嗚咽 奴のどことなく飄々とした態度が気に食わない。いや、正確には俺たちに対してだけ飄々としていると言うべきか。見下しているとも違う、だが小馬鹿にしている。リッカに対してやけに親切なことも癪に障る。オマケに断れないよう言葉巧みに誘い出すものだから心底腹が立つ。
「で、文句言いにきたの?」
「悪いか」
「ハハッ、変なところで頭回んねえなお前」
こちらには目も合わせず電子媒体の資料を忙しなく眺めている。まさかリッカも呼びつけておいて無為な時間を強いらせているんじゃないか。ああ今すぐそのツラぶん殴りたい。安い挑発なら乗るだろう。
「勝手に仕事部屋に侵入しておいてもてなせるとでも?」
「抜き打ちチェックだ、リッカが話を盛ってないかどうかの、な。残念だったなぁ、こんな奴に気を遣ってたんだなぁ、可哀想に」
あからさまな舌打ちが狭い部屋に響く。やっと目が合った。
「彼女に直接聞けばいいじゃないか。嘘をつくような性格じゃないだろ。」
「そのリッカが口をつぐんでいるんだ。こんな奴に気を遣ってな」
ああ…とばつが悪そうに左後頭部を掻きむしり始めた。何かあると掻きむしる癖があるのか、アイツの左側の髪はいつも乱れている。
「…確かに誰にも言わないでくれとは言った。でも最も信用しているお前にすら言わないとは思わなかった。律儀だね彼女…」
「嘘をつくような性格じゃないってお前が言ったんじゃん、実際そうだけど」
少しずつ奴の顔が引きつってきた。リッカの前じゃ気取って険しい表情を見せないでいるから見せてやりたい。
「はあ…墓穴を掘ってばかりだな…ガキのいちゃもんを論破できないなんて」
「6歳しか変わらないのにガキ扱いかよ」
「いいや十分差あるだろ…小学生と高校生は相当な差だよ」
「お前も学校ろくに通ってないのによくそんな例え言えるな」
「やかましい、それ以前に俺とお前じゃ事情も違う」
「何が違う?周りのレベルが低すぎてお話になりませんでしたってか?」
「そういうことじゃない、『通わなかった』か「通えなかった』かの違いだ」
「学校行かないで遊んでいた奴が学校行けって勧めんのか?メリットも見出せないのに?」
「お前みたいに喧嘩腰で話しかけるような奴が適切なコミュニティに所属できるか懸念しているんだよ、彼女以外の同年代と話せる?」
「周りに合わせる努力すらしなかったお前に言われてもなー」
「ーーーっ!!!」
ここまで煽れば怒り心頭に発してせっかくのご尊顔を台無しにできる。戦場においては全く動じない姿しか見られなかったためか、なおのこと滑稽に映る。
「言いたいことはそれだけか?満足したなら帰れ!口喧嘩に付き合えるほど暇じゃねぇんだよ俺は!!!お前の言動、いちいち棘があって払拭しながら話すの疲れんだよ!!知らないだろ!?こっちはお前が地雷と思うような話題は極力避けて言葉選んでんだよ!!俺の苦労を知らないで…!!」
「あぁよぉーーーーーーく分かった、俺と話す時間は無駄だからリッカだけ指名するんだな!?自分が気持ちよく話せるように!!!」
「勘違いすんなよ、彼女から気にかけてくれたんだ、そのお礼で呼び出して話しただけだ!!彼女の顔の傷のことも俺の素性についても全て…!!」
予想外にもリッカの顔のことを言及され饒舌だった口が動かなくなった。リッカは過去のトラブルで自ら左目を潰し顔の半分を焼いた。他の奴に打ち明けることなんて今までなかった。
「…お前は的確に嫌な話題を振っかけてくるだろ?僅かに怯えた態度を察知したんだよ彼女は…俺も思うことがあって応じたんだ」
リッカがコイツにシンパシーを感じたなら、持ち合わせている情報以上に惨い仕打ちを受けた事実に納得せざるを得ない。利き腕を捥がれることに匹敵する何かを。
「まあ…とにかく、これで俺への疑いは晴れただろ?本当にごめん。今日中までなんだ。こんどは3人で話そう。それでいい?」
「…分かった」
拳で対抗できない分、言論で取り繕うとしていた。だが、どんなに挑発してもコイツに敵いそうにない。わざと挑発に乗ってくれている。ガキ扱いは鬱陶しいが年齢的にお互い様だ。リッカがどこまで本心を突き止めたのか、そして、どんな日々を過ごしていたのか。想像するだけで胸が痛くなった。