[ミマモ]「希望」に満ちた村の記録 昔のある日のフルシュポスケだった。
この森のある場所には、小さな村があったが、そこへ二人の女性が訪れた。
凛としたたたずまいをし、右肩に一台のカメラを鳥のように載せていた一人の女性が、赤い頭巾をかぶった一人の女性の耳に届くように言った。
「相変わらずここはとても幸せそうな村だね」
「……」
「どこを見ても楽しそうだ。本当に笑顔でいっぱいだ。ここまで平和さを感じさせるような村、世界で見てもかなり珍しいぞ、シュトラール」
「だから何なの、メタリカ」
メタリカの言う通りこの村のみんなはとても笑顔だった。
メタリカは特に家も持たず、世界のいろんな場所を旅し続けている生活をしていたが、そんな彼女が見ても異常なくらいに、この村の人々はみな笑顔だった。
「当たり前です、むしろこの村はこうでなきゃいけないのです。だからこそわたしは……」
メタリカの親友であるシュトラールは、義務感を感じているかのような様子でそう言った。
「……そうかい、なかなかやるねえ、お前も」
メタリカもシュトラール。
二人の女性は「魔女」と、この世界では呼ばれる類の存在だった。
魔女にはそれぞれ大きな力を持っているが、その力は強大なことが多く、下手すればこの力が自らの精神を蝕むこともあるという。
メタリカは「記録の魔女」であり、この世界のあらゆるものを記録していった。
しかしメタリカ自身も、その影響で自分を強大な好奇心を持ち合わせ、王宮のような場所に侵入したり、噴煙が湧きたつようない危険があろう場所に立ち行ったりしてきた。
シュトラールは「希望の魔女」である。
彼女はどんなに絶望の淵にいる者に対しても、自分から希望を振りまこうとしてきた。
しかしそれは、親友のことながらも、とても残酷なことだと、メタリカは考えていた。
希望を撒いている対象は、今二人がいる村もその一つだ。
みんなシュトラールを見つけると笑顔で挨拶し、彼女の親友と見なしてくれているようでメタリカにも親しそうに声を掛けてくれている。
リンゴやキャベツなどの農作物を育てていたり、伐採してきた木材を整理したりと、村人たちはみんな仕事にせっせと励んでいた。
みんな、シュトラールを見ると、途端にとても楽しそうにしていた。
しかし。
この村人たちは、この森を出れば「ロクでもない奴ら」だとみなされるような連中ばかりだと、メタリカも知っていた。
きっとこの親友の、身を張ったような施しがなければ、この村人たちの「希望」に満たされた笑顔はないのだろう。
「ふん……1号、何枚か記録してくれ」
メタリカはそう言うと、彼女の肩に載っていたカメラがふわっと浮かび、パシャっと、シャッター音とともに村を撮影した。
このカメラを、メタリカは「レコーダー」と呼び、彼女はそれを六つ持っていた。
それらはメタリカの魔力が秘められており、主の命令によって各地へ派遣され、そこで見たものを記録させていたのだった。
「メ、メタリカ? 何を?」
突然、親友がしたことでシュトラールは少し驚いていた。
「いやー、記録になると思ってね。ごめんごめん、びっくりさせちゃって」
「もう……」
シュトラールは村人の方へ、申し訳なさそうな視線を向けたが、彼らからは「構わないよ」とか、笑顔で言ってきたのだった。
しばらくすると一人の村人は「一緒に映してもらわないか?」とシュトラールへ穏やかに言ってきた。
それから何枚か、シュトラールも一緒になった笑顔の村人たちの写真や、彼らの生活風景をレコーダー1号に撮影してもらった。
†
「メタリカ」
「なんだい?」
「その写真、どうする気なの?」
シュトラールはどこかそわそわした様子で言った。
「ああ? 私のコレクションにするつもりだよ、いつものことだから」
「……」
村から出て、シュトラールの家へ戻ろうとしていた時、二人の間でそんな会話があった。
「まったく……」
珍しくシュトラールは不満そうに言った。
「私だって知ってるのさ。あなたがいなかったら、あの人たちは」
「だからこそ、あの人たちはわたしが必要なの」
シュトラールは真剣な表情でそう言った。
「わたしが彼らに、希望の光を与えなきゃいけないの。たとえ、誰かがおかしいとか言ってても」
「……」
普段のシュトラールはとても大人しい少女だとメタリカは思っていた。
しかし、この森に存在する、混沌としたもののことになるとかなり真剣な表情になる。
やはりこの親友も、自分と同じ「魔女」なのだと思わざるを得ない。
「ご、ごめんよ。ちょっと言い過ぎたかも」
「謝らなくていいのよ。あなただって、そういうことわざわざ聞いて来るの、あなたが魔女だからというところがあってこそ、なのでしょう。それで、あなたも外にいる時、迷惑だとか思われてない?」
まいったな、とメタリカは思った。
お互い「魔女」であることで、心の中の「魔女」が叫び続けている。
例えこの森の外にいる人間たちに、どんなにおかしいと思われていても、それが普通の行動なのだと思っている。
「……まあ、否定はできないな。でもそんなの慣れっこだし、しょうがないと割り切ってるさ。流石に一国の重要な場所に忍び込んだりでもする奴が、恨まれたり、特異な目で見られないわけないでしょ」
「……」
シュトラールの家に着くと、二人は揃って中に入った。
「メタリカ、お願いがあるの」
「なんだい?」
「あの村での記録、わたしのところで預からせてもらえない?」
「……」
シュトラールは切実そうにお願いした。
「はは、それまたどうしてだい? 構わないけどさ」
「わたしが確かに、あの村に必要な灯を灯したんだって証拠が欲しいの。ダメかしら」
シュトラールはとても真剣に言った。
それに対してメタリカは、なるほどなあ、と思った。
「分かったよ、現像したものをすぐにお前にあげてやるさ」
これだからシュトラールは、と思っいつつ、結局お互い様なんだとメタリカは思うのだった。