【夏と秋の境目に】【夏と秋の境目に】
松岡譲は良く帝国図書館分館を手伝っている。
帝国図書館は本館、閲覧専門の図書館しかなかったのだが、ここが対侵蝕者の前線基地となった際に近代文学を研究するという
名目で分館が出来たのだ。ある意味では好き勝手する場所とも取れる。
「台風が過ぎてから、涼しくなってきましたね」
ほぼほぼ文豪しか使わないこの分館にて松岡は入ってきた新刊の確認をしていた。中には文豪たちが頼んだ本もある。
本はこれからカバーを掛けたりしなければならない。帝国図書館はかつてよりも仕事量は増えているが、運営が出来ているのは文豪たちも
手伝っているからである。
「見てくれ。松岡」
「これは……ススキですね」
「商店街を散策していたらあちこちで見かけたので、刈れそうなところを教えてもらって刈ってきたんだ」
カウンターテーブルの側で文豪たちに渡す本、分館に置く本を分けていると内田百閒が来た。百閒は手に何本ものススキを抱えていた。
生前、百閒と松岡は面識があり今も付き合いがある。柔らかな薄茶色のススキは秋の訪れを感じさせていた。
「花瓶を用意してきましょう」
そう言ったら、カウンターテーブルの上にガラスの花瓶が置いてあった。水も入っている。帝国図書館分館には管理者が二人いて、
両方ともアルケミスト、不思議パワーを使える者たちなのでこれぐらいのことは簡単には出来るらしい。
松岡はありがとうございますというとススキを生けた。
「念入りに準備をしていたが、台風も無事に過ぎ去ってよかった」
「ええ。被害が酷いところは酷いようですが」
「台風が来ると、秋が来たと感じるよ。夏はそう、多くなかったのだが」
今年の夏は台風がそこまでなかった。あったようで、こちらにまでは来なかったのだ。
「最近まで団扇や扇子であおいで過ごしていましたから」
「その、最近までと言うとかなりギャップが来るときがある」
百閒に言われて松岡は納得した。
春がすぐに過ぎ去った気がするし、夏もすぐに過ぎ去った気がする。季節が過ぎるのは、時間がたつのは早いのだ。
「譲。百閒さん。二人は仕事中かい」
本を仕分けようとすると、山本有三が声をかけてきた。
「松岡は仕事中だがこっちは散歩帰りにススキを持ってきただけだ」
「ススキか。子供たちがススキでフクロウを作っていたね」
「あれはとても可愛らしいです」
ススキを何本か集めて、加工して目をつけたりすればススキでフクロウが出来る。ミミズクでもいいが。
ススキも場所によっては刈っておかないと邪魔になる。
「扇子と言えば、落語が見たいと想ったんだ。本館に行ったら割引チケットがあったから皆で行かないか」
「たまにはいいかもしれないね」
「松岡も。仕事ばかりだろう。たまには秋の風景に飛び込んで、ゆっくりしよう」
百閒は扇子で落語を想い出したようだ。落語は表現のために扇子を使うことがある。
ワーカーホリックというわけではないのだが、松岡は仕事をしてしまう。やらないといけないことが目についてしまい、
やってしまう。百閒が割引チケットを出していた。図書館は他施設や他イベントのポスターを展示させてほしいと頼まれることがあり、
礼としてこの手のチケットが贈られることがある。
松岡は手を止める。たまには休めとは周囲に言われていた。
「行きましょう」
「よし。なら準備しようかね」
山本がススキの入った花瓶を開いている小さなテーブルの上に置いた。
こうして三人は、落語を見に行くこととなった。
【Fin】