狐狸話 アヤカシ、妖怪、神――様々な呼ばれ方をするが、それは人の世の都合に過ぎない。山崎は単に山崎という存在でしかない。山崎という名さえ、人がそう呼んでいるだけのものだ。気づいたらこの森にいて、何の目的もなくただ生きているだけの存在だった。
「やまらき!」
久しぶりに狐の姿で寛いでいると、そんな甲高い声と共に腹の辺りに何かが体当たりしてきた。長い毛の中に埋もれているのは、覚え立ての変化(へんげ)で人の姿になった平助だ。
「私は、あなたの母ではないので乳など出ませんよ」
腹の辺りを懸命に押しているが、生憎とそうされたところで彼に提供出来るものなど何もない。狐の顔では笑みも浮かべられないが、気持ちだけは苦笑を浮かべていうと、平助は長い山崎の毛から顔だけ出して「しってるよぉ」と口を尖らせた。
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