テッドは今、ウルダハの彫金師ギルドの前に来ている。彫金は少しだけ齧ってはいるが、今日は自身がギルドに用があるわけではない。
どうにかして会いたい人がいる。リムサ・ロミンサの酒場で洗い出した情報によると腕の立つ機工士が彫金師へと転職し、よく顔を出しているらしい。
頼れる伝手が少ないテッドにとって、突然ではあるがその人物を訪ねる他なかった。
ギルドの扉の前で待っていると、目当ての人物らしき男がやってきた。アウラ族だ。テッドにとってあまり馴染みのない種族な上、少し強面な風貌に息を飲む。
(こ、この人…かな…う、怖そう…だけどそんな事言ってる場合じゃない…!)
「あ、あのっ!!」
「ん?俺か?」
「あ、えと、ジグラット…さんですか?」
「ああ、俺がジグラットだ」
小柄なテッドに見上げられた、ジグラットと答えたアウラ族の男性は予想に反して気の良い笑顔で答えてくれた。テッドはホッと安堵し軽く頭を下げる。
「突然すみません。あの、俺どうしても必要なものがあって…貴方に依頼したいんだ!」
「おお?」
「ねぇジグ、彼って」
不意にジグラットの後ろから赤銅色の髪をしたエレゼン族の青年が姿を現した。いつからいたのだろうか、高身長のジグラットの陰にいたとはいえ、彼もすらりとスタイルの良い体躯をしているというのに全く気が付かなかった。
更にどうやら彼はテッドのことを知っているような口振りでジグラットへ目配せをした。
「あの…?」
「オレのことは気にしないで」
「こいつはイージエットだ」
「ちょっとジグ」
「あ、イージエットさん、こんにちは!俺はテッド、ジグラットさんもどうぞよろしく」
「…こんにちは」
「そうか、お前さんあの色男の…」
「えっ!ウェドを知ってるの?」
「まぁ古い話だがな─」
ジグラットとウェドは昔まだウェドが船に乗っている時代に賭け事で白熱した事があった。双方やんちゃしていた、と言えばわかりやすいだろうか。それ以来特別交流があるという訳ではなかったが、ウェドにとっても印象的な勝負で偶然再会した際も意気投合したそうだ。
まさか目的の人物がウェドと面識があったなんて。ウェドは本当に顔が広い。あれだけ腕が立つんだ、当然と言えば当然なのだが改めて自分には勿体無い人のような気がしてテッドの胸がチクリと痛む。
「それで、依頼ってなんだ?ウェドのよしみだ、話くらいは聞くぜ」
「あ、ありがとう!ウェドには内緒にして欲しい事なんだけど…ガーロンド社製の発信機の修理をお願いしたいんだ…!」
テッドは腰の鞄からゴソゴソと革袋を取り出しジグラットの前で中身を広げて見せた。
テッドには仕組みはよく分からないが小型の機械と、その小型の機械から出る信号を受け止めるのであろうモニターが付いた本体のような機械が揃っていた。
「その…俺のお金じゃ壊れた物しか買えなくて…」
「へぇ!随分と年代もんだなこりゃ!」
ジグラットは機械をつまみ上げると珍しそうにくるくると高く翳して見る。
「どこが壊れてるのか俺にはわからないんだけど…どう?直りそう…?」
「なんつーか、古すぎて骨董品レベルだな…いくらで買ったんだコレ」
「え、15万ギル、くらい?」
「マジか!おいおい、ぼったくられてるぞお前さん!」
「うそ!!」
「…誰から買ったの?ジグ、オレ取り返してくる」
「待て待て待て!」
スっと気配が変わるイージエットを宥めるジグラット、二人のやり取りに驚きテッドは目を丸くさせるが、自分の為に動こうとしてくれているのがわかり思わず笑みがこぼれた。
「ふ、ふふ」
「お金取られたのに笑ってる…」
「あっいや、お金は悔しいけどウルダハはそういう街だから、俺が悪いんだ イージエットさん、ありがとう」
「別に…」
テッドが真っ直ぐ気持ちを向けるものだから、照れくさそうにイージエットがジグラットの後ろへ隠れた。
「ヨッシャ!いいぜ、これ使えるようにしてやるよテッド!」
「ほんとに!?」
「ああ、お代はいらねぇ!こんなもん、すぐに直る、待ってな」
「うう〜ありがとう…!」
正直、貯金はもうすっからかんで修理費によっては別の方法を考えなくてはいけないところだった。ジグラットとイージエット、それから彼らと縁を紡いでいたウェドにも感謝した。
結局はいつも自分を助けてくれるのはウェドなのだ。
そんなウェドを疑い追跡する為にこんな事をしてしまうなんて、自分はなんて恩知らずなのか。トントン拍子にことが進んでいるというのに仄暗い後ろめたさに苛まれる。
「ほらよ、何に使うか知らねぇけど、役に立つといいな」
ジグラットの手によりその場で易々と分解され、故障箇所を特定修理された後オマケで綺麗に磨かれた機械は古ぼけた骨董品ではなくなり見間違えるようだった。
「すごい…」
「それでも10万もしねぇからな、気をつけな」
「本当にありがとう!!俺、あんたたちの為ならなんでもするから!困ったことがあったらリムサのギルドを訪ねて!絶対だよ!それじゃ!」
テッドはジグラットとイージエットの手を握り頭を下げると綺麗になった機械を胸でしっかりと抱え駆け出した。
「なんでも、って…彼大丈夫かな。また騙されないといいけど…」
「ハハ!ウェドの側には丁度いいんじゃねぇか?」
「ま、そうかもね」
ジグラットとイージエットはお互い顔を合わせ苦笑いをする。
テッドの事は深く知らぬ青年ではあるが、真っ直ぐで一生懸命だった。きっと今奔走しているのもウェドの為なのだろう。
幾度とすれ違い分かち合ってきたいつかの自分達を見るようで、二人は暫くテッドが消えた回廊を眺めていた。