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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    始+仁、狐と鬼 ワンライのお題より「白雪と銀世界」「本音に隠れた嘘を見つけて」

    「一つだけでいいのか?」
     確かめながら彼はもう思考の海に沈んでいた。口元に手を添え、俯いた彼が頷いた俺を見たかも定かじゃない。その間にも俺の口は嘘を塗り隠す“本当”を紡ぎ出す。
    「ずっと世界が壊れればいいなと思ってた。邪魔ばっかする周りみーんな、いなくなればいい。でもそんなの無理だからせめて一人になりたい。誰もいない真っ白な世界って憧れるよな?」
     彼が嘘を見つけたらそれで終わり。ここから離れて家に帰るだろう。見つけられない間は足止めになって長く一緒にいられる。
     一人言には耳も貸さず、周りを見渡しては観察と思考を繰り返している彼。昨日降り積もった白雪が広がる銀世界を見て、どんな答えを出すのか楽しみだった。
     足下の雪を掬って、丸く握りこんだ雪玉を天に向かって投げる。
    「確かに誰もいないな」
    「静かでいいだろ? 大勢で賑やかにやるのも楽しいけど、一人も好きなんだ。人がいないから読書や日向ぼっこが捗るし」
    「これだけ積もってると寒くないか」
    「日向ぼっこは無理かな」
     放り投げた雪玉は落ちてこない。おどけて肩を竦めた俺を見やって、しかし何も言わずにまた探索を続ける。真っ白な世界に点々と彼の足跡が残る。サクサク。
     しゃがんで雪に埋もれた地面を掻く。掻いても掻いても白い地面。穴の中すら真っ白。どう考えても普通じゃないこの世界を、軽薄な俺は喜んで、真面目な彼は困惑していた。だから親切に教えてやったのだ、
    『嘘を見つけたら帰れる』と。
     断言した俺を訝しんで、何も言わずに黙り込む。信用出来なくとも、彼は埋もれた嘘を探すしかなかった。
     目下の銀世界をグルグルと周る彼の影を遠目にほくそ笑む。学校のグラウンドと思しき白い世界は果てがなく、そこに在るはずの校門にすらたどり着かない。
    「嘘なんてある訳ないのに」
     嘲笑は、歩き回る彼の耳には届かない。
     有るとすればそれは俺自身に。
     白い世界に立つたった一人の嘘つきを絶てば、ここはたちまち壊れるに違いない。気付いた彼はきっと手を下してくれる、その手段もある。
    「一ついいか?」
     戻ってきた彼が眼前に立っていた。なに、と目を細めた俺の笑みを凛とした声が断ち割った。
    「あの小さいのはどうした」
    「小さいのって?」
    「退魔の刀を持った男子生徒がいるはずだ、お前と同じ制服を着た。奴はどこへ行った?」
     白いシャツを彼は警備帽の奥からねめつける。当然行き着く疑問に、口の端をつり上げて返した。
     世界が変質する前に彼が会った人間は二人。それが一人に減っていれば誰だって気付く。でもちょっと遅いよな。
     鋭い眼光に貫かれながら、軽い口調のまま続けた。
    「新のこと? アイツならずっとここにいるけどな
    「何だと」
     警備帽を目深に被ってはいる顔は気色ばみ、肩を怒らせるのが分かった。
    「ずっとだと? いつからだ」
    「いつからかなあ、今日の放課後? 昨日? いや一昨日かも。この雪だから早く見つけてやらないと凍え死んじまうな、ハハ」
    「ふざけるな」
    「早く探した方がいいんじゃないですかー? 怪異のアンタには分からないかもしれないけど、この寒さは本物なんで。放っといて本当に死んでも知りませんよー先輩?」
    「軽口はいいからさっさと出せ」
     襟首に掴み上げた彼の方が驚いていた。制服から伸びる冷たい腕、怪異とほとんど変わらない俺の体温に。人間では到底あり得ないことに気付いて、彼は元の静けさを取り戻す。
     腕を下ろした彼と正面から向き合う。
    「……この世界でお前は何がしたい?」
    「悠長に喋ってていいんすか?」
    「答えろ」
     彼がいくら手を尽くしても新は見つかりっこない。俺がアイツを隠すからどれだけ探したって無駄なんだ。
     ここは大事な大事な「たからもの」を閉じ込めるための銀世界だから。
    「先輩は、ここがどうして雪景色か解ります?」
    「余計な音がないからか」
    「それもあるけど、たとえ人が死んでも雪の下なら綺麗なままでしょ。俺、他人の醜い姿はもう飽き飽きしてるんすよね。だから綺麗なものに憧れる。醜いものを全て覆い隠してくれる世界、サイコーだと思いません?」
    「俺はそうは思わない」
    「あらら、残念。やっぱり解ってもらえないかー。だからアンタには『嘘』が見えないんだよ」
     跪いて白い地面を覗き込む。掘っても掘っても続く白い穴の中には、隠されていた嘘が眠っていた。
     人間より怪異に近い、初めて出来た友人。俺の大事な「たからもの」。
     掘り起こされた体に近寄った彼が、雪を払うのを無表情で眺め下ろしていた。
    「呼びかけてやったら?」
    「……」
    「分からないんでしょ、名前」
     俯いた警備帽の影が深くなる。俺がさっきから口に出していたのに名前が出てこないんだろう。茫然と気落ちする彼に追い討ちをかける。
    「あのさ、アンタ勘違いしてるから教えとくけど、俺とアンタがいつ出会ったって? そんな事実は一切ないだろ。そっちが何を覚えてようがこっちには面識なんかないんだけどな?」
    「なに?」
    「嘘なんか探したって最初からない。だってここはアンタの風景だから」
     大事なものを失った少年は、知らずに心を凍てつかせる。雪に覆われた陽の昇らない世界。失くしたものは、彼にとって太陽のようにかけがえの無いものだった、代わりはない。
     冷たい風が警備帽の奥から少年の素顔を晒け出す。
     人の子の憧に映るのは真実の姿、横たわるのは狐面を付けた怪異。後ろでバサリと着物の袖を揺らす音がした。
    「お前は……」
    「ただの鬼だよ。そっちのは狐。見ての通りどちらも怪異だ。アンタの探してる奴じゃなくて残念だったね」
     地面を指差し、黒い目隠しの奥でいやらしく笑う。弱い人間は黙って目線を逸らすだけだ。
     サク、と草履の下で雪が鳴る。狐の小さい肩を抱き起こして、支えたまま立ち上がった俺を視線が追いかける。
     彼は何も言えない、引き止められない。鬼の怪異は非力な人間の無様さをせせら笑う。
    「俺の勝ち」
    「……っ」
     動けない彼に背を向けて足を踏み出すと同時に、一陣の風が辺りを撒き散らし、元の薄暗い廊下を取り戻した。



     廊下を少し進んでから現れた小さな人影――狐の怪異に気付いて片手を上げる。
    「夜の見回り? 精が出るね」
    「……それは怪異か?」
    「ああ、お前の姿真似て……」
     訊いといて説明を待たずに抜いた刀を突きつけてくる。斬られては適わないと影に戻って離れていく怪異を見送ってから、ようやく刀を鞘に収める音がした。
    「人の姿を遊びに使うな。悪趣味な」
    「いいだろ、別に」
     俺のだ、て見せつけるくらい。諦めろって引導を渡すついでだ。お前の望むものはここには無いよって。
     彼の心残りは多分、逢魔ヶ時の世界が奪ったからもうない。それでも探さずにはいられないほどに満たされてないのだ。心を凍てつかせ、校舎諸とも銀世界に変えてしまうほどに。
     誰かが身を呈して遠ざけ、守ったんだろう。二度とこの世界に迷わないように、それだけを願って。
     しかしその願いは届かず彼はここにいる。守った相手の願いなど露知らず、異界に身をやつす姿は哀れで滑稽だ。
    「人間で遊んで楽しいのか」
    「楽しいよ。お前も一緒に遊ぶ?」
     狐は黙って首を横に振るだけ。基本的に無干渉だから、同意も非難もぶつけてこない。乗ってこないと安心して誘う振りが出来る。静かに立っている彼の隣は心地よかった。
    「じゃあ祭り行こうぜ、祭り。今日はどこにあるかなっと」
    「三階」
     華奢な肩に馴れ馴れしく腕を乗っけて、そのまま歩き出そうとした肩に細い指が触れる。俺の肩から袖口を狐の手が払うと、パラパラと暗闇に何かが煌めいた。雪だ。
     初秋の中の、言うなれば季節外れの雪遊びか。
     ありがと、と首筋に口を寄せる。狐面に隠れた唇の代わりに肌に赤い跡を残す。
    「……君が痛い目に遭っても俺は助けないから」
    「分かってるよ」
     彼が刀を振るうのは襲われてる人を助けるため、それ以外は無干渉。分かりやすくて助かる。人間に害を為さない振りさえしていれば隣にいられるから。
     陽が落ちた廊下で一人、さっきの人間は何を思ってるだろうか。雪景色は晴れることなく閉じ、後には何も残さない。
     少年も鬼もそれを忘れて帰っていく。

    2015.12
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