宵月笑うバロック・バンジークスは夜の似合う男だ。
静かで、厳かで、等しく冷たい。
かつては陽のあたる花壇のような人であった、と学友は言うがその面影はない。
夜の闇からあつらえたようなマントとシルクハットを身にまとえば
わずかにのぞく白い頬が薄く光るように浮かび上がる。
その横顔の形の良さも相まって、星のない夜の三日月を思わせた。
「アソーギ、どうした。乗らないのか」
仕事を終え、屋敷に帰るための馬車に乗り込もうとしたバンジークスが声をかける。
亜双義は”貴方に見惚れていた”と返すわけにもいかず、黙って馬車に乗り込んだ。
「今宵は月が綺麗に見える。眺めながら飲むのも悪くない」
馬車の窓から外を伺い、バンジークスは呟いた。
「ご相伴にあずかっても?」
「既にそのつもりであろう」
顔は窓へ向けたまま、口元がわずかに弧を描いている。
かつて、彼の親しい者たちは花のほころぶような笑みを見たのであろう。
その様を亜双義は知らない。
しかし今、眼前にある月影が揺れるような笑みは自分しか知らないであろうことを思うと
ほの暗くも抗いがたい喜びが、心を染め上げていくのだった。
-完-
宵月(よいつき/しょうげつ):宵の間だけでている月