃん、おおきに♪」
二つの色の瞳を細めて、お礼を言われる。
こんな無防備で本当に大丈夫なのかしら……。おもわず心配でため息が出てしまう。
こちらの心配など分かるはずもなく、机の上に置いた先程のリップバームの容器を眺め始める旋毛を見下ろした。
「こんなかわいいん持てるの、なるちゃんかマド姉くらいやわ~」
机に突っ伏して、間近でキラキラ瞳を輝かせて眺めている。
たしかにあのお人形は可愛いけど、人形と同列に言われるのも若干複雑といえば複雑なんだけど。でもきっとこの子にとっては褒め言葉なので、素直にありがとうと言っておく。
「なるちゃんほんまかわええの好きやね」
「みかちゃんだって、他の男の子に比べたら可愛いもの好きだと思うわよ?」
んふふと笑う顔が可愛いので、そのほっぺを突っつきたくなってくる。
マシュマロみたいな頬と、二つの味のキャンディみたいな澄んだ瞳。まるで食べる前から満足しちゃえるような、見た目から可愛いスイーツみたいな。可愛い可愛い、お人形さん。
「…………なるちゃんは、」
机の上に片頬をくっつけたまま薔薇の容器を横から見ていた瞳が、おずおずと前髪の隙間からこちらを見た。
「かわええ女の子が好きなん? 男の子が好きなん?」
「それよく聞かれるやつだわ~……」
「でもくぬぎせんせー好きやんか? かっこいい男のひとが好きなん? かっこいい女のひとが好きなん……?」
「あんた結構なんでもぶっ込んでくるわねぇ……」
恋愛対象がどちらなのかは、興味本意でよく聞かれたりするけれど。
この子からあまり聞かれた事はなかった気がするし、おまけに選択肢の幅が広くて他の人とは違うのがさすがだわと苦笑する。かっこいい女の人って選択肢を出してくる人はあまりいないと思うの……。
それでも今までこんな事気にしないと思ってたのにどうしたのかと見つめ返せば、前髪の隙間に見える瞳が揺れて、伏せ目がちに視線を逸らされてしまった。
「う~ん……そうねぇ……」
考えるようにわざと視線を逸らすと、またまばたきしながらこちらを見てくるのが視界の端に見える。
寄ってくるのに手を伸ばすと逃げてしまう猫みたいで可笑しくなってきて、つい口許が緩んできてしまうのは仕方がない。
「好きになってしまった人がタイプなだけよ。あと、女の子も男の子も可愛い子は好き。可愛い子は宝物だもの」
クスクス笑いながらそう答えたら、ほっか~っと少し顔を上げたみかちゃんが。
数秒の間の後、泣きそうな顔で勢いよくまた机に突っ伏した。
「…………あかん。おれかわいないから、なるちゃんにすきになってもらわれへん……」
鼻をすすりながらそんな事を呟くみかちゃんが。
そうやって、いつでも自分の事だとは思わないみかちゃんが。愛しくない訳がないじゃない……。
「あぁ~~ん……! そんなとこが可愛いのよぉぉ~~~~っっ……!!」
感動のあまり細い身体を抱き締めれば、むぎゅぅ……と潰れたようなみかちゃんの声が聞こえた。
力を入れすぎたら折れてしまいそうな痩せっぽちの身体も愛しくて、適度に腕に力を込めながらマシュマロみたいなすべすべのほっぺに頬ずりをする。
あぁもう、可愛い。本当に食べちゃいたい。
この子、自分がどれだけ可愛いのか自覚がないにも程がある。普段から自分は出来損ないだの何だの言ってるけど、お師さんて人がどれだけこの子の事を可愛がってるか、泉ちゃんや王様の口から耳にタコが出来るくらい聞かされてるんだから。
そんなの人から聞かなくても、前と違ってここ最近は見てたらよく分かる。分かってないのがみかちゃん本人だけってところがまた可愛いのに、本人に言ったところで絶対に信じなさそうなところも可愛い。やだもう、可愛い。
「なるちゃん……くるし……っ」
「オイィィッ!! てめ~ら! うっとーしいから、他所でやりやがれ……っっ!!」
「ナッちゃんいいなぁ……俺も抱き枕にみかりん欲しい……」
可愛さのあまり腕に力が入りすぎていたのか目を白黒させているみかちゃんを慌てて解放すると、晃牙ちゃんに怒鳴られ、凛月ちゃんにはそんな事を言われる。
みかりんおいでおいで~と仔猫でも呼ぶように手を伸ばしてくる凛月ちゃんに、みかちゃんがどうしたらいいのかと視線を泳がせるので。
「ダ~メ。みかちゃんはあげないんだからっ」
今度は潰さないように、優しく腕の中に閉じ込めた。
うええええ~……っ!? と真っ赤になってうろたえるみかちゃんの頭を撫でて、濡れ羽色の髪にキスをすると。
ぱちくりとまばたきをしながらも、それでも嬉しそうに笑って見上げてくるみかちゃんを見て。
あと何万回可愛いと思えばいいのかしらと、悶えそうになりながら甲高い声を上げたら、また晃牙ちゃんの怒鳴り声が教室に響いていた。