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    おいなりさん

    カスミさん……☺️

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    おいなりさん

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    真スミでホワイトデー
    ※まだ付き合ってない

    ##真スミ

    2/14、バレンタイン。


    恋人も居なかったし、店にやってきた麗しの姫君達から、付き合い上仕方なく配っていた愛を受け取り、(時折本命だと渡してくる不思議な姫もいたけれど)何事もなく普通に過ごした。
    中には直接ではなくいつの間にか貰ったチョコの中に混ざっていたものもあった。
    差出人は不明だったけれど、甘いものには目がないので家に帰り一人きりの時にひょいと口に入れた。
    何かやましい薬が入っていたとしても一人なら誰彼迷惑をかける事もないだろうと思ったからだ。
    幸い体調に目立った変化はなく、味も十二分に美味しかったのでラッキーだった。
    こんなに美味しいのに残念ながら食べることができず残ってしまったチョコの入っていた箱は、中身を空にしてしまえばもう用はない。
    なのでゴミ箱に捨てようと持ち上げた所で、包み紙と箱の間からぽろりと一枚の厚紙が落ちてきた。
    それはメッセージカードだった。
    箔押しの簡易的な飾り枠の真ん中には手書きで"すきです"とだけ。
    裏側を見てもやはり差出人の名前は書いていない。
    書いてはいない、が。

    「……この字、見た事あるな」

    誰に言うでもなくそう呟いた唇で、メッセージカードの隅を軽く挟む。
    舌で突いたわけではないけれど、何となく、ほんのり甘い味がするような気がして、我知らず自然と口の端は釣り上がっていた。



    それから一ヶ月。
    何やら不躾な視線を感じながら過ごした一ヶ月。
    笑いを堪えるのに必死だった一ヶ月。
    バレンタインから一ヶ月といえば、勿論ホワイトデーだ。
    事前に今日来れないと言われていた姫達には昨日までに渡し、それ以外の姫達はなるべく今日渡せるようにお返しを用意した。
    そう大きくないラッピング袋の中に、クッキーとマカロンを幾つか入れたもので、本命だと言ってくれた不思議な姫にはマカロンをもう一つおまけしている。
    中身が分かり易いようにリボンの色を変えて、それが違っているのだと分からないように帰り際に小声の感謝を添えて渡していく。
    作業のようなその行為にも嬉しそうに微笑む人たちの顔が、あの差出人不明チョコの送り主の顔と重なり、何処からかチクチクと刺さる視線とも相まって、この後に待つ今日一番のイベントに胸が高鳴った。

    一体どんな顔をするだろう。
    バレていないと信じている相手に「ずっと知っていたよ」と伝えたら。

    「ふふ、楽しみッスねぇ」

    特別な色。
    ターコイズのリボンを巻いた他より少し小さな袋を眺めながら溢れた声は、我ながら実に楽しげな音をしていた。





    「お、お疲れ様!カスミ、今帰り?」

    話しかけてきた声はいつもに比べて緊張気味。
    期待しちゃいけないと分かっていても期待せずにはいられない、気持ちを落ち着ける所がなくて思わず話しかけてしまった、そんな所だろうか。
    普段なら真っ直ぐに見つめてくる蜂蜜色の目は、さっきから右に左に揺れるばかりだ。

    「あぁ、真珠。お疲れッス。そうッスね、そろそろキリをつけて帰るッスかねぇ」

    ロッカールームの隅。
    最近、よくわらかないモノが溜まり始めていたので、手がつけられなくなる前に片付けておこうと山を切り崩していた所だった。
    目的の人物が通りかかるまでの間の暇潰しのつもりで始めたそれ。
    今ならそこまで散らかしていないので、少し山を均せば邪魔にならないようには収められそうだ。
    そう思って広げたモノを箱に戻していると、後ろから焦ったような声がした。

    「え、そうなの?もしかしておれ、ジャマしちゃった?」
    「いえいえ、ちょっと気になった所を片付けてただけなんで、お気になさらず〜」
    「そ、そっか」

    大丈夫だと片手をヒラヒラ振ってみたけれど、そう言ったきり真珠は俯いてしまった。
    何を話していいかわからず頭の中が真っ白になっているのかもしれない。
    今目的を果たしてもいいのだけれど、できればもう少し気持ちの落ち着いてる時に驚かせた方がきっと面白いに違いない、とすっかり片付け終わった山に視線を向けたまま腰を上げた。

    「真珠も帰るんスか?」
    「あ、うん!フロアの片付けが終わったから、おれはもう帰るとこ」
    「じゃあ、一緒に帰るッスか?」
    「……えっ」

    期待の感情が膨らみ、蜂蜜色がとろりと蕩ける。

    「なーんちゃって。今日はホワイトデーッスからね〜、本命くれた子が待ってるんじゃないッスか?真珠も隅に置けないッスね〜」
    「……っ、あ、の……えへへ、……、」

    それも束の間、一瞬色が無くなり、それから誰が見ても悲しそうな顔で笑ってみせる真珠。
    それですっかり隠せていると思っているのだから、本当に面白い。
    しゅんと萎れてしまった花が力なく頭を垂れる。
    それじゃあ、と踵を返した真珠の腕を捕まえて、焦った風を取り繕って。

    「真珠、すんません、気分悪くしちゃったッスか?」
    「う、ううん、大丈夫だよ」

    大丈夫だというなら、もう少し大丈夫そうなフリをすればいいのに。
    ワザと気を引きたくてそうしてるのか……なんて、そんな器用な事が出来ないのはよく知っている。

    「真珠、あの」
    「ご、ごめん!おれ、もう帰らなきゃ」

    捕まえていない方の手が弱々しくこちらの手を握ってくる。
    赤くなった頬の上を、今にも大粒の涙が零れ落ちそうだ。

    (流石にちょっとからかい過ぎたかな)

    真珠の様子に思わず緩んでしまいそうになる頬を戒めながら、力の入ってない真珠の体を引き寄せる。
    近付く距離、視線を絡めとれば、もう身動きが取れなくなって、手の内がじわじわと熱くなって。
    触れ合う呼吸にさえ、熱が籠る。

    「……か、すみ?」
    「違ったら、申し訳ないんスけど」
    「え?ま、待って、カスミ、近ーー」
    「これ、お返しッス」
    「むぐっ」

    その熱を遮って、真珠の唇に押し付けたのはあのターコイズのリボンを巻いた袋。

    「これ、なに?お返し、って」
    「うーん。まあ、心当たりが無かったとしても、行く当てが無くなっちゃうので貰ってやってくださいッス」

    にっこり笑って、腕を離して。
    腰が抜けたのかへたり込んでしまった真珠と、その髪色によく似たリボンを残してその場を立ち去る。

    「あとは、真珠がちゃんとお礼の意味を調べてくれたら、もう少し楽しめそうなんスけどね」

    くつくつと喉から込み上げてくる笑い声。
    もうすぐ真珠の口の中で蕩かされるだろう、ターコイズのリボンを解けば出てくる抹茶味のミルクキャンディ。

    淡い期待を抱いて眠るのは、今度はこちらの番になったようだ。


    end.
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