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    sgmy_koko

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    べったーから持ってきました。

    想楽視点の雨→←クリ序章(続かない) 2022-02-19

    #雨クリ
    raincoatClipper

    盲目 広げていた古典資料プリントの上に、カラカラとボールペンが転がってきた。邪魔だよー、集中してたんだからとそれを持ち主につき返そうと顔を上げた想楽は、そこにあった見たことの無い顔に内心ぎょっとした。
    「ああ、すまん」
     ペンを受け取った雨彦の視線が、何やら書き付けていた紙の文字列上を彷徨っている。
     何だっけ。そうだ、彼は確か占いをしていたのだ。
     午後からの打ち合わせまで少し時間が空いたので、想楽は暖房が効いた事務所の応接スペースで大学の課題と格闘することにした。大人二人は暇を持て余して、何故か雨彦の星占いが始まった。
     直前まで聞き流していた会話を頭の中で無理やり復元する。人の縁?についての話だったような。
     向かい合ったソファのローテーブルを挟んだ反対側、占われていた相談者は雨彦の変化に気付いていない。元々人の機微に疎いと言っていたが、今の彼はそれだけが原因ではなさそうだ。あれは好きなものについて語るときの表情、いつものように海の話をするような調子で、
    「会う時には心が躍るのに、その方と話し終えた後には、つい自分は悪い印象を与えなかったかと心配してしまいます。こんなに相手に好かれたい、嫌われたくないと感じることは今までほとんどありませんでした」
    「その方はいつも皆のことを見守り、助けてくれるのです。私も困った時や行き詰まった時、どれほど助けられたことでしょう」
    キラキラと『誰か』の話をしていた。
    「……えっ、クリスさん、もしかして好きな人でもいるのー……?」
    「好きな人……ですか……?」
     思わず横から口を挟んでしまった想楽の言葉を、クリスはゆっくりと反復する。
    「……そりゃ、恋だな」
     さらに重ねられた、些か平坦な占い師の言葉。先に指摘した自分が言うのも何だが、少し話が飛躍したような気もする。まあ二人のやりとりを全部聞いていたわけではないので、雨彦がそう判断したのならそうなのだろう。
     クリスの顔がみるみるうちに赤く染まった。
    「恋……そうですか、これは恋……」
     なんとまあ、この海の申し子にも春は来るのか。クリスと色恋事がどうにも結びつかないため、彼に気になる人がいたというのは驚きだ。だがそれ以上に、その事を自分や雨彦が気付かなかったことに衝撃を覚える。あるいは最初からありえないと思い込んで、見えていなかっただけなのか。
     すっかりしおらしくなってしまったクリスへ、想楽はさらに疑問をぶつけてみる。
    「皆ってことは、もしかして仕事関係……僕らも知ってる人だったりするのかなーなんて……別に無理に言わなくてもいいんだけどー……」
    「……ええ、想楽もよく知っている人物ですよ」
     ふう、と息を吐き、腹を括ったクリスは存外穏やかな調子で語り始めた。
    「その人がいなければ、私はアイドルを続けることが出来ないと思います」
    「ふーん……」
     ちょっとだけ嫉妬しちゃうかもなー、その人に。自分達だって今では、海には勝てずともクリスの世界を大きく占めているという自負が無いこともない。
     ねえ雨彦さん、と目をそちらへ向ければ、雨彦は未だ視線を落としたままだった。手からペンがまた滑り落ちそうになっている。この人は何にそこまでショックを受けているのだろう。クリスが人間に強い想いを寄せたのがよっぽど予想外だったのだろうか。
    「皆、その人を良く思っているでしょう。非常に頼りになり、気を配るのも効かせるのも上手く、責任感の強い人です」
    「仕事人間なんだねー」
    「他人を大切にするあまり、自分の事については後回し……といいますか、隠してしまうこともあるようです。たまに心配されているところを見かけます」
    「器用なんだか不器用なんだかよく分からないけど、優しいのは分かったよー」
    「いつも私の前に立って航路を示してくれ、後ろに立ってサポートしてくれます。でも……」
     クリスがこちらから視線を外し、ふと正面に顔を向ける。
    「もっと近くにも……隣にも、いてほしいと思ってしまったのです」
     あれ、その人って。
     柔らかく細められた琥珀の瞳が対岸で俯いたままの頭を映す。それは意識されたものではなかった。傍からみればまるで愛の告白に聞こえる台詞も、ただ心の声が自然と漏れてしまったかのような響きだった。
     そして生憎、目の良いはずの男はクリスを見ていなかった。
    「……それ、本人に伝える気は無いのー?」
     折角生まれた想いが届かないのではやりきれない。
     少し首をかしげたクリスが、再び想楽へと向き直る。同時に漸く雨彦が顔を上げた。
    「やはり仕事上、好意を向けられては迷惑かもしれません。それに私自身、これは恋というものらしいと先程気付かされたばかりで……もう少し、きちんとこの気持ちと向き合う必要があると思いました」
     そう言ってはにかんだ、けれどほんの少し眉尻が下がった表情。なんだか居た堪れなくて目を逸らす。
     しかしその方向には変わらず雨彦が居て、彼はもっと見ていられなくなる顔をしていた。雑踏の中で親を見失ってしまった子どものような顔。
    「雨彦さ」
    「すみません遅くなってしまって! レジェンダーズの皆さん、すぐ準備しますのでもう少しだけお待ちください!」
     騒々しく入口のドアが開いて、腕にも背中にも大荷物を抱えたプロデューサーが入ってきた。冷たく新鮮な空気が一気に流れ込む。思わず身を縮める想楽とは反対に、クリスが勢いよく立ち上がった。
    「プロデューサーさん! 寒かったでしょう、何か飲みますか? ああこちらの荷物はお任せ下さい」
     直前までの湿っぽさは何処へやら、元気にスペースを出ていってしまったクリスに思わず苦笑する。見えるのは、待ち人来たりて振る尾かな。先程の話はまだ彼にとって然程に重要事項ではなかったらしい。
     そういえばと顔を戻すと、雨彦はクリスが去った方向を見つめていた。切れ長の目がいっぱいに見開かれている。占い結果を凝視していたときと同じ……いや、より強い、例えるなら、知りたくもない真相に辿り着いてしまったかのような。
     じわじわと眉根が寄っていく。ただでさえ鋭い目つきがより険しくなる。今日の雨彦は表情豊かだなあと頭の隅で考えた。ずっとその変化を観察されていることに、果たして彼は気付いているのだろうか。
     室温の低下をやっと感知したらしい空調の機械音が大きくなった。温い風が前髪を撫でる。
     確信に至るほどの材料は揃っていない。しかし想楽の頭には今、とある予測が立てられつつあった。
     彼らの関係が少しおかしな方向にずれ始めている。
     先程まで雨彦はクリスの想い人が誰なのか、おそらく分かっていなかった。たった今の行動と彼の話からある考えに思い当たって、そして……
     ふっ、と微かに息を吐いて、雨彦の顔から力が抜けた。何かが、手放されたような気がする。
     気付けば片手を伸ばして、その肩を思いっきり掴んでいた。
    「雨彦さん。今、何を考えたのかなー」
     人の決めたことに口出しをするつもりはないが、見えている歯車の歪みを見過ごすことは出来ない。軽口では終わらせないぞと、指に力を込める。
    「……はは、なんだ北村。心配しなくても、茶化したり揶揄ったりなんてしないさ」
     もっと直接的に、真っ直ぐに言うべきだった。逃げられた、と想楽は心の中で舌打ちする。この男に躱されてしまえばもう手の打ちようがない。
     力を弛めた想楽を見て、雨彦は取り繕うように口を開いた。
    「しかし、古論が……驚いたな。未知とは案外すぐ近くにあるもんだな。どうする北村。俺達は、一歩離れて見守るだけにしておくかい?」
     それとも、と言葉を続ける雨彦の瞳はじっと微動だにしない。ただ肩が僅かに強ばったのが、手を置いたままの想楽には分かった。
    「サポート、でもしてやるか?」
     ああ、この人はどうして何にも気付かないのだろう。恋は盲目とはよく言ったものである。
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