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    春の猗窩煉
    ■現代パロディ
    ■高校生と教員
    https://poipiku.com/IllustViewPcV.jsp?ID=1360874&TD=3688620 のちょっと続きっぽい

    #猗窩煉

    「─こうして思い返すと在学中の三年間、私たちは沢山の選択をしてきました。先生、家族、沢山の仲間たち…本当に、様々な人に導いて頂きました。皆さんに支えられて、留まる事なく自らを律し、正しいと信じる道を選び続けたという自負があります。そして今日、私たち第59期卒業生はこの学び舎を離れ、それぞれの夢を目指して一歩を踏み出します。辿り着くまでには、一万歩あるかもしれません。きっと、長い道のりになるでしょう。どうか、もう少しだけ私たちの背中を見守って頂けますと幸いです。─学園の益々の発展を祈念して、答辞とさせて頂きます。」
     卒業生を代表して、壇上に立つ煉󠄁獄杏寿郎がそのよく通る声で答辞を読み上げる。原稿作成から手をかけて、リハーサルの時にも同じ内容を聞いているというのに教員席からも目元を拭う姿が見られた。壇上を去る堂々としたその姿に、広い天井へ反響する拍手が手向けられる。

    *

     最後のホームルームを終えた卒業生たちが、クラスを越えて級友たちと別れを惜しんでいる。手に手に卒業アルバムと証書の入ったケースを抱え、制服の胸につけたままの花飾りがその鮮やかな赤色を揺らしていた。
     級友や後輩と談笑をして、求められるままに写真を撮る。今生の別れかと見まごう程に大粒の涙を瞳から溢れさせる後輩の姿に面食らって、ついさっき立派に送辞を届けてくれた者と同じ少年だとは思えないと揶揄い半分で告げた時、自分が今日のこの日、いかに浮かれていて、気分が高揚してしまっているかを自覚した。

     教室の窓から見下ろす中庭。学園創立記念に植樹された桜の樹が桜色と言うには控えめな薄い花弁を携えて揺れている。未だ蕾を幾つか残す八分咲きの枝ぶりの隙間、色素の薄い桜花弁よりも色鮮やかで、春を一身に引き受けた視線が在る事に気が付く。蝶が羽搏くようにその長い睫毛が揺れ、透き通った琥珀色の瞳が三年の教室を、この窓辺を、即ち自分の事を射抜いていた。
     時が止まったように、その立ち姿へ視線を落とす。一気に上がった体温が伝わればいいと思って、まばたきの一瞬も目を逸らしたくなくて、桜よりも桜色の目許へ視線を送る。人の気も知らない春色の君が、花咲ように熱を送った顔を綻ばせ、それから薄い唇を開く。桜の樹よりも高い二階にその声を届ける気は毛頭ないのだろう、控えめな動きに自分の鼓動が分かる程、大きく跳ねるのを感じる。
     確かに四回、薄い唇が動き、それから手招きをしていた。別れを惜しむ輪の中から飛び出し、三年間今の今まで一度も走った事のない長い廊下を蹴って駆け出す。
     春休みになったらワックス掛けをするらしい廊下は、共に過ごした経年の傷が浮き彫りになっている。三年生の教室を越え、中庭に一番近い西階段を一段飛ばしながら、跳ねるように下っていく。明り取りの窓が控えめに付いているだけの、少しだけ肌寒い階段は、踊り場が広く設計されている。開かずの屋上扉の前で過去に一度だけ、授業をすっぽかして友人と過ごした思い出があった。

     三年を過ごした学び舎を駆け抜けて、春を携えた先生に会いに行く。肌寒さの残る在りし日に預けた気持ちを返して貰うために。


    *

     三年前の入学式。その年は前日に雨が降ったこと、開花が例年よりも早かったことも相まって入学式の当日は随分と桜の花弁が舞っていたのを覚えている。季節の移ろいや、ましてや花などに特別思い入れがある質ではなく、それでもこうして花が散っていく情景をありありと覚えているのは、其れが他でもなく今から三年前の入学式であったからだ。
     毎年変わらない式典運びに、折り目正しく初々しい生徒たち。若人たちの人生を預かる身として、退屈であるとは口が裂けても言うつもりはないが、欠伸が出そうだと感じていたのは事実だった。長閑な春の日差しが注ぐ体育館、入学式も半ばを過ぎた頃に新一年生を代表して挨拶をする彼の姿を見て、美術教師の喜びそうな派手な生徒が入ったものだと思った。凛とした佇まい、射抜くような視線と、何よりもこの春の日に、何故か夏の気配を想起させる雰囲気に目を奪われた。

    「名前で呼んで欲しい。」
     その言葉を聞いたときは、冬の名残りを残した重たい曇天で、決して燃える夕陽が差し込むような状況ではなかった。それでも放課後の理科室に響いた声に、真っ直ぐに俺を捕らえて離す気のない視線に、 全校生徒へ向けて雄弁に語った癖にたった一人に向けた言葉に震える控えめな唇に、そこかしこに燃えるような熱が潜んでいた。
     三年間、この熱さを何処へ隠していたのだろう。ついに二人の前にまろび出したこの熱を、俺にも同様にひと月と数日、自分と同じように秘匿し誰にも悟られぬように隠しておけと暗に告げるのだから、優等生という生き方は酷なものだ。

     卒業式という晴れの日、まさに花の盛りを迎えようとしている桜を憐れんで見上げる。立派に枝を広げて、淡い色を携えて花弁を広げているというのに、どれ一つあの煌めく陽光に敵うものはない。桜の花に遮られ、表情が見えないものの、二階の窓辺に佇む彼の名を呼ぶ。穢れを祓って魂を浄化する業火、罪を燃やすその名を口にすると、これから重ねる事になる罪深さへの皮肉のように思えて笑えてしまう。

     罪を祓う筈の業火に絆されて、燃えるように燻る火種を返さないとならない。其れが夏を携えた彼が、初めて自分へ向けた執着で、きっと愛と呼ばれる心だから。


    *

    3月31日までは、まだ教師と教え子
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