初めて じわじわと日中暑くなり始めた初夏の午後、イデアは珍しく日のある内に外に出ていた。
今日は休日だし、元気な陽キャ共はこぞって街へ遊びに繰り出しているか、部活に精を出しているかだろう。学内は常よりも静かで人も疎らだ。
鏡舎から出たイデアは購買部へと向かってノロノロと歩いて行く。
部屋に置いている駄菓子のストックが少なくなったのと、そろそろ暑くなるので風呂上がりに食べる為の氷菓の買い出しだ。普段の彼であれば日が落ちてから買い物に行くところだが、どうしても今アイスが食べたくなってしまったので、こんな昼間から出歩いているのである。
運動場から遠く部活動中であろう生徒達の掛け声や、おそらくはバルガスの𠮟咤激励する声とホイッスルの音が聞こえる。この陽気の中汗だくで運動とか無理無理、ホント運動部の奴らの気が知れない理解不能ッすわ……等と思いながら歩いていると不意に真後ろから声をかけられた。
「おい、カイワレ大根」
「……ヒィッ レレレ、レオナ氏 び、吃驚するから気配を消して背後から声かけないで…」
植物園からの帰りなのだろう、怠そうに隣に並ぶ彼の髪や背中に葉っぱが付いていた。
「レオナ氏、寮に戻るのでは? 鏡舎は向こうですぞ」
「……今からお前の部屋に行こうと思ってたら、丁度見かけたんだよ」
くっついた葉っぱを払ってやりながら問えば、大人しくされるがままで照れたように視線を泳がせたレオナがボソッと告げてくる。
『ぐぅ……拙者の猫たん可愛すぎか…! あっ、今日は甘えたい気分なのでは? ヤッター!』
心の中でガッツポーズしたイデアは嬉しさのあまり叫び出したいのを必死で堪えた。
そう、二人は一ヶ月前に恋人になったばかりなのである。お付き合いしているとは言っても、実際にはまだキスも済ませていない清らかな関係だ。互いに寮長でもあり私生活がなかなか忙しく、二人きりになれる時間は限られている。休日に部屋に行き来する程度の仲にはなったが、イデアが奥手なこともあってなかなか進展しない。
「えっと……拙者今から購買に買い物行くんだけど、レオナ氏先に部屋行く?」
「いや……俺も購買に行く。腹も減ったしな」
暗にイデアの部屋にはまともな食事がないと言われているが、事実である。
二人肩を並べて購買部へと歩き出す。
『休日に恋人と一緒に買い物なんて、これって最早デートでは?(校内の購買部だけど)』
ふと思いついた考えにテンションが上がってしまい、変な笑い声が出ないよう必死で堪えながら歩くが、イデアの感情に素直な髪はやや強火で、毛先から盛んに火花を散らしていた。バレバレであるが、幸い指摘してくる人物は居ない。
程なく到着した建物のドアを開けると、おなじみの陽気な声が二人を出迎えた。
「ようこそ『Mr.Sのミステリーショップ』へ!」
休日ということもあり、店内には他に誰も居なかった。そのことにホッとしながらイデアは店主であるサムに話しかける。
「サムさん、拙者の頼んどいたアレ……届いてるでござるか?」
「やあ、いらっしゃい。イデアくんの頼み事だからね、バッチリIN STOCK! 届いてるよ」
「ヒヒッ、有り難いですな~! では、箱ごと購入……あぁ~、持ち帰るには大きくて目立つから、後でオルトに頼んで運んで貰おう。とりあえず会計は済ませて1種ずつ持ち帰りますわ」
「センキュー! 他にお望みは?」
いつもなら吃音が酷く、ボソボソとした小声でしか対人で話せない人見知りの激しい男が、彼が一番苦手としているであろう人種の『陽キャ』に分類される店主のサムと、笑顔さえ見せて軽快に話し始めたのにレオナは目を丸くして驚いた。
まさか彼と同じ部活の後輩以外で、ここまで滑らかに話ができる相手がイデアに居るとは全く思っていなかった。恋人というカテゴリーにあるレオナですら、親しく言葉を交わすようになったのはつい最近で、それまでは声をかければ怯えられ、スキンシップを仕掛ければ逃げられる有様。
イデアから好きだと告白された後でも、レオナから声をかける度に飛び上がるし奇声が上がるので、『こいつ本当に俺のことを好きなのか?』と訝しんだりもしていたのだ。
だからこそ、こうやって他の人間と仲良く話をしているところを見ると、面白くない。
偶然出会えて浮かれていた気持ちが急激に萎んでしまったレオナはそっとイデアの側から離れ、気を紛らわせようと商品の並んだ棚を物色し始める。
ただ二人の会話はまだ続いていて、無意識に声のする方へと耳がピルッと反応してしまうのは仕方が無いことであった。
「そうですな……いつもの、入ってますかな?」
「勿論! これ、意外と他の子鬼ちゃんたちにも人気があるんで、定期的に入荷してるよ」
そう言ってサムが取り出したのはチュー○ット、所謂甘い色水の入ったチューブ状の氷菓である。イデアはそのチープな味が気に入っている。氷菓と言っても、まだ凍らせる前の状態で販売されているので、普通に常温管理されているものだ。
「フヒヒッ、これこれ。風呂上がりに食べるのに最適なんですよなぁ……二袋ほど。……うーん、あとは……」
ゴンゴンとゴツめのスニーカーの固いゴムが床を叩く音が近付いてきて、そしてレオナの隣で止まる。レオナが眺めていた一角は、駄菓子や酒のつまみのような乾物などが並んでいたが、そこからイデアは自分用にであろう棒状のスナック菓子の入った大袋をその大きな掌で引っ掴むと、もう片方の手でジャーキーの袋を指差した。
「レオナ氏、おやつこれでいい? 他に欲しいものあったら一緒に買うけど」
「いや、俺のは自分で……」
そう言いつつレオナは尻ポケットに手をやるが、あいにく部屋に財布を置きスマホだけ手にして外に出たのを思い出す。拗ねたような気分になっていたのもあり、素直に奢られるのも癪でいらないと告げるが、「拙者も食べたいから」等と言われれば、それ以上は何も言えなかった。
更に駄菓子やチョコバー、栄養補助食品、エナジードリンクやゼリー飲料などを大量に買い込み、イデアが会計に向かう。その中には財布を忘れたレオナのためであろう肉の入ったサンドイッチ等もいくつか含まれていた。
「じゃあ、コレは後で取りに来る荷物と一緒に……で、こっちはさっきのと纏めて袋に入れて下され」
「OK! 少し待ってて」
結構な量になった商品をサムが袋詰めしている間に、カウンターの傍らにあったアイスの冷凍庫を覗いたイデアが「レオナ氏もアイス食べる?」と聞いてきた。
「いらねぇよ」
居心地の悪さを感じながらそう答えると「りょ」と呟いて冷凍庫を開け、中から袋入りの棒アイスをひとつ取り出した。アイスも含めた会計をマドルで支払い、二人揃って外へ出た。
部屋の中よりも高い気温に辟易しながら寮へ戻ろうと、鏡舎へと向かう小道を二人は歩く。
購買部から鏡舎までの長くもない距離を歩く間、レオナは先程のイデアとサムのやりとりについてぼんやりと思考を巡らせていた。
何故あんな拗ねたような態度を取ってしまったのか、自分でもよく分からない。
イデアの交友関係は狭い――レオナの知る限りでは、まず同じ部活のアズール・アーシェングロット。彼とはボードゲーム中煽り煽られで皮肉の応酬をするような会話をしているようで、それは先日イデアに誘われてボドゲ部にチェスをしに行ったときに知った。
次にアズールと同じクラスのジャミル・バイパー。イデアと二人植物園へ向かう廊下で彼とすれ違った際に、DVDの受け渡しをしていた。その時にイデアの好きなアイドルについて盛り上がれる友人の一人なのだと教えてくれた。
そしてディアソムニア寮のシルバー。彼については稀に遭遇した時に雑談する程度の仲らしいが、シルバーの父親の話が面白いと言っていた。どうやらイデアは後輩に慕われるようである。
更に、ネット上だけらしいが『マッスル紅』という人物ともよく一緒に遊んでいると言っていたし、いけ好かないクルーウェルとも多少親しげだ。
そんな片手で足りるくらいにしか交友関係が無い男と、おそらくは弟を除いて一番親密な関係であろう恋人というカテゴリーに収まったのだが、正直先述のイデアと友人達と同程度のコミュニケーションしか取っておらず、恋人らしい進展はしていない訳で……
そこに予想外の人物が親しい友人枠に含まれていたことに動揺してしまった。
少なくともイデアは、レオナと話すときよりもサム相手の方がリラックスして滑らかに話していたと思う。極端に交友関係の狭いイデアに仲の良い人物が居るのはむしろ喜ばしいことだと思うのに、何故かモヤモヤとした気持ちが邪魔をする。
今まではイデアが自ら交友関係を教えてくれていたし、知らなかった場合でもその場で説明してくれていたからこんな気持ちになったことはなかったが、今回は店内でも店を出てからもそういうフォローが一切無くて、不安になっているのだろうか。
イデアからの『レオナ氏のことが好き』という言葉を疑いはしないし、何だかんだでレオナに対しての反応を見る限り好かれているとは思う。それなのに、何故か落ち着かない気分になる自分が嫌で、このまま自室へ帰って寝てしまおうかと考え始めた。
一方、無言で隣を歩くレオナの元気がないことに気付いたイデアは、自分が何かやらかしてしまったのかと考えていた。
正直店内に居るときから、そのライオンの耳が心持ち伏せられていたことには気付いていた。だからこそ必要最小限の買い物を済ませて早々に店を出てきた訳だが、一体何が悪かったのか自分では分からなかった。
『も、もしかして拙者がレオナ氏の分まで支払いしたの拙かった? で、でで、でもレオナ氏財布持ってなかったみたいだし、空腹だって言ってたから……それに彼氏として少しは格好付けたかったし!』
常よりも重い足取りで歩くレオナを見ていると、この後イデアの部屋に行くと言ってはいたが、なんとなくこのままサバナクローの自室へ戻ってしまいそうな気配を感じた。
突発的に決まったとはいえ、今日のお部屋デートの予定が無かった事になるのは困る。 漸くイデアはレオナが側に居ても過度に緊張しなくなって、付き合っているという実感を感じつつ嬉し恥ずかしのイチャイチャタイムを過ごせるようになってきたところなのだ。未だに自分から声をかけるのにどもってしまうし、お互いのこともまだ知らないことが多い。それ故に不安になってしまうこともあるのだが、大好きなレオナと一緒に居たいと思うし、できれば触れ合いたいと思っている。
もうすぐ鏡舎へ着いてしまう……イデアは手汗でじっとりと湿った掌を、穿いている多少くたびれたボトムスでこっそり拭うと、勇気を振り絞ってレオナと手を繋いだ。
「え、えっと……レオナ氏……ちょっと話があるから……あの…とりあえず……こ、こっちに来て」
アイスを購入してしまったが、多少溶けたところで問題は無い。それに外の気温を鑑みて店を出た時点で氷魔法で保護してある。あまり長時間は保たないだろうが、その時はその時だ。そう考えてイデアは寄り道をすることにした。
イデアから手を取られて遠慮がちに引かれたと思うと道を逸れ、鏡舎の裏手にある小さな林に連れてこられた。殆ど人が来ることのない場所のようで、学園裏の森や購買部脇の林に比べると手入れも行き届いていないようだ。鬱蒼とした木々が日陰を作っており、鏡舎を囲む石塀の一部が少しだけ段差になった箇所に腰掛けられるようになっていて、イデアの秘密の一人になれるスポットのひとつでもある。
「あああ、あの……レ、レオナ氏、購買部に行ってから元気なさそうだったから……。い、嫌な気分にさせてたらごめん…でも、原因をはっきりさせておきたくて……拙者が何か気に障るようなことをしてしまったのなら、教えてくれる?」
ぎこちなくレオナをエスコートして腰を落ち着けると、意を決してイデアはレオナの手に指を絡めて所謂恋人繋ぎに握り直すと隣に居る彼を覗き込むようにして問うた。
困ったような表情のイエローアンバーの瞳にじっと見つめられて、暫く逡巡していたレオナだったが、その優しく気遣うような色に重い口を開いた。
「……お前、購買のサムと仲が良いんだな……」
「は……あっ! ああ~…なるほど……うん、フヒ…ごめ、ンン゙ッ…!」
レオナの言葉に一瞬ポカンと呆気にとられた顔になったこういう時ばかり勘の良い男は、勝手に納得してそれから照れくさそうに笑うと、途端に真っ赤になって俯いた。
その反応に更に居たたまれなくなったレオナは逃げ出したくなるが、繋いだ手を振りほどこうとしても、更にぎゅっと掴まれて抜け出せなくなる。
「放せ!」
「えっ、嫌でござる! だって今手を放したら、レオナ氏サバナ寮に帰っちゃうでしょ?」
珍しく赤面して抵抗するレオナの頭上にあるライオンの耳がぺしょっと伏せられていて、それを見たイデアの胸の鼓動がいっそう高鳴る。一般的には人よりも強い獣人属――それも百獣の王ライオンの獣人ならば、本当に逃げようと思えば、ひ弱なイデアの手など簡単に振り払って行ける筈だ。本気の抵抗はしないが、でも手を緩めたら逃げられる。
腰を浮かせて立ち上がろうとするレオナの手を引っ張り、バランスを崩してよろめいたところを、その長い腕に閉じ込めた。少し力を込めて抱きしめれば、彼の抵抗が弱くなる。
「……逃げないで」
小さく懇願するように耳元で囁くと、ピクッとライオンの耳が震えて腕の中で大人しくなった。優しく鬣を撫でれば、遠慮がちに頭を肩に擦り付けてくる。
『ああ、やっぱり今日は甘えたい気分だったんだ。こんなに早く素直になるレオナ氏、本当に珍しい。…すりすりしてくるの可愛いな……いやはや、ツンデレな恋人は控えめに言って最高では』
時間にして1~2分程度だろうとは思う。暫く無言で甘えてくるレオナを思う存分ナデナデしていたが、流石に体勢を崩した状態での抱擁は疲れるのだろう。もう逃げないから腕を緩めろと言われて、名残惜しく解放する。
ふて腐れたような顔をしているレオナだが、その目元はまだ赤い。照れている彼が可愛くて、もう一度抱きしめたい衝動に駆られるが我慢した。
イデアも興奮が隠しきれずに頬や耳、髪の先が赤く染まっているし、頭頂部は強火でチリチリと火花を散らしている。
「おい…お前、顔真っ赤だぞ……」
「……ふぇ?」
イデアを見ていたレオナが呟くのを聞いて咄嗟に顔に手をやると、鼻の奥がツンとして掌に血がポタポタっと垂れ落ちた。
『――格好悪い……』
甘えてくる恋人に興奮して逆上せたあげく、鼻血を出すなんて。
確かにあんなに密着したというか、抱き合ったのは初めてだった……膝枕はしたことあったけど。だからといって、たったその程度で鼻血を出すとか普通あり得ないだろう。
情けなさに泣きたくなりながらハンカチと魔法で鼻血を止血していると、少し頭を冷やせと先程購買で買ってきた袋から取り出したアイスを押しつけられた。
イデアが素直に袋を開けてアイスにガリリと歯を立てると、ソーダ味が口の中に広がる。噛み砕いて飲み込んだ冷たい塊が食道を通って胃に落ち、火照った身体が少しだけ涼しくなったように感じた。
ゆっくりとアイスを囓り咀嚼していると腹の中心から冷えてきて、高鳴っていた鼓動も少しずつ落ち着いてきた。興奮して熱を持っていた顔もだんだん常の体温に戻りつつある。
レオナは何も言わず、ただ隣に居てくれる。きっと『逃げないで』という懇願を律儀に守ってくれているのだとイデアは思っていた。(実際の所イデアに抱きしめ撫でられ、不器用ながら少し甘やかされただけで、レオナの機嫌が上向きになっただけなのだが)
「レ…レオナ氏、さっきの続きなんだけど……せ、拙者とサムさんとの関係、説明途中だったから…」
逃げようとしないレオナにホッとしながら、鼻血で有耶無耶になりかけていた件について話を切り出す。多少緊張感に欠けるが、このままこの問題を放置するつもりはない。大切な恋人を不安にしたままで過ごしたくはなかった。
「まだレオナ氏には言ってなかったですな……すっかり失念していて申し訳ない。実は拙者、毎年ハッピービーンズデーにサムさんの店でスミス名義で武器商人していまして……」
「そういえば噂で当日のみのシューターショップがあるとか聞いたことがあるな……お前が?」
「うん。最初は普通の客として通ってたんだよね……あそこ、普通の店に置いてないものも手に入るでしょ。だからオルトのパーツに使う魔法石とか入手が難しい魔導パーツとか結構な頻度で購入してたんだけど、拙者が趣味で魔導工学研究してたり、色々設計とか発明してるの、いつの間にか把握されててさ……で、取引を持ちかけられたんだ」
「取引?」
「そ。毎年新作のビーンズシューターを開発・制作、サムさんへ販売権を譲渡する代わりに、中立地帯の購買部の隠し部屋にビーンズデーが終了するまで匿って貰うっていう取引。拙者としては最高に有り難い申し出だったから」
「なるほど……それで毎年お前の姿を見かけねぇのか…」
言い訳になるが、内容的にあまり人に知られたくない情報の上、何しろ年に一度きりの事なので自分でもレオナに人間関係を説明する必要性を綺麗に頭から除外してしまっていた。そう説明すればあっさりと納得される。
でも、それでも。
「……別に…お前とサムのやりとりに、吃驚しただけだ……」
「うん、そうですな……前もって伝えていなかった僕が悪い。……不安にさせて、ごめんね?」
そろりと隣に座るレオナに手を伸ばす。手探りで彼の手を探り当て軽く握ると、レオナから指を絡めてしっかりと繋ぎ直してくれた。
ちゃんと仲直りできて安心したイデアは、話をしている間にじわじわと溶け始めたアイスをもそもそと口に運ぶ。その様子をじっとレオナに見つめられているのに気付いた。
『え、なになにレオナ氏めちゃくちゃ拙者を見てくるじゃん……食べたいの? 小首傾げてるの可愛いんだが… 猫ちゃんか! あ、猫ちゃんだったね、デュフフ…僕の猫ちゃん……♡』
せっかく物理的に冷えた頭がまた興奮で沸きそうになって、意識を逸らす。しかしレオナの視線はずっとイデアの口元に釘付けだった。食べているところを穴が空くほど見つめられるのは、存外恥ずかしいものである。
「えっと……レオナ氏も、食べる?」
挙動がおかしくなるのを誤魔化すように残り少なくなった食べかけの水色のアイスをレオナに差し出すと、驚いたのか何度かアイスとイデアを交互に見て目を伏せた、おそるおそるといった感じでペロリと舌先で溶けたアイスを舐めた後、食らいついた。
ガブリと一口噛みついて離れる。口の中の冷たさに驚いたのかブルブルっとレオナの耳が震えて、眉間の皺が深くなった。同時にイデアは棒に残ったアイスをガリガリと噛み砕いて全部飲み込むと、唐突に気付く。
『…あっ……これ、間接キスだ…』
そう思ったときには勝手に体が動いていた。
繋いだ手を引くと、案外近くにあったレオナの顔が此方を向く。彼の顔が近付く前に、我慢ができず自ら顔を寄せて唇を重ねる。
口付ける寸前、驚いたように目を見開くレオナのサマーグリーンに、チラリと映り込む青が見えた気がした。 啄むように触れた唇を、すぐに角度を変えてまた押しつける。薄く開いたレオナの唇の端に舌を這わせると、反射的に閉じた唇が舌先を優しく食んで侵入を拒んだ。そこでイデアは漸く我に返り、自分が何をしたのか悟って青ざめる。
「……っ! レ、レレレレオナ氏……と、突然ごめん…!」
また怒らせてしまう、と思って泣きそうになりながら顔を覗きこむと、レオナの目元はうっすらと紅潮しており瞳は潤んでいるように見えた。
「……なあ、イデア…もっと…」
小さく呟かれた言葉にイデアの髪はぶわっと広がり、火の粉がバチバチと散った。一瞬赤く燃え上がった気もする。おそらく今鏡を見れば、獲物を前にした獣のような眼をしているだろう。全身の血液が沸騰するかと思った。
流石にこの場で続きをしてしまうのは拙いと、今にもなくなりそうな理性が働いてレオナを促して立たせると繋いだ手を強く握った。
「……僕の部屋に行こう」
言いながら、待ちきれないように歩き始めた二人は、足早に鏡舎に入って行く。
初めてのキスはソーダの味がした。