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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    たぶん長編になる曦澄その6
    兄上が目覚める話

    #曦澄

     粥をひとさじすくう。
     それを口に運ぶ。
     米の甘味が舌を包む。
     藍曦臣は粥の器をまじまじと見つめた。おいしかった。久しぶりに粥をおいしいと感じた。
     添えられた胡瓜も食べられた。しゃりしゃりとしている。
     包子も口にできた。蓮の実の包子は初めてだった。さすがに量が多くて大変だったが、どうにか食べ切りたいと頑張った。
     食事を終えて、藍曦臣は卓子の上、空の器をながめた。
     たった三日で人はこれほど変わるものなのだろうか。
     首を傾げて、ふと気が付いた。
     そういえば、阿瑶は。
     あれほど、いつも共にあった金光瑶の影がない。目をつむっても、耳を澄ませても、彼の気配は戻ってこない。
     騒々しい町の音だけが藍曦臣を取り巻いている。
    「阿瑶」
     返事はない。当然である。
     藍曦臣は静かに涙を落とした。
     失ったのだ。
     ようやく、彼を。
    「阿瑶……」
     幻影はなく、声も浮かばず、思い出せるのはかつての日々だけである。
     二人で茶を楽しんだ。花を見た。幼かった金宗主をあやしたこともあった。
     そこに江宗主がいることも多かった。
     今やありありと目に浮かぶのは彼の顔だ。
     喜怒哀楽、感情を素直に表情にのせる。張りのある声で指令を下し、同じ声で大きく笑う。怒鳴る。
     思い出せばいくらでも記憶があふれ出て、藍曦臣は追うのをやめた。
     まぶたを持ち上げる。
     雲夢のまぶしい陽光が窓から差し込んでいる。
     藍曦臣は衝立の向こうに弟を見つけて、目を見開いた。
    「兄上」
    「忘機、どうしてここに」
    「写しを持ってきました」
     藍忘機は包みを持っていた。
     写本がない文献の写しを届けると、藍啓仁が約束していた。
     藍曦臣は足早に弟へと近寄って、その肩を両手でつかんだ。
    「忘機、覚えているだろうか。西方稀妖録という書物があったと思うが、その写しはあるかい」
    「あります」
     藍忘機は即答した。机上で包みを開けると、百枚を超える写しの中から一枚を抜き出した。


    「歌咏女怪?」
     江澄と魏無羨は声をそろえた。
     酒楼の卓子の上には一枚の写しが広げられている。
    「ええ、昨夕の問霊で、歌が聞こえたと彼は答えてくれました。それで思い出したのが西方の水妖です」
     藍曦臣は写しの一文を指し示した。
    「歌声で船員を惑わし、船を難破せしめる」
     江澄がしたり顔で「それだ」と言った。
     彼は十年前の芸妓の身投げについて話した。妓楼で働く若い娘で、歌がうまいことで有名だった。その娘は商家の息子と恋仲になり、しかし息子の父親に認められず、嵐の日に川に身を投げた。
    「歌が生業だったなら、水妖になってもうまいだろうな」
    「だけど、江澄。昨日はその歌を聞いてないんだろ?」
    「舟に乗ればいいでしょう。そうすればきっと、彼女は現れます」
     歌咏女怪は、そもそもは海の妖怪である。舟でその水域に入ることが、出現のきっかけとなっている可能性は十分に考えられた。
     魏無羨と藍忘機とは酒楼にて別れることになった。二人は今日中に姑蘇へと戻らなければいけない。
    「哥哥がいなくて大丈夫か、江澄」
    「誰が哥哥だ!」
     別れのあいさつもないままに江澄は店を出た。弟の道侶は笑ったまま彼を見送っている。藍曦臣は江澄を追いかけながら、彼らのやり取りをうらやましく思った。
     江澄は宿へ戻ると、水妖退治の手はずを師弟らと打ち合わせ、舟を三艘用意させた。
     準備が整うまでの間に、藍曦臣は江澄に尋ねた。
    「さきほどの、商家の息子というのはまだ町におりますか」
    「いるぞ、孫家の今の店主だ。去年、代替わりしたはず」
     すでに水妖は人を殺している。江澄が討伐するつもりでいるのは、妥当な対応であると承知している。しかし、藍曦臣は気がかりがあった。
     十年をかけて育った邪祟が、剣と術だけで倒せるだろうか。江家の仙師は強い。宗主ともなれば、その強さは言うまでもない。
     それでも、もし、彼の力が通用しないような相手だった場合には、邪祟の怨み自体を取り除いてやるのが、迅速に事をおさめる手段であろう。
    「晩吟、その孫家の方にご協力いただくことはできないでしょうか」
    「協力? この後に及んで、鎮魂を試そうというのか」
    「いいえ、この水妖は大きくなりすぎました。ただ、呼びかけることができれば、力を弱めることも可能かと」
    「不要だ。相手は神ではない。江家の仙師は水妖の相手に慣れている」
     江澄の自信は間違いではない。これ以上は藍曦臣も口を出せない。出すべきではないと、彼の視線が物語っている。
     藍曦臣は裂氷と朔月を携えて、舟に乗り込んだ。江澄も同じ舟だ。
     その舟を先頭に、後ろに二艘が続く。
     太陽は西に傾き、日差しが仙師たちの目を焼くかのように照りつける。
     川を西に遡りはじめてすぐに、藍曦臣は歌声を聞いた。
     澄んだ声が悲しげな揺らぎをもって歌う。
    「来るぞ!」
     江澄の警告と同時に川の中央が盛り上がり、水が娘を形作る。
     藍曦臣は裂氷に息を吹き込んだ。
     歌声を跳ね返すように旋律をつむぐ。
     勇ましい曲だ。江澄が紫電を振るときを思い浮かべ、藍曦臣は指を動かす。
    「続け!」
     江澄は三毒に乗り、水妖へと空をすべる。師弟たちがそのあとに続く。
     江家の仙師たちは実に勇敢だった。水柱をものともせずに娘へと迫り、術を放った。
     江澄も紫電を振る。だが、まるでただの水のように手ごたえがない。札は川に流れ、紫電は娘の体を裂くも、あっという間に元通りとなる。
    「ちっ、本体はどこだ」
     藍曦臣は調べを変えた。はじき返すのではなく、歌に沿うように曲を奏でる。
     そのとたん、どっと彼女の感情が流れ込んできた。
    (悲しい)
     悲哀に満ちた歌だ。ただただ悲しいと、会いたいと願う。
     藍曦臣のまなじりから涙がすべり落ちていく。
    (私は知っている)
     彼女の歌う悲しみを。
     愛する者に二度と会えない悲しみを。
     もう一度会いたいとこいねがう気持ちを。
    「曦臣! なにをやっている!」
    「孫家の御方をお呼びしてください! 彼女には害意がない。怨みがないのです!」
     藍曦臣は水妖から目を離さずに訴えた。
    「彼女は流れにたゆたっている。もし、つかまえるなら川をせき止めないといけません」
     江澄であれば現実的でないと判じるだろう。そして、今から引き返すことが許されないことにも気が付いているはずだ。
     藍曦臣は答えを聞かずに、再び裂氷に唇をつけた。
     娘の意思に逆らわず、彼女が呼ぶように歌う調べに少しだけ色を付ける。彼女が会いたい人に会えるように。他の者を呼び寄せないように。旋律をくるむように音を選んでいく。
     頭上を江澄が通り過ぎて行った。
     よかった、彼ならそれほど時を置かずに戻ってきてくれるだろう。
     藍曦臣は今一度背筋を伸ばす。彼が戻るまで、この状態を維持しなければいけない。
     その周囲では江家の師弟たちが舟を守るように飛び回っていた。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
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    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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