「ホームラン!ホームラン!」
テレビの野球中継に釘付けのディノは打席に立つ選手に声援を送っている。その横にいるキースもディノほどではないにしろ、日本から来た二刀流の選手には興味があるらしく、缶ビール片手にディノの肩に手をまわしてテレビを見ている。
俺、ブラッド・ビームスはそんな二人の横のテーブルでノートパソコンを開き、メールの返信に頭を少々悩ませていた。…仕事ならば割り切れるが、仕事ではない知人の面倒な頼み事をどう断るかという事に時間をとられるより、俺もキースとディノといっしょに野球観戦をしたいものだとぐらいは俺とて思う。俺は返信文を考えるのに飽きてキースとディノを眺めた。
ディノはバッターボックスに立つ選手の挙動を真剣に食い入るように見ている。キースはそんなディノにちょっかいを出しだした。ディノの頭を撫でていたキースは、ふいにディノの首すじに吸い付いた。ちゅ…と、聞こえるはずもないのに俺は音を聞いた気がした。
俺は自身の背中のあたりがぞくっと期待感で慄くのを感じずにはいられない。このキース・マックスという男。日頃は怠惰な姿しか見せないくせに、色事にかかると、この場にいる三人のうちで一番、手練手管に長けている。しかも自分では加減が分かっていないというタチの悪さだ。現にあれだけ野球を見る気にあふれていたディノはキースが太ももを撫でただけで耳が赤くなり、力が抜けてキースのほうに体を預けてしまっている。
「……キース、まだだめ、野球…」
ディノはそれでも野球を見たい気もちのほうがまだ強いらしく、キースを押し返した。まったく…そのソファーはこの間買い替えたばかりなのだから、そこを汚すんじゃない。などど思いつつ俺は身体の熱をやり過ごしてメールの返信文の続きをパソコンのキーボードをたたいた。
キースもディノの野球観戦を完全にだめにしてしまうつもりはないようで、時々ディノの髪の毛にキスをしたり、耳元でなにかを囁いているだけだ。それでもディノは身じろぎするたびに声が跳ね上がって、俺自身の下腹部も妙な具合になってしまっている。そもそも今日の休日を合わせたのも、そうするつもりなのだから我慢する必要もないのだが。
キースに耳たぶを食まれたディノが困ったような、その実困っていない顔で俺の方をちらりと見る。どうする。とその目は言っている。
俺は今日の仕事としてこのメールの返信を完了すると決めているのだし、ディノだって野球を見たいだろう? というわけで俺は手元にあったキャンディポットのなかからキャンディを取り出して投げた。ディノの下腹部の事情を鑑みれば少々意地が悪いことをしている自覚はある。
「わっ」
わざと少し遠くになげたキャンディを、キースは慌ててサイコキネシスでキャッチした。
「それでもしゃぶっていろ」
キースはおとなしくキャンディの包み紙を剥がして口にいれる。
「お前の口からそういう単語でると、エ…ッロいわ」
「うるさいな」
キースの言葉に俺はそっけなく返事をかえす。そういう貴様こそ口のなかで飴を舐めるしぐさがエロいんだが、などど反論を返したいが藪蛇なので俺はだまってキャンディを頬張るとパソコンに向き合った。
今日はいい天気だ。カーテンから暖かい日差しが部屋に振り込んでいる。ドライブにでも行きたい。あとで体力でも残っていればドライブでも誘ってみようか。まあ残っていることはないだろうが。
俺はテレビの音を聞きながら知人とメールをやり取りし終えるころ、キースに呼ばれる。
「なあ、そろそろしようぜブラッド」
俺が視線を向けると、試合のほうはもう今日の見どころは終わっていて、キースの腕の中でディノはくったりとして息を乱している。キースはキスしかしていないというのにだ。
「ああわかった」
俺はパソコンを閉じた。
勝手しったると、いうようにキースはディノの手を引いて俺のアパートの寝室に向かう。俺も続いた。シャワーぐらい浴びたい気分もあるが、朝浴びているのでいいだろう。
俺が寝室に行くとディノはベッドに転がされている。この分では話し合う必要もなくディノが抱かれる。俺も抱かれたいがあとでいいだろう。ぼうっとしているディノはキースにうながされるまま手をあげて服を脱がされている。俺はベッドに腰かけると、キースを挑発するためにディノにキスをする。ピザのにおいがする口の中を舌で一つずつなぞっていく。ピザの食べかすだろうか、歯の間に挟まっていた破片を俺は舌にかんじ、そのままディノの唾液ごと吸った。ちらりとキスをしながらキースのほうをみると、キースはもだもだしたしてすこし拗ねている。ほうっておかれるのがさみしい男なのだ。ディノが俺の舌に自分の舌を絡めてきた。なあキース、興奮しているのだろう?と俺とディノは目線でキースを誘う。案の定キースは興奮を隠しきれない顔をして服を脱ぐ。下着を脱ぐとキースの勃起した性器が天を向いていて、俺はごくりと唾を飲んだ。するとディノがオ俺の耳元で囁いた。
「ブラッド、キースに抱かれたいよね」
ディノはそういうと俺の体を下に倒し、ベッドから離れコンドームを棚からとってきた。
ディノの青い目が俺の本心を見透かしていて、俺はこくりとうなずいた。コンドームをつけているキースにディノはキスをした。俺とするときとは違ってかわいらしいキスだ。
「キース、チョコの味がする」
ディノはそういって笑う。さっき渡したのはチョコ味のキャンディだ。フェイスが好きな味のキャンディだ。フェイスが俺の借りているアパートに来ることはないというのに、俺はついフェイスの好きな味のお菓子を買って置いておく。昔のようにフェイスが俺の部屋に来て菓子をねだることはないし、俺もそうそう菓子を食べるわけでもないので、チョコ味は長い事、キャンディポットに眠っていた。
俺もキースにキスをする。
「そうだなチョコの味がする」
キースの口の中はさっきのキャンディの味と、ディノの味がしている。前のように酒のにおいと吐しゃ物の味がまじりあった不健康な味わいより、今の方が好ましい。そんなことを考えているとディノに服をたくし上げられ乳首を痛いぐらいつねられ、俺は腰が浮く。
「にひ☆」
ディノの朗らかな笑みに顔をのぞきこまれた。朗らかな顔をしているがディノは痛いぐらいに俺の乳首をつねる。そうされるのを俺が喜んでいると知っているので容赦はない。ニヤニヤとしたキースの視線を感じて、俺は顔が赤くなるのを感じる。
そういえば昔アカデミーのころ、級友たちとなんの拍子か猥談になったことがある。その時ディノはどういったか。そうだ、「ええと俺は背の高いいこがすきかなあ?」などど無難な事を言って顔を赤くしていた。それを聞いた級友はディノが初心だと思ったのかひとしきりからかっていたと思う。あの頃の連中が今のディノをみたら腰がくだけるだろうな。と思う。
「お前痛いの好きだよな」
背の高いキースがそういって俺をからかってきた。
「……うるさいな」
俺はできるだけ冷静に言い返そうとしたけれど、キースに太ももを撫でられて声が出る。この男は太ももを撫でるだけのことをどうしてこんなにもいやらしくできるのだ。なし崩し的に俺が抱かれるほうにまわって行為が始まった。
俺はだるい体を起こした。カーテンから入る光はもう夕方だ。しわくちゃになったシーツの上で突っ伏してぐったりしているディノの上に覆いかぶさり、キースが腰を振っている。
「はあ……喉がかわいた」
俺はかすれた声を無理やりだし、喉のいがいがしたものを咳払いで追い出した。
「オレももーだめ…なんもでねえ」
キースはそういいつつ、腰をへこへこと動かしたり動かさなかったりしている。
俺は行為中はどんな汚らしい行為でも平気なのだが、行為が終わってしまうと、体の汚れをすぐに落としたくなる性質なので、シャワーをするために立ち上がった。折りたたんだティッシュを股のあいだに挟んだ格好で、俺は痛む腰と股関節を引きずってシャワーを浴びに行った。
シャワーを浴びてアイロンがかかっているシャツに体を通すと、気分もすっきりして俺は部屋に戻る。しわくちゃのシーツの上でキースとディノがひっくり返っている。俺は水のボトルを二つもって二人の所に行く。キースとディノはのろのろと水を受け取り、こぼしながら飲んだ。
「ブラッドお腹すいちゃった…ピザぁ」
ディノがお腹を鳴らして訴えた。昼間もピザだったが、ディノが夕食もピザなのはわかっているので冷蔵庫にはまだ備蓄はある。
「キースは?どうするピザか?」
「……うーん、ピザ…は、ちょっと」
「俺と同じでいいか」
「ああ、うん」
俺は最近気に入っている日本食の宅配を頼むためにスマホを操作した。ベッドに腰かけ注文を終えると、スマホが鳴る。宅配屋からか、と思ったがフェイスからのメッセージだった。
今度の休みって家に帰るの?
とフェイスからの俺へのメッセージ。
俺は「帰る」と返信した。
フェイスからは既読がついた。フェイスが俺と休みを合わせるつもりなのか、そうではないのかはわからない。前までならフェイスは間違いなくずらして帰省していたのは間違いないのだが、今回はそうではないのかもしれない、と思うのは俺の希望的観測すぎるだろうか。俺はスマホの液晶にうつる自分の顔をみて、ふとこの顔と後ろにいるキースとディノの写真をフェイスに送り付けたい考えが浮かぶ。
フェイス、俺はお前が思っているほど真面目な男ではないんだぞ。
などど考えはするが、そんなことは絶対に起こらないだが。
「ブラッド、フェイスといっしょに家に帰るの」
いつの間にか俺の後ろからスマホを覗き込んでいたディノが俺の耳元で聞いた。ディノの体重を支えながら俺は言った。
「いや、わからないが」
「ブラッド、一緒に帰りたいんならフェイスにそういいなよ」
「………」
ディノのいうことはまっとうである。言わなくてはこちらの予定はフェイスにはわからないのだ。ただ問題は…俺がフェイスと帰りたいのかがわからないということだが。
「ブラッド、ラブアンドピース」
といってディノは俺のスマホを操作して、フェイス宛ににぎやかなピザのスタンプを送った。
すぐにフェイスから返信がきた。
そのスタンプ、ディノ?
まあいいや、帰るとき車よろしく
とフェイスから返事か帰ってきた。ということは一緒に帰省するということだろう。
「よかったねブラッド」
横でディノが笑っている。ディノがそういうならよかったのだろう。
「うん」
俺は気が抜けてそう返事をすると、キースがうしろから俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「キース、お前は頭を撫でるだけのことでどうしてそんなにいやらしくできるんだ」
俺は問い詰めた。もうその気はなかったのに、俺はむらむらしてきた。
「そんなさわり方されると面妖な気分になるんだが」
「えっ」
「わかる。キースのさわり方えっち☆」
「えっ、うそだろ。そんなつもりでさわってないって」
「貴様は嫌らしい男だな」
「キース、えっちなんだ☆いけないんだ」
「えええ…うそだろ」
俺とディノはキースを問い詰め、ベッドにひっくり返してやった。そのまま盛り上がってしまったので、俺は宅配を頼んでいたことを忘れてチャイムが鳴った時、慌ててしまったことを記しておく。