【地下組+黒縄夜行】クリスマス 師走、二十四日。つまり現代で言えば十二月二十四日。
コノエがいつも以上に腕を奮って料理を作る姿を見て、ヴィダは不思議そうに首を傾げた。
「鶏肉に、骨付き肉……甘いヤツまであるじゃねぇか。何事だ?今日って誰かの誕生日だったか?」
その疑問に答えたのは、近くで本を読んでいたカバネである。
「何だ、十二地区にはなかったのか」
「何がだよ?」
「クリスマス、という行事だ」
「殺します?」
「そんな物騒な行事は、少なくともここにはない」
クリスマスだ、と教え直しながら、カバネは持っていた本を閉じて立ち上がり、リビングの本棚に入っていた本を手に取った。
「ヴィダ、これを読んでみろ」
「読んでくれ」
「文字は教えただろう」
「めんどい」
「これ、絵本だぞ」
「やだ。読んでくれ」
「子供か」
なんて文句を言いながらも、カバネは椅子を手に取り、先程まで座っていた椅子の横に置いた。何も言わなくても素直にそこにちょこんと座るヴィダの姿に、カバネはヴィダからは見えないように笑みを浮かべてから隣に座った。
「いいか、クリスマスというのはな、一年に一度、師走の月の二十五日にあるものだ」
「古い名前で言うなよわかりにくい。……十二月二十五日?それ、明日じゃねぇかよ。今日二十四日だぜ」
「あぁ。そうなんだが、このクリスマスというのは二十四日から祝うのが通例なんだ。何故かというと、この日は日没から日没までが一日、という扱いになっているからだ。つまり、二十四日の日没後からがクリスマス扱いになるというわけだな」
「何だそれ。意味わかんね」
そう言って、ヴィダは鼻で笑った。カバネ自身、何故そんなことになっているのか分からないので説明のしようがなかった。
「兎に角、今日はクリスマスという日なんだ。クリスマスには、伝統があってな」
カバネは絵本を開き、目当てのページを見つけてそこを指さした。そこにはテーブルに豪華な食事が並べられている絵が載っていた。
「まず、豪華な食事で祝うんだ」
「何を?」
「神の誕生を、と云われている」
「神の誕生ぅ?」
「あぁ。だが、これを気にしている人は一体何人いるんだろうな」
そう言いながらカバネはページを捲り、次の箇所を指さした。そこには、赤い服を着たお爺さんの絵が載っていた。
「次に、夜中にサンタクロースという人が来るんだ」
「サイテコロース?」
「そんな怖いお爺さんがいてたまるか」
ヴィダの空耳にきちんと突っ込んでから、サンタクロースだともう一度言った。するとヴィダがサンタクロース、とオウムのように繰り返したので、そうだとカバネは肯定した。
「ふーん。そのサンタクロース?とやらは深夜に来てどうすんだ?血祭りにでも上げるのか?」
「先程からやたらと恐ろしいな。そんなことはしない。プレゼントを枕元に置いていくんだ」
「勝手に?」
「まぁ、そうだな」
「何だそれ。不法侵入じゃねぇか」
「そんなこと言うな。世の中の子供たちは楽しみにしてるんだぞ」
「子供にしか来ねぇなら俺には関係ねぇな」
「先程子供みたいに本を読めと強請っておいてよく言う」
「あぁ?強請ってねぇし」
「読んでくれって言っていただろう」
「うるせぇ。殺すぞ」
「服が真っ赤になったらサンタクロース顔負けになってしまうから遠慮する」
カバネは殺されてしまわないように椅子から立ち上がりながら、言った。
「まぁ、サンタクロースが来る、来ない関係なく。ヴィダはもし、何でもやると言われたら、何が欲しい?」
「あ?欲しいもん?」
「あぁ。実現可能、不可能置いておいて、サンタクロースに何でも頼めるとしたら、何を頼む?肉でも甘いやつでも、新しい武器でも家でもなんでもありだ」
「……そうだな、」
ヴィダはそう言って、少し考え込んだ。その時間、十分ほど。
コノエが焼いていた鶏肉から香ばしい香りが漂い始めた頃、ヴィダはそうだな、ともう一度言った。
「願望とかでもいいのか?」
「あぁ。なんでもありだ」
「それじゃあ」
鶏肉に集中していたコノエもヴィダが何を言うのか気になったのか、ヴィダを見た。カバネもヴィダの願望を聞き落とさないように、耳をすませる。
そんな、静かな空間に、ヴィダの願望が零れ落ちた。
「オルカと、プラセルの顔を見たい」
***
お子様にはこれ以上の話は禁句である。
まぁそれでも夢は夢。敢えて言うのならば、サンタクロース、というのは多忙なため、一般の保護者が代理で動くこともある、とでも言っておこう。
単刀直入に言えば、カバネは走った。
豪華な食事を食べ終えたあと、クオンの話を聞いていたヴィダに「少し夜風に当たってくる」と言って滅多と出ない地上に出たカバネは、その疲れも知らない体を利用して、走り続けた。
まず、目指すのはオルカのアジトである。しかし全地区を行商しながら放浪しているオルカが今そこにいるかどうか不明だった。それでも他にあてもないカバネは、オルカのアジトに向かった。
中心部に近い第五地区のすぐ側にある丸太で出来た、オルカ手作りの家を見つけたカバネは迷わずにその門扉を叩いた。
「すまない、ヴィダがオルカとプラセルの二人に会いたがっている。プラセルの行方を知らないか?」
「は?ヴィダ?本当に生きてやがんのか、あいつ?」
そう言われ、カバネはあ、そうか。と思った。
オルカは、いつも第一地区に行商にやって来る。その時にコノエがいつも買い付けに出たり、カバネも時々それに着いて行っているからオルカとは顔見知りだった。しかしヴィダは十二地区でオルカと別れた後一度も会ったことがない。そして、ただの買い付けの為、オルカとも商品の話以外をしたことがなく、つまりオルカがヴィダの生存を知らないのも当然だった。
「あぁ。手負いで倒れていたところを俺が拾った。今は俺たちの家にいる。元気だ。で、どうだ?会ってくれるか?」
「それならそうと早く言えよ!……でも、まぁそうか。生きてやがんのかあいつ。……プラセルなら、リベリオンのアジトにいるぜ。案内してやる」
オルカは着いてきてくれる気になったらしい。地上に詳しくないカバネは有難く案内してもらうことにした。
その後、たどり着いたリベリオンのアジトでプラセルと初対面した。プラセルもヴィダが生きていた事実を聞いて喜び、側にいたシャオの許可を取って、着いてきてくれることになった。
そんな訳で、ヴィダへのプレゼントの準備は万端である。
地下へと続く穴の手前で月を見上げれば、もうすぐ地平線に隠れようとしていた。ヴィダはもう、眠っている頃である。
カバネはヴィダを驚かせるために静かにすることを二人に提案し、二人もあいつが驚く姿を見るのは楽しそうだとその提案に乗った。
さて、あとは簡単である。
部屋までの道のりを歩き、少しだけ扉を開けて中をのぞき込むと、一人でベッドに横になり、寝息を立てているヴィダの姿があった。
よし、と二人にベッドの側に行くように指さした。ヴィダから聞いていた話のイメージから、てっきりプラセルあたりは「指示するな」とか言い出すかと思っていたが、案外言う通りに、静かに行動してくれた。リベリオンに入って、少し変わったのかもしれない。
そのプラセルがカバネの方を振り返り、ヴィダを指さした。多分、もういいかという事だろう。いいぞと頷くと、プラセルはにやりと笑ってから、大きく息を吸った。
「ヴィーダァァァァァァ!!!!」
「うぉっ!?」
プラセルの信じられないくらい大きな声に、ヴィダは飛び起きた。そして、枕元に置いてあったプレゼント──ではなく、愛斧を手に取る。
「あーーー!ヴィダ!ボクたちだよ!斧を振り回そうとしないで!」
ヴィダがその愛斧を振り被ろうとしたので、プラセルが必死にヴィダに訴えかけた。
「ほら、ボク。プラセルだよ!」
「あ?」
カバネが止めようと足を踏み出し、ヴィダの愛斧がプラセルのこめかみまであと数センチのところまで近づいたところで、ヴィダの斧は急ブレーキを掛けた。
「あ?プラセル?プラセルだと?」
「そう。あ、こっちにはオルカもいるよ!」
「よう、ヴィダ。生きてやがったんだな」
「オルカ……?」
突然動きを止められた斧は、今度は地面に向かって落ちていった。カランという音が部屋に響く。
「ヴィダ!ほんとに生きてたんだ!良かった!」
「本当に、プラセル……プラセルなのか……?」
「うん」
「お前、穴に放り込んだのに……」
「リベリオンのシャオが拾ってくれたんだ。今はリベリオンで働いてるよ」
「そうか……そうか。良かった……」
ヴィダが、プラセルを思い切り抱き寄せた。それにプラセルは「苦しいよ、ヴィダ」と訴えたが、ヴィダは「うるせぇ」と一蹴した。
何とも、感動的な再会シーンである。成功した?とカバネの部屋までやって来たコノエとクオンも感動していたし、カバネも表情こそ変えなかったが、内心は嬉しかった。
……忘れられた一人の男を除けば。
「……俺には何もなしかよ」
「ドンマイッス!オルカさん!」
「仕方がないよ。これが運命というものだよ。諦めよう」
「おい、赤い髪の奴はフォローする気あんのか!?」
「クオンに向かってそのような口をきくな」
「あぁ!?」
やいやいとカバネの部屋が賑やかになる。そのうち、抱きしめ合っていたヴィダとプラセルも混ざり、結局オルカもヴィダに抱きしめられていた。これにて感動の再会も無事終了である。
「カバネ」
じゃあ朝から商売や任務があるから、と今の家に帰宅していく二人を見送りながら、ヴィダは口を開いた。
「あの二人が生きてたこと、知ってたのか」
「オルカの方は知っていた。が、プラセルは分からなかった。オルカが知っていて助かったよ。……オルカのこと、黙っていて悪かった」
「いや、別に、互いにいい状況になってからのいい再会になったから怒ってねぇ。もう少し前ならプラセルはいくら俺がいるとはいえお前に着いてこなかっただろうし、俺もどうしてたかわかんねぇからな」
だから、俺が言いたいのはひとつだけだ、とヴィダは言った。
「ありがとう」
その言葉は、声は、とても温かくて。
最高のクリスマスプレゼントだな、なんて、カバネは思った。