梅雨の音】【梅雨の音】
中里介山は帝国図書館に転生した文豪の中では背が高い方に入る。
いつの間にやら彼は図書館で利用客が理不尽なクレームを入れてきたとき、対処をする係となっていた。
トラブルが起きそうになったらなかざとを立てておくと彼の見た目や性質で穏便に収まることが多いのだ。
「嫌なら断っても良かったんだぞ」
「事件に巻き込まれたのだ。解決をするためには力を貸そう」
雨の中、吉井勇と共に介山は外に出ていた。
帝国図書館のトラブル解決人となっては来ているが、介山としては手が貸せるところは貸したいとは思っている。
断る権利もあるので、断るところは断ってはいるのだが。
今回は出ることにした。知らせを持ってきたのは正宗白鳥で、買出しに出かけた島田清次郎が事件に巻き込まれたという。
介山も話を聞いた隣町で事件を起こした窃盗団がこの町にやってきて盗みを働いたのだそうだ。
「正宗が無表情で、島田が窃盗団の事件に巻き込まれかけたのを草野が番傘で応戦して倒していたら、怪奇を観察しようとしていた
柳田とドイルも参戦して結果的に犯人たちは捕まったのだが事後処理を頼むと言ってきてよ」
「過剰暴力は良くはない」
「やっぱ、過剰暴力ってなっちまうよな」
知らせを持ってきたのは岩野泡鳴だった。歩きながら介山はうっすらとした水たまりに足を入れる。
ぱしゃり、と水が跳ねる。雨は世界を潤す。
「君がついてきてくれるとは」
「暇だったし、佐千夫も後で茂吉と行くってよ。島田のことがあるし」
清次郎はかつてはトラブルメーカーなところがあった。今は穏やかにはなってきているが、介山のレベルでの穏やかだ。
伊藤佐千夫と斎藤茂吉のアララギコンビも事態が収まってから来るらしい。収めるのは介山である。
吉井は暇だからとついてきてくれた。
「草野の奴、大丈夫! おいらがんばるよ。ハンムラビ法典ってのだって目には目を歯に歯をって保証してるしとか言っていたらしいが」
「……アレはやりすぎないようにという意味での法典だ。決して殴るだけ殴るというものではない」
人づてで聞いた言葉を吉井が言えば介山は無表情になっていた。勘違いされやすい法典である。
「水たまり、深いところだと履物が濡れる」
「濡らさないようにしねえとな」
介山がこれからやることは事後処理ではある。
「これが終わったら旅に出ようと思う」
「俺も行っていいか?」
「構わない」
一人旅も好きだが介山はたまに吉井とも旅に出る。旅についてはいきなり出ると心配されるのでいうときは言うようにしているが、
衝動的に旅に出たいときもある。
「適当にあった美術館とか見るの。楽しいよな」
「旅のだいご味だ」
旅に出て何をするかというか気が向くままにやることだ。部屋でゆっくりとしていたり、散策をしたり、
美術館に行くのも悪くはない。美術鑑賞は介山も好きだ。
「無事に収まるといいが」
「ああ……それに賢治たちが食べたがっていた雨の日限定和菓子も買ってこなければ。騒動で買えていないようだ」
「大事じゃねえか。さっさと収めて買おうぜ」
雨の中、吉井の声は明るい。
介山は目を細めるとまずは頼まれたことを片付けることにした。
【Fin】