ラルリスのクリスマスマーケット比較的温暖な気候であるレスタニアでも、冬の時期にはそれなりに冷えてくるものだ。此処、レスタニアを統治する白竜のお膝元である白竜神殿レーゼでは、すっかり冬の装いに身を包み往来を行き交う人々で賑わっていた。
元々人口の多い街ではあるものの、この時期は特に街の住人意外にも多くの人でごった返している。その理由は
「今年も結構混んでたね」
「そうだな。クリスマスも近いし、これからもっと混んでくるだろう」
そう、今年もレスタニアにクリスマスの季節がやってきた。
街の北側、海に突き出した謁見の間には白竜が座し、その白竜を守護する白翼覚者隊の本拠地があるレーゼ。
厳格なイメージを持たれがちだが、イベントごとには非常に敏感であり、クリスマスの他にもハロウィンやバレンタインデー、ホワイトデー、真夏のビーチの開放など、何かにつけては街をあげてのイベントを執り行っている。
今回も人々の賑わいに加えてレスタニア各地からは商人が集まり、街のあちらこちらでそれぞれ露店を開いているのだ。
普段とは打って変わったクリスマスムードに浮かれてしまう人が増えるのも当然と言える。
リースもそんな雰囲気に釣られた一人で、リースの隣に立つアッシュブロンドの髪を持つ男性、ラルスと共にレーゼまでやってきたのだ。
二人は元々レーゼに暮らしていた覚者である。
運命的な出会いを経てからも紆余曲折あって想い合う仲になり、それから随分経つ。黒竜の脅威が去り、白竜の治世も漸く落ち着いてきたところで二人は現在、白竜神殿レーゼを離れお互いのポーン達と共にダウ渓谷に作った家で暮らしている。
ダウはレーゼからはだいぶ辺境とも言える場所にある渓谷。普通の人ならば、レーゼに辿り着くまでに何日かかけて魔物も現れる街道を通らねばならないのだが、覚者である二人はリムを介してレーゼまで空間転移できる。そのため朝ゆっくり起きて身支度して出かけようと瞬時にレーゼまで足を運ぶことができるのだ。
今回二人がレーゼにやってきたのはクリスマスの装飾品や食材を買うためなのだが、もっともリースにとってはそれだけが目的ではなく、この時期限定で街に点在する露店に行ってみたかったというのが大きい。商店区に立ち並ぶ様々な雑貨店に加え、食べ物を売る露店からは食欲を唆る匂いが漂う。食べることへの情熱を注ぐリースにとっては夢のような光景である。
「これで買う物全部?」
二人で石畳を歩き、リースは先程立ち寄った露店の焼き菓子を頬張りながら、ラルスの持つ荷物に視線を向けた。
「ああ。この後はどうしたい?」
「んー…どうしようかな。夕飯前にあんま買い食いするとまたオルグに怒られるし……」
リースは最後の焼き菓子の欠片を口の中に放り込む。まだ食べ足りないが、家で待っているポーンが怒る様子を思い出す。そして時々気になった店の前で止まっては目の前に広がる様々な食べ物と睨めっこしている。
真剣に悩むリースの姿を見守るラルスは、ふと店の大きなガラスに視線を移すと、そこに映る二人の姿をぼんやり眺めた。
リースは見た目的には20代前半の青年なのに対して、リースより倍近い年齢の見た目をしているラルス。二人並ぶとまるで親子にも見えなくはないほど歳の離れているが、彼らは親子でも親戚でもなくパートナーなのだ。
他人が何と思おうとも、自分はリースを愛しているし、リースもまた自分を愛してくれている。その事実だけで充分なはずなのだが、それでもラルスは思わずにはいられないのだ。
歳が離れているからこそ、いつまでもこの見目の綺麗な青年の隣に居られるような男でありたいと。
「ラルスさん、これ半分こしよ。」
突然自分を呼ぶ声で我に返る。
いつの間にか目の前にいたリースから差し出されたのは、半分に割られた小さなクグロフ。断面からはアーモンドや干し葡萄が練り込まれているのが見えた。出来立てなのかさっくりと焼けた生地の温かさが手にじんわり伝わり、香ばしいバターとアーモンドの香りが鼻をくすぐる。
「これでオルグに怒られても、ラルスさんも同罪だから。」
そう言いながらクグロフにかぶりつき、幸せそうに笑うリース。こんな小生意気なところも全て含めて愛おしいと思うあたり、敵わないなと実感する。
商店区の奥、大きな礎がある場所から更に進んで中央広場へ向かうと、右手の階段の上に大きなクリスマスツリーが立っているのが見えた。この時期になると宿場区と広場の二ヶ所に設置されているのだが、巨大なモミの木に煌びやかな装飾が施されたツリーはなかなか見応えがある。
陽が落ちて暗くなってきたことで、ライトアップされたツリーを見上げる覚者や住民達が増えてきた。
リースとラルスはそんな光景を眺めながら次の目的地に向かって歩く。リースが次に行きたいところがあると言うのだが、中央広場に用があるわけではないようだ。
「ここは寄らなくていいのか?」
「うん。俺が行きたいのはこっち」
中央広場にもリースを誘惑する様々な食べ物の露店が建ち並んでいるが、彼が指差したのは中央広場を通り抜けた先にある酒場の方角だった。酒にめっぽう弱い彼が、食べ物を差し置いて酒場に何の用事だろうかと疑問に思うラルスは、とりあえずリースに合わせて目的地へ向かう。
中央広場と酒場を繋ぐ回廊を少し歩けば、すぐに音楽と人々の騒ぐ声が聴こえてくる。先程の賑やかな広場とはまた雰囲気の違う熱気に包まれた空間が眼下に広がった。酒場へ繋がる階段を降りると、いつもの場所で商売をしている褐色肌の青年、ファビオに声をかけられた。
声の主を認識した瞬間、苦虫を噛んだような表情を浮かべたラルスは、明らかに暇を持て余している様子のファビオを見つめてぽつりと
「……こんな日でも相変わらず商売繁盛してるようだな」
この時期ばかりは酒場に来る覚者達も少なく、正直ファビオに用事のある客は少ない。
「久々に会ったと思ったら開口一番それかよ。」
悪友の言葉に顔を引き攣らせた青年はまぁいいかと諦めた様子で手を首の後ろで組むと、隣にいたリースの姿を見て何か思い出したのか荷物を漁り始めた。
「そだ。ほらよ、リース。頼まれてたもん。」
ファビオは荷物から取り出した物をリースに手渡し、代わりに彼から金貨の入った袋を受け取った。
「ん。ありがと。」
二人のやりとりを不思議そうに静観していたラルスだが、リースが嬉しそうな顔をしているのだけは見てとれた。
リースが抱えているそれは瓶のような形状の物の上から布がしっかり巻かれていた。
「このワイン……テル村のなんだって。」
リースは大事そうに包みを抱え直す。
レーゼから最も近くに位置するテル村。かつてはワインが有名で、小さいながらも酒造が盛んな村だったのだが、何年も前から果実の不作が続き、更には原因不明の病が流行ったことで今ではすっかり活気が失われてしまった。
そして、リースの生まれ故郷でもある。
「…これ、村がああなる前に造られたみたいで
ファビオに聞いたんだけど、当たり年のらしくて、すげー美味いんだって。
だから……もうすぐクリスマスだし、ラルスさんに飲んでもらいたいなって…思って…。」
目の前にいるラルスが何も喋らないため、途中照れ臭くなったのか段々と声が小さくなっていくリース。
「リース。」
名前を呼ばれ、大きな節くれだった手が頬に伸びてきた。外気ですっかり冷たくなった頬に優しく触れてくる彼の指先は、少し暖かく感じた。触れている手を視線で追うようにしてそっと見上げるとラルスの翡翠色の瞳と視線がぶつかる。
照れると顔を背けてしまうリースを、ラルスはいつもこうやって優しく振り向かせている。
「ありがとう。帰ったら一緒に飲もう。」
「う、うん……
……あ!そうだ、帰る前にもう一軒行きたいとこあるんだけど…!」
リースはラルスの手を離れそそくさと歩き出す。人混みではぐれないようにラルスも後を追おうとするが、ファビオに呼び止められてしまう。
俺のこと忘れてただろ、とファビオはリースに聞こえないようにラルスに近寄った。
「因みにあの酒、リースの産まれた年のやつなんだとよ。愛好家の話じゃ、テルで造られた最後の最高級品らしいぜ。」
「…そうなのか。」
探すの苦労したんだぜ、と付け加えたファビオの言葉を聞き流し、ラルスは先を歩くリースに視線を戻した。
今日まで普段と変わらない素振りを見せていたのに、実はこの日のために色々悩んで、選んでくれたのだろうか。そう考えるだけで、ラルスは再び愛おしい気持ちで胸がいっぱいになる。
先を行くリースは楽しそうに銀色の髪と猫耳を揺ら揺らさせて、突然何かを見つけて立ち止まったかと思えば勢いよくラルスの方を振り返る。
「!!
ラルスさん!あっちでホットチョコ配ってる!ホットワインもあるって!」
さっきの照れた姿とは正反対のはしゃぎっぷりを見せ、全部言い終わる前にお目当ての物のところへ軽快に走っていってしまった。
いつだってリースに振り回されるのだが、まるで大きな猫のような彼の姿に顔が綻ぶのを止められない自分もいるのだ。そんなラルスを見ていたファビオはやれやれと言った様子でため息を溢した。
そろそろ家に帰って、彼の好きな料理でも作ってやろう。
ラルスは道の先にいるリースがワインを落とさないよう願いつつ再び歩き出した。