爪切りその2バシャッ、と頭から湯をかぶる。
湯が滴る背中がチリッと痛む。あれ、なんだっけ。最近、怪我したっけ?
頭をぐしぐしと洗ってから、身体を捻るけど見えない。
あ。
昨夜の禰󠄀豆子ちゃんを思い出す。
かわいく鳴いて乱れて甘えてくれて、それはそれは本当にかわいかった。最後、ぎゅううってしがみついて背中に手を回してくれたとき。引っ掻かれたんだろうな、俺も必死だったから気付かなかったけど。禰󠄀豆子ちゃん、気持ちよさそうなのに逃げようとするから、ついつい捕まえて逃げられないようにしたくなる。涙目で見上げられて、ぜんいつさん、ぜんいつさんって呼ばれるのが、たまんなくて。
う、やば。思い出すだけで、こんな。風呂場から出られなくなっちゃうよ。湯に沈んで、煩悩を払う。払おうとすればするほど、煩悩に満ちていく。ダメだねー、俺の脳みそ。やばい、のぼせそう。
身体を拭くと、寝間着を着る。まだ暑いから、もう少し風に当たりたい。上半身だけ出して、ちょっと前屈みになって縁側に向かう。
うちわで扇ぎながら涼をとっていると、愛らしい禰󠄀豆子ちゃんの足音が聞こえてきた。
「善逸さん、上がっ…きゃっ!」
「え? あ、ごめん…暑くて…」
「ご、ごめんなさい、びっくりした…」
「そうなの? もう見慣れたんじゃない?」
「み、見慣れてなんて…!」
かぁぁぁわいぃぃい禰󠄀豆子ちゃん! ドキドキしてるのが聞こえる。でれぇ、と顔を崩してると、禰󠄀豆子ちゃんが何かに気付いたように近づく。
「あれ、善逸さん、ここ…怪我してる」
「あ。ああ、いいんだよ、それは」
「どうしたの? こんなとこ…引っ掻かれたみたい…お薬、塗ろうか?」
「んー、そのまんまでいいよぉ。名誉の傷だから」
ウィヒヒ、とニヤけると禰󠄀豆子ちゃんが心配そうに首を傾ける。
「でも、服も破れてなかったのに、そんなとこ…怪我するなんて……あ」
言いながら、禰󠄀豆子ちゃんも気付いたみたい。みるみるうちに顔が赤くなる。
「も……もしかして…」
「うへへ、だから名誉の傷なんだって。気にしないでよ」
「きゃーっ! ご、ごめんなさい! ごめんね善逸さん!」
オロオロする禰󠄀豆子ちゃんがあんまりかわいくて、おいで、と呼んで抱き寄せる。
「ちっとも痛くないし、むしろ嬉しいくらいだから」
「うう…ごめんなさい、私も、あの、えっと、いっぱいいっぱいで…」
「そうなの? どんなふうになっちゃうの?」
「え、ええと……って恥ずかしいよ! こんな話!」
「ええー? 聞きたいなあ」
「うう…と、とりあえず、私も…爪のお手入れしようかな…」
「してあげるよ、こっち座って」
鼻唄を歌いながら、ウキウキとヤスリを取りに行く。向き合うとやりにくそうなので、同じ方向を向いて禰󠄀豆子ちゃんを足の間に座らせる。後ろからぴったりくっついて、禰󠄀豆子ちゃんのかわいらしい手の爪を手入れする。鬼の頃の禰󠄀豆子ちゃんとは違う、普通の女の子の手だ。あの頃の手も好きだったけどね。
禰󠄀豆子ちゃんからも、ドキドキしてるけど幸せそうな音がする。背中に傷が付くのも、悪くないどころか歓迎なんだけどねぇ。あったかい、禰󠄀豆子ちゃんを抱きかかえる。幸せだなぁ。