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    singsongrain

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    猫の日えのきば。
    お年賀に書いたのとBOOTHに無配で置いてあるぬいちゃんと戯れるきばしゅの続き。

    シュレディンガーの黒猫 非番の朝、木場は本来ならば午まで寝ているところを早々に起き出し、電車で銀座へ向かった。デパートの舶来の雑貨を扱う店に用があったからだ。
     昨年、師走の声を聴いた頃、最上階のレストランでオムライスが食べたいと言い出した榎木津に付き合って訪ねた際、冷やかしたその店は用途の解らない、けれど、心躍る華やかさとどこか隠微な美しさに満ちていた。そんななか、榎木津が熱心に見つめていたものが一つあった。
     青い瞳の黒猫だ。
     もちろん生きた猫ではない。骨董品なのだろう、少し草臥れていて毛艶も美しいというほどではなかった。しかし硝子玉で出来ているらしい瞳には吸い込まれそうな魅力があった。可愛らしいというよりは凛とした気品、いや、凄みがある猫のぬいぐるみだ。
     あまりに熱心に見つめているもので連れて帰ると言い出すかと思っていたのだが手持ちが心許なかったのか、しばらく見つめたあと名残惜しそうにオムライスが待っていると榎木津は店をあとにした。
     その態度から木場は近いうちにその猫も下宿の可愛らしい動物園にやってくるかもしれないと考えていた。もし、来たのなら、ミルクティのような毛色の長毛種の猫の隣を定位置にしようとぼんやり考えたりもしたのだが宛ては完全に外れた。その後年始となり、榎木津が運んできたのは黒猫ではなく、大きな虎のぬいぐるみだった。
     以来、今日までその黒猫の姿を拝んではいない。もしかすればあれから三ヶ月ほども経っているため、既に人手に渡っている可能性もある。なくて元々、あれば待っていてくれたのだと大枚をはたくつもりで木場は店へと踏み込んだ。


    「木場修、ついに自分でもぬいちゃんを迎えに行くようになったのか!?」
     探偵社へ顔を出した瞬間、木場の斜め上を見据えて榎木津が叫んだ。益田も和寅も同席ではなく、安堵して木場は手にしていたデパートの紙袋を探偵の三角錐の横へ置いた。
    「でけぇ声をだすンじゃねぇよ」
     袋を滑らせてふんぞり返っていた椅子から背を起こした榎木津の前へ差し出す。
    「お前の部屋に連れて帰るンじゃないのか?!」
     なぜかひどく驚いたように目を丸くする榎木津に木場は煙草をくわえてそっぽを向いた。
    「欲しかったンじゃねぇのかよ?」
     ぼそりと告げ、踵を返してソファにどっかと腰を下ろす。がさがさと袋から黒猫を取り出し、目をきらきらさせている榎木津を横目で見遣り、満更でもなく微かに口角を上げた。
    「さすが触ると柔らかい豆腐男だな!」
    「なんでぇ、そりゃあ」
    「四角い要塞のくせに繊細な心遣いが出来ると褒めているんダ!」
     全くたとえになっていないが、どうやら欲しかったことは当たっていたらしい。黒猫を抱き締めて榎木津がソファの前に立つ。
    「これはお前だぞ!」
     訳の解らないことを宣い、傍らへ腰を下ろした。そして猫のぬいぐるみを木場の顔に押しつけるようにして見比べる。
    「わはは! 全然似てないな!! このにゃんこの方がお前よりずぅっと可愛い!」
    「当たり前だろうが、俺が可愛かったら怖ぇだけだ」
     ぬいぐるみに火がついては拙いと煙草を灰皿に押しつけて消し、ぐいぐいと顔に押しつけてこられた黒猫を手に取る。多少草臥れた雰囲気には共通点もなくはないが、これが自分だとは戯言以外のなにものでもない。
    「なんでそれが俺なんだよ。俺じゃねぇよ、てめぇが欲しそうだったから買ってきたんだよ」
    「そうだな!」
     ニコッと笑って再び木場の手から猫のぬいぐるみをひょいと摘まみ上げると榎木津は幼子がするように胸にぎゅっと抱き込んだ。
    「ちっとも連れて来ないからそろそろ諦めてお前と一緒にいって買わせようかと思ってたところだった」
    「なんだよ、自分で買うんじゃねぇのかよ?」
    「それじゃあ意味がないだろう!!」
     どの点に意味があるのかが解らない。
    「これはお前だ! だから、僕が抱っこして寝るンダ!!」
    「…………は?」
     いや、木場とて下宿の部屋で大繁殖しているぬいぐるみと毎晩共寝をしている身である。いい年のおっさんがなにをという向きもあろうが、それに慣れてしまえばもはや手放せないような心持ちで猫のぬいぐるみを抱いて寝るという榎木津の言を笑うつもりはない。だが、それはつまり、己の代わりにその黒猫を抱いて寝るということだろうか。
    「は? じゃないゾ! お前のとこには僕によく似たにゃんこがいるだろう? れいにゃろうダ! お前はれいにゃろうと一緒にねんねしてるんだから僕もしゅうにゃろうを抱いて寝るンダ!」
     れいにゃろうにしゅうにゃろうとはまたひどくこじつけたものだ。
     ミルクティの色をした夢のように美しい猫のぬいぐるみを最初に見たとき、確かにそれを連れてきた男と重ね合わせなかったかと言われれば否とは言えない。ぬいぐるみのほうは榎木津にしては無口が過ぎるが黙っていればこの竹馬の友もたいそう美しいことだけはたしかなのだ。
    「……なんで俺は草臥れた骨董の猫なんだよ?」
     少々草臥れてはいるが値打ちはそれなりで今も木場の下宿で大人しくしている長毛種の猫のぬいぐるみと比べても遜色ないとは思うが些か見劣りするきらいにくちびるを尖らせる。
    「ちょっと草臥れているくらいがちょうどいいじゃないか。それにこの黒い硬い毛もお前によく似ている。ちょっと目つきの鋭い青い目もお前の小さな目の奥の色だ」
    「俺の目は青くねぇよ」
    「空の色を映してる。お前はいつも外にいるからな」
     空はいつでも澄んだ青でなどいない。
     どんな問答だと肩をすくめる。
    「それにおまわりワンワンのふりをしながらにゃんこの箱を隠しているじゃないか、天邪鬼」
    「うるせぇ、意味不明なんだよ」
    「んふ、大丈夫だ。一人寝にはしゅうにゃろうを共とするが今日はお前を抱いて寝てやるからな」
     黒猫を胸に榎木津が上体を傾げ、木場の頬にくちづけた。
    「ば、馬鹿! 誰が、テメェなんぞと!!」
     頬に朱が上り、肩を怒らせて言い返すが、蕩けるように締まりのない笑みを浮かべて黒猫のぬいぐるみにもくちづけている榎木津を目にして妙に落ち着かない気分で再び煙草へと手を伸ばす。
    「しゅうにゃろうに妬くなよ、木場修。今度、お前の部屋に泊まりに行くときはこいつも連れて行ってれいにゃろうに会わせてやらないとな!」
     上機嫌の榎木津が黒猫に頬擦りをして毛が硬いと笑顔で不平を垂れた。針金頭の木場修太郎の分身だというのならばそれも仕方ない。くくっと笑って煙草に火を点けようとすればそれを奪われ、再び榎木津に抱きしめられた。二人の間には黒猫のぬいぐるみがいる。
    「ありがとう、木場修。嬉しいぞ」
     耳元で囁かれ、くすぐったい気持ちになるが木場も榎木津の背へと腕を回して抱き返した。そして黒猫のぬいぐるみを押し潰さないようふんわりと抱き合い、二人はどちらともなくくちびるを重ねたのだった。
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