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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    長編曦澄14
    兄上おやすみ、猿です。

    #曦澄

     江澄の私室には文箱が二つあった。
     蓮の飾り彫が施された美しい文箱には、私信を入れている。主に金凌からの文である。もう一方、水紋で飾られた文箱は最近になって買い求めたものであった。中には藍曦臣からの文が詰まっている。この短い間によくぞ書いたものよ、と感嘆の漏れる量である。
     江澄は水紋を指でなぞった。
     清談会が終わった後、江澄はすぐに文を返した。それから半月、返信がない。
     やはり金鱗台での、あの八つ当たりはいけなかったか。あの時は正当な怒りだと思っていたものの、振り返れば鬱憤をぶつけただけの気がしてしかたがない。
     藍曦臣に呆れられたか。
     だが、そうとも断じきれず、未練たらしく文を待ってしまう。あの夜の藍曦臣の言葉が本気であったと信じたい。
     大切な友、だと言ってもらえた。
     何故これほど仲良くなれたのかはわからないが、驚くほど短い間に打ち解けられた。江澄とて彼を大切にしたいとは思っている。
     わかりやすく喧嘩をしたのであれば謝りに行けるものの、そうではない。一応は和解した後である。それなのに距離を開けられるとどうしていいかわからない。
     また、会いたい、とあの情熱をもって求められたい。
    「恥知らず」
     恥ずかしかったが、嬉しかった。 
     こんなふうに誰かに熱心に請われたことはない。江澄の大事な人は、いつも一番を別に選んできた。もし藍曦臣が一番の友を江澄に求めてくれたのなら、これほど嬉しいことはない。しかし、これは、もしや。
     胸がふさぐ。
     藍曦臣がもし江澄を見限ったのだとしたら。
     別に、朋友を求めたのだとしたら。
     諦められるのだろうか。しかたがないとまた見送ることになるのだろうか。
    (嫌だな)
     このつながりは手放したくない。このまま放置することはできない。
     江澄は文箱を棚に戻すと、三毒を手にして自室を出た。
     まだ、昼を過ぎたばかり。幸い火急の案件はない。江澄は雲深不知処まで飛ぶつもりだった。


     姑蘇に入ってすぐ、気温がぐんと下がった。
     真冬のような寒さに江澄はたまらず宿をとった。すでに夕刻は過ぎている。しばらくすると冷雨が降りはじめた。
    「妙だな」
     姑蘇がいくら雲夢に比べて寒いとはいえ、さすがにまだ秋である。宿の者に聞けば、この時期にこれほど寒くなることはないという。
     江澄は雨が弱まったところで外に出た。土地勘は薄いが異変の予兆があれば見過ごせない。
     雨のにおいが濃い。
     だが、山のほうがにおいが濃い。
     おかしい。山と町とで雨の量に差が出るだろうか。
     江澄は山へと足を向ける。ぬかるんだ山道を慎重に歩く。
    「人の気配……?」
     江澄は足を速めた。山の中腹にさしかかったとき、突然目の前に黒い衣が飛び出してきた。
    「誰だ!」
    「魏無羨」
    「江澄! なんで」
     魏無羨は驚いたが、すぐさま気を取り直した。
    「ちょうどいい、藍湛を手伝ってくれ」
    「追われているのか?」
    「逆だ。この山に閉じ込めたい怪異がいる。俺が陣を張る間、引き止めておいてくれ」
    「承知」
     そういうことであれば否やはない。
     江澄は三毒を抜いて、空へ上がった。暗闇の中で、たしかに木々を渡り歩く影がある。それを追いかけるのは避塵に乗った藍忘機に違いない。
    「猿か?」
     突如として雨が勢いを増した。この異常な天気の元凶はあの影だ。
     江澄は三毒を転回させると、影の先に回り込んだ。紫電を放つ。影はくるりと地面を転がった。
    「含光君!」
     一声張り上げれば、心得たと言わんばかりに避塵が一直線に飛んできた。だが、影はそれをもかわし、木の上に駆け上がる。
     その時、辺りの空気が変じた。
     魏無羨の陣であろう。
     影——猿は木の上で飛び跳ね、奇怪な叫び声を上げた。
    「ちっ」
     江澄は三毒に空へと命じた。だが、間に合わなかった。
     逃げ場を塞ぐように木が倒れてくる。江澄は一本目は避けた。しかし、二本目が三毒をかすった。平衡を失ったところを三本目が襲う。
     とっさに体を捻った。
     左肩に衝撃を受けた。
    「江澄!」
     魏無羨の悲鳴が夜の山に響き渡った。
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     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
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     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
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     まったく余計なことをしたものだ。
     江澄は舌を打った。
     
     酒を飲んだ藍曦臣は、しばらくはただにこにことしていただけだった。
    「味はどうだ?」
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    あなたに言えなかったことがある
     魏無羨は結局、藍曦臣からの伝言とやらを口に出さなかった。尋ねても、「同じようなことは伝えた」の一点張りである。
     江澄は聞き出すことを早々に諦めた。片付けを終えて私室に戻る、その途中で行き先を変えた。
     泊まる者のいない客坊は、当然なら静かである。闇に沈む室内を見回しても、誰かの名残は見当たらない。
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     それでも、ここは彼が使っていた部屋である。
     江澄は暗闇の中を進み、牀榻に腰掛けた。
     藍曦臣はここで何を思っていたのだろうか。
     彼が幸福を味わっていたとは思えない。魏無羨を遣いに出すくらいである。江澄の気持ちはすでに気取られているのではないだろうか。
     ふいに窓からぼんやりとした光が入った。細い月が山の端から顔を出している。
     江澄はごろりと寝転がった。
     聞きたいことがある。あの夜、藍曦臣が残した言葉の意味がいまだに理解できていない。
     いったい何に対しての礼を言われたのか。
     藍曦臣は微笑んでいたのに、悲しげだった。
     苦しめたいわけでも、悲しませたいわけでもない。
     魏無羨の言った「別れたいの 1909