隠し味は俺の愛 目を覚ますと、視界にまず飛び込んできたのは口を薄く開いてうつ伏せに寝ている恋人の姿。暑いからとセックスをしてシャワーを浴びた後に、何も着ずに寝ているせいで薄いブランケットからなだらかな肩が覗いているのが見えた。
起こさないようにそっと手で触れると少し汗ばんだ肌がしっとりと掌に吸い付き、まるで昨夜の情事の時を思い出させた。久しぶりのふたりきりの夜は玄関から始まって、きっとそこからふたりの服が点々と散らばってリビング、廊下、そしてこのベッドルームまで続いているはずだ。多分シャワールームとの間にもタオルが落ちているはずだ。
肩に置いた手をそのまま背中のほうへブランケットを剥ぐ様に滑らせると、筋肉のついた背筋に赤い痕がいくつも散りばめられて、その中に血が多少滲んだ歯型もあり、その強さに自分のした事であるのに苦笑いが漏れた。
なだらかな背中に浮いた背骨を指先で辿りながら、くびれた腰と、そしてえくぼのような窪みに触れる。世間ではヴィーナスディンプルズと言われているらしく、嘘か誠かオーガズムの深さにも影響するんだとか。ただブラッドは、それがあってもなくても俺の上や下で気持ちよさそうに啼くからえくぼの存在の有無は構わないが。
腰のくびれを掴むように触れ、うつ伏せになっている所為でシーツに埋まっている腹近くを親指でさする。満足するまで何度も往復させて、再び下へと手を進めていく。背中を覆っていたブランケットは軽く臀部を覆うほどには面積を狭くして、美しくなだらかな双丘を半分しか隠していない。
谷間が影を深くして、幾度もいくども腰を突き込んだ箇所が慎ましやかに隠されている。力の抜けた胸と同じくらいに弾力があり、そして柔らかく指が沈みこむ双丘をやわやわと掴みながら、未だぬたりと潤んでいるであろう蕾へとそっと中指を進ませる。差し込むとナカは温かく、昨夜を覚えているのか中へ中へと誘い込むそこは指の半ばをきゅうきゅうと食んできた。
うつ伏せに寝ている所為で谷間をきつくしている双丘も指を心地よく挟み込んできて、そのしっとりした感触が淫猥な心地よさをこちらに与えてきて、寝ている時でさえ素直な体に口の端が持ちあがってしまう。起こしても良いが、気づかれないようにゆっくりゆっくり指を根元まで収めて、そしてまた同じくらいのスピードで引き留める内壁を惜しむように抜いていく。
「ん……」
さすがに起きたのかとブラッドの顔に目をやると、目尻はほんのりと赤く染まっていたがそれでも目が覚めた様子は無く、それも寝たふりではなさそうだった。このまま寝ている体に触れるのも良いが、やはり起きている相手にやるべきだろうと手を引いてはだけたブランケットを肩までかけてやる。
俺の方は眠気が完全に失せてしまったので、ブラッドが起きないようにそっとベッドを抜け出てシャワーを浴びることにした。さっぱりとしたところで、コーヒーを淹れるために電気ポットで湯を沸かしている隙にベッドルームを覗くと、大きなベッドの端に寄って赤ん坊のように、大きな体を小さくぎゅっと丸めて寝ている恋人の姿があった。
そんなに力を入れて、眉間に皺を寄せて眠らなくてもいいだろうに。そう思いながら近づくと、あることに気が付いてにんまりとしてしまう。眠るブラッドの腕の中には、さっきまで俺の頭に敷かれていたピローがひしゃげた哀れな姿で抱き込まれていた。
「ふふん……?」
顔が見える位置まで移動すると、ピローに半分顔を埋めた状態で眉間に皺を寄せているその表情が良く見えた。床に座り、ベッドの端に乗せた腕に顔を置いて相手をじっと見つめる。ゆったりとした息が俺の頬に触れてくすぐったい。指を伸ばして眉間の皺をさすって伸ばす。何度か指を往復させるとやっと皺が取れて、穏やかなふにゃりとした寝顔になる。それに満足していると、整えられた髭に彩られた唇がむにゅむにゅと動いて、本当の赤ん坊の様だと笑いが漏れた。ピンク色の唇をむにむにと指先で揉むと
「ぅん……、ぅう」
と弄っていた唇からうめき声が漏れて、薄く開いた唇から赤く濡れた舌が覗いてちらと俺の指を舐めた。舌が引っ込み、口が味わう様にもごもごと動く。ひとしきり動いて味わい、満足したのか深い息を吐いてまた口を薄く開いたかと思うと
「しょっぱい……」
つたないアクセントで漏れ出た声は掠れていて甘い響きを漂わせていた。ピローを抱き込んでいた腕が動いて、拳を作った手がごしごしと眠そうに瞼を擦る。眠気を振りはらいきれない瞳がやっとこちらを見た。
「おはよう、のんびり屋な雄鶏くん」
「……はよ」
腰が痛い、そう呟く恋人の腰をやさしくさする。撫でられた犬の様に満足そうに鼻で息をする恋人はそのまま抱き込んでいた俺のピローにぐりぐりと顔を押し付けてくぐもった声で「じぇいくの匂いがする」だなんてセリフを吐くから、俺は思わずさすっていた腰を更に痛めてしまうような事をしそうになるが、幸い休暇はまだ残っているのでお楽しみは次のセックスの時で良いだろう。
「さてお眠の雄鶏くんは、俺の淹れためちゃくちゃ旨いコーヒーを飲む気はあるか?」
「ん~……、最初はミルク入れて」
「はは、何杯飲む気だよ」
顔を埋めていたピローから顔をちらりと覗かせて甘えた様な顔で
「お前のコーヒーは、めちゃくちゃ旨いから一杯じゃ足りないからな」
そう言って笑うから、
「ったく、仕方がねぇな。とびっきりのやつ飲ませてやるよ」
セット前のふわふわの前髪を撫でつけて、額にキスをひとつ、ふたつ。最後にリップ音をおまけしてみっつ。
「さっさとシャワー浴びてこいよ。それまでに飯つくっておくから」
「スクランブルエッグと、カリカリのベーコンが食べたい」
仰せのままに、そう言って髪をくしゃくしゃと撫ぜて起ちあがった。衣擦れを背にベッドルームを出て再びリビングキッチンへと向かう。オーダーされたスクランブルエッグとカリカリのベーコン。温めたフォカッチャに焼いたトマトを添えよう。あいつの好きなベビーリーフのサラダと特別にオレンジとグレープフルーツのドレッシングも。
あいつは自分の好きなものをあまり口にしないで相手に合わせようとするから、さっきみたいに甘えるように食べたいものをリクエストするようになるまで時間がかかった。だがそれさえもわがままだと思って未だに遠慮するところがあるから歯がゆい。俺は優秀なのでそのハードルをどんどん下げていってやるつもりだが。
シャワーの水音が聞こえなくなったから、そろそろこっちに顔を出すだろう。今からあいつの驚いた顔が、そして嬉しそうな顔が楽しみだ。俺と向かい合ってする食事の良さを思い知ればいい。あいつの人生には、マーヴェリックだけでは無いと思い知らせてやる。手始めに、あいつの好きなミルクたっぷりのコーヒーの出番だ。隠し味はほんの少しの砂糖と、俺の愛ってやつだ。
シャワーを浴び終えたあいつは、テーブルの上に並ぶ俺の作った手料理をふにゅりと嬉しそうに唇を曲げながら目に映しいそいそと椅子に座った。早速『ジェイクの料理美味しい!』と言わせたかったが、その前にひと仕事出来てしまった。
「おい、ブラッド」
「ん~?」
気もそぞろなのか上の空の返事が返すブラッドの髪の先からは、ぽたぽたと雫があいつの肩や頬に落ちて、テーブルの上にもいくつか落ちてきていた。一緒に過ごして気が付いたが、こいつはどうも自分の事をあまり構わない事が多い。爪を切ったらそのまま、髪を洗ったらタオルドライも満足にせずにそのまま。食べ物は必要なものを口にいれればそれで良い。
他人なんぞどうでもいいが、あいつに対してはもう少し自分を大事に扱ってやって欲しいと思う事がいくつもある。ブラッドに言わせれば、仕事に影響しない範囲であれば亭々の事はどうでもいいらしいが。そのあたりに関しても、これから気長に改善していければ良い。ぴかぴかになって血色がより良くなっていくこいつを見るのは、俺にとっても嬉しい事だ。
そんなこいつの生活から垣間見える過去は、俺が想像していたよりも辛いもののようで、そこには必ずマーヴェリックの影がちらついた。人生の大事なところにはこいつの亡くした家族と、マーヴェリックがいた。だからこれからはあいつの人生には、両親を喪った子どもではなくブラッドリー自身をみている奴や、大事に想ってる人間がいることを知ってもらわなきゃ、きっとあいつは自分の事を大事にしない。ならまずは俺があいつの人生に入り込んで、マーヴェリック以上の存在になる。優秀で、こいつの事を以前の俺からは想像もつかない位には好いている今の俺にはそれが出来るはずだ。
長々とそんなことを真面目に考えている俺を尻目に、ブラッドは皿の上の料理を頬張っていて、だがその髪の毛は未だ濡れたまま。俺はひとつ息を吐いて席をたつと、恋人の背に回って肩に掛けてあるタオルを手に取りわしゃわしゃとやわらかい髪の毛をタオルドライしていく。
俺が満足する頃にはブラッドは食べ終わっていて、すっかり皿が綺麗になっていた。満足そうに食後のコーヒーを飲んでいるこいつの髪を、一所懸命に乾かした俺はなんて甲斐甲斐しいのだろうか。
「おい」
「うん?」
「なんか言う事あるだろ」
「……いただきます」
「もう食べ終わってるだろうが」
「あ、そっか。美味かった。ごちそうさまでした」
「おう。……じゃなくて」
その変な奴だなって目はやめろ、まったく。そんなことを思いながら向かいの席に座り直して、少し冷めた朝食を口に運ぶ。
「お前さ、ちゃんと自分のこと大事にしろよ」
「仕事に支障は出てないし、ちゃんとしてるぞ」
「違うんだよ、雄鶏くん。俺はもっと、お前が」
「あぁでも、さっきみたいに髪を乾かしてもらうのって子供の頃以来だからまたやってほしいな。気持ち良かったし」
「あぁ、……うん?」
皿片付けてくるわ。そう言って背を向けた、あいつのまだ少し湿っている髪から覗く耳が赤く染まっているのがちらと見えて
「あ~、指輪買いに行こ」
「なんか言ったか?」
「いや、なんにも」
楽しそうに鼻歌を歌いながら、俺の淹れておいたコーヒーをカップに注ぐあいつの指に似合うデザインを思い描く。サイズは寝てる間に測れるからそこは問題はないだろう。
だが指輪をはめたあいつの後ろに待ち受けるアンクル『達』の壁の厚さを、この時の俺には知る由もなく。ドレスホワイト姿の二人が並んだ写真を撮れるのは、まだまだ先のこと。