まだ言えないこと(キュオーン) フルシュポスケにはかつて『希望』の魔女がいたという村があった。
そこでは、魔女である一人の少女が行き着いたならず者たちに『希望』を与え続けていたという。
「雑草だらけですね」
「言っただろ、別に綺麗なところじゃねえって」
「ふふふ、こういうところはこういうところで、私は惹かれるものはありますよ。ちょっと慣れてますしね」
そう言われてもあまり気持ちのいいものではない。
この村を廃墟にしたのはキュオーンの手によるものだ。
「……お前の屋敷だってだいぶ溜まってるだろうが。埃とか」
「あれでもまだだいぶ綺麗になったんですよ? エイダさんたちに目を覚まされてから少しずつ掃除して……」
魔女が『希望』を注ぎ続けていた村はすっかり朽ちていた。
この日、キュオーンが廃村へ案内したのは、二つの頭を持つ不思議な亡霊・ロージィだった。
キュオーンはジトっとした目で、ロージィを見た。
彼は何度かこのフルシュポスケに来ているが、今回ロージィは一度『希望の魔女』がいたという村を見てみたいと言った。
キュオーンは迷ったが結局案内することにした。
「ふむ……『希望』のかけらもありませんね」
「……お前に何が分かる」
「キュオーンさん、どうしたんですか、そんなにたてついて」
「……なんでもない」
最近、保護者なり理解者なり、自分にそうした態度を持たれている印象があるキュオーンからよく言われてることだ。
確かにカッとなってしまいやすいところはあるかもしれない、と森の事件から今に至るまで思うところは本人にもあった。
だが、この村や、魔女の話になるとついつい冷静さを失うこともあり、その度に自責感を後で覚えるのだった。
「まあ、何が起こったかは分かりませんけど……」
ロージィは大事そうに、もう片方の首を抱えながら村の中へ入り込む。
まだロージィは、キュオーンが村や魔女に対して何をしたかは知らない。
今のところ話す必要もないだろうと、思っていた。
それと同時に、『希望の魔女』の、ここでの貢献の仕方がどのようなものだったのかも知らないだろうが、それを教えることもない。
そういえばロージィだって、どうして今のような状態になったのかもキュオーンは分からないが、深く聞く必要もないと考えていた。
あのブレラたちに、ロージィ曰く「優しさに触れ、強者でないことを理解してしまった」三人の内、ゴーレムのマミーだけが、「友達」と自分の技術の交換に応じなかった城下町へ急襲しようとしたことだけは知っている。
今ではマミーも町の中に歩いても特に石を投げられるようことはないようだが、過去の悪行については町の人々には知れ渡っているし、自分やロージィの耳にも入っている。
だが、自分はもっと惨いことをしたのだろう。
そしてロージィの、血みどろなメイド服と言い、常人であれば見てたら心が狂いそうな首の切断面を見ると、有名な料理人だったという彼の生前もまた惨いのかもしれない。
「ふむ……しかしここの庭、ここに住んでいた方はとても綺麗にされていたようですね」
ロージィは雑草だらけの小さな畑を見ながら言った。
「どうしてそう思う?」
「私は雪国長いこといましたのであまり詳しくはないのですけど、なかなかよく耕されてると思いません? いや、本当にいい野菜を調達するために南へ行って農場を見に行ったくらいなんですが……」
「……」
この畑だって、この村に辿り着いた愚かな村人が、シュトラールの言う通りに作ったものだ。
そう考えると、シュトラールの人を扱う術は素晴らしいものだったのかもしれない。
「まあ、しかし惜しいものですね。村がなくなってしまう理由はいろいろありますけど。キュオーンさんはなんか知ってます?」
「さっきも言っただろ。みんなが呼んでいる『希望』の魔女がいた……。この村には絶望に染まった人が集まったんだ……ああ、『絶望の病』にかかってるとか、そういうことじゃなくて、人を殺したりとか、いろいろやらかした連中だ。そして彼女はとにかく彼らを救おうとしていた」
「なるほど、そうですか……」
キュオーンは淡々と、特に感情もなく、ただ事実を伝えるように言った。
「しかしその人たちはどこへ……?」
「魔女と一緒にいなくなった……虐殺があったって話は聞いたことがないのか?」
「虐殺……うーん、私の耳には届いてないですね」
ロージィはそう相槌を打ちながら立ち上がった。
「そういえばそれっていつ頃の話だったしょうか」
「……割と最近だよ。まだ一、二年も経ってないんじゃない?」
「ふむ……そうなると、まだ私も首と身体がバラバラで、私自身がどうなっていたのかよく分からなかった状況だった頃でしょうかね。ところでキュオーンさんはどうしてたんですか?」
「……あまり答えたくはない」
「そうですか……」
ロージィはこれ以上詮索せず、そっとしゃがんで畑に咲いていた、どこからか飛んできたキンセンカの花を眺めていた。
いつか、お互いのことを話すような時が来るだろうか。
あの三人なら、きっと全部知っているのだろう。
だけど、その場にはブレラを挟まないとどこか怖い気がしてきて、どこか自分が情けなく思えてきた。
「どうしたんですか、キュオーンさん……」
「……」
「我々は許されるような人じゃないかもしれませんが、ゆっくり進んでいけばいいのですよ。あの子たちも言ったことでしょう」
「……」
ロージィの言葉にキュオーンは静かに頷いた。