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    nogoodu_u

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    擬似おにショタ付喪神時代出会いど捏造幻覚。SF(史実不心得)です

    #さみくも
    basketFish

    群れよ、降れよ、地に満ちよ(さみくも) ――五月雨や。
     己が名を呼ぶ音が頭上から降り注ぎ、鋼のからだにしみ入る。十七字の福音に導かれ、景色を名に宿した名刀は幸福なまどろみから目覚めた。
     
     +++
     
     自我の輪郭を得て起き出した五月雨がまず抱いたのは、まだ見ぬ外の景色に対する憧憬だった。そのとき江戸城の外には絶えず雨が降っていて、城を囲む堀の水嵩が増すごとに、この雨が川の水流をも急き立てるのがどうしても見たい、そして自分もその眺めを言の葉にしたためたいという思いは増し、五月雨は旅に出ることを決めた。
     本体を残した江戸城を背に、五月雨は当代の主を思う。犬を大事にしているのは好ましい。文治政治を推し進めたことが、かの俳聖やすぐれた歌人を生むことに繋がったのも功績だと思う。義理を抱くには十分だと思うが、それだけだ。五月雨の心はすでに、あの方とともにあった。向かうのはむろん、北である。
     
     城下を離れ、小石川御殿を過ぎた頃から、不思議な気配を感じるようになった。城に居た頃には覚えのなかった、強くひかれあう感覚。
     この先にあるのは、徳川家に仕える大老の屋敷だったはずだ。屋敷の宝物庫には、江戸城には遠く及ばないものの、刀剣もむろん数多く収蔵されているだろう。記憶にある、将軍家から渡っていった刀剣たちに思いを馳せる。来国俊の太刀、青江次直の脇差、その中に異彩を放つ刀がひとつ。呼んでくれ、応えてくれとカタカタと鍔を鳴らしている。
     屋敷の主たる松平吉保は、将軍の右腕として寵愛を受け、身一つで将軍家に連なる国を治めるに至った傑物である。五月雨の中にわずかにある将軍の気配にあやかろうとしているのは、主譲りの野心だろうか。
     五月雨には政治がわからぬ。けれども己を呼ぶ声に対しては、人一倍に敏感であった。縁を求めるともがらの声にになんと応えようか、五月雨はしばらく逡巡し――わん、とひとつ大きく吠えた。音が北の空にしみ入って、期待に綻ぶ口元を襟巻きに忍ばせる。
     
     +++
     
     そうして吉保の屋敷に忍び入った五月雨を出迎えたのは、一匹の子犬だった。
    「雨さん!」
    「雲さん。貴方でしたか」
     人の子にして六つか七つ、まだ神のうちと言わしめる見た目にふさわしく、まるでずっと前からそうしていたかのように、誰も呼んだことのないはずの名で迷いなく五月雨を呼ぶ。そして五月雨も、ごく当然に彼に応える。
     郷義弘が作刀、村雲江。血よりも濃い水を分け、肉より堅い鋼を分けた同胞。同じところにあった時も長く、徳川家でもしばらく共にあったが、今は松平家に渡っていた。村雲はころころと足元にじゃれついてくる。やはり犬はいいと、五月雨は思った。彼の名をつけたのはかの豊太閤だというから、猿のような刀が出てきたらどうしようかと思っていたけれど、はたしてそれは杞憂だったようだ。
     
     庭を案内するよと五月雨の手を引く村雲と並んで歩く。
    「美しい庭ですね」
    「うん。主の自慢の庭なんだ。公方様も気に入ってよく御成りになるよ」
     紀州にある和歌の浦を模したという美しい景色に、五月雨が感嘆のままに発句をすると、村雲はいたく喜んだ。
    「雲さんも歌がお好きですか?」
     吉保は和歌に堪能だった。思わず期待をこめた五月雨の問いに、村雲は少し考えるそぶりをすると、すこし恥ずかしそうに首を振った。「雲を詠んだのは別れの歌が多いんだ」
    「でも俺は、雨さんとずっと一緒にいるよ。だって、雨さんが俺を呼んでくれたんだから」
     五月雨はこのとき、人の営みを綿々と紡ぐ歴史という大河の流れに迎え入れられたのを感じた。モノに心の宿ることを付喪と呼ぶ。心を命たらしめるのは繁栄への欲求である。自分以外の心あるものと繋がりたいと願う思いであり、縁である。そして縁とは、円であり、環である。今や己はまさしく川に落ちた一滴の雨であり、その雨を生んだのは、紛れもなく目の前のちいさな雲なのだと、そう思わずにはいられなかった。
     刀は、その名に寄せる人々の心をも背負う。五月雨がそうやって心を得たように、村雲は五月雨によって目覚めたのだという。五月雨の方こそ、村雲に呼ばれた気でいたのに。
    「ええ、私はあなたの雨、そしてあなたは私の雲です。私たちは末長く共にありましょう」
     離れがたいと全身で伝えるように五月雨にしがみつく体を抱き返してやる。永遠の誓いが意味するところを知らない子どもは、腕の中で体を揺らして無邪気に喜んでいる。
     五月雨に比べて村雲はずっと幼い。これからさまざまの逸話を取り込んで成長していくのだろう。このさき彼がどんな刀として歴史に残ることになろうと、五月雨は彼の運命を祝福しようと決めた。あの方が自然のもたらす恵みと過酷とを区別することなくあるがまま句にしたためたように。草花が育つのに土と水と光とが要るのだとしたら、自分たちにはきっとそれが必要だから。
     
    「俺も雨さんと一緒に旅に出たいなあ」
    「そうですね。雲さんの背が、私の背に並ぶ頃には」
     はやく大きくなればいい。そうして彼の言う通り、ふたりで旅に出るのだ。この世は美しく、この命は永い。ひとりで生きるには、あまりにも。
     天地に有情を見出そうとするのは人間の錯覚にすぎないけれど、五月雨は美酒を味わうが如くその錯覚に酔いしれることをことのほか愛した。叶うのならば、酩酊の中にあるまま死にたいとさえ思う。そして、四つ脚の獣に近い自意識をもつ己がヒトの形をとって生まれてきたのは、季語を愛でるためだけでなくきっと彼と手を繋ぐためでもあるのだと、今ならば思えるのだった。
     
     空には白い夏雲が群れを成し、はるか遠くの山腹にくっきりと影を落としていた。長雨の季節が過ぎ去っても雲は絶えることなく空にあり、やがてまた雨をもたらすだろう。
     五月雨は村雲を腕に抱いたまま、流れゆく景色を眺めていた。彼とならば、いつまでもそうしていられる気がした。(了)
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