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    kokonattu_cmps

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    kokonattu_cmps

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    サイエンス部が実験に失敗してドタバタする話、1。

    サイエンス部微騒動「なぁルーク、これどう思う?」
     トレイが栓をした試験管を持って、薬品を探すついでに棚の整理をしていたルークに話しかけた。
    「おや、これは……。……おかしな香りはしないね」
    「さっき俺も匂いを見たが、人体に有害なものは入っていないはずだ」
     ガラスの中には赤い煙が満ちている。ルークがトレイに栓を開けるように促して、瓶を手で仰ぐようにして軽く匂いを嗅いだ。
    「………」
     瓶の前で目を閉じてジッとした後、ルークは腕を組んでうーむと考える素振りをした。この香り、この温度、この濃度……あまり目新しさはなく、授業や部活でも同じような魔法薬を扱ったことがある。しかし、少し珍しい匂いがする。
    「映画部の手伝いで、植物をワッと生やして……色を変えるやつが必要だって言ってただろ。それを試してたんだが……」
     キュ、と瓶にゴム栓をした。ルークは換気のために窓が開いているのを確認した。さっきの匂いが植物に効果を及ぼす部分だろうか。
    「成長促進と、色変え魔法の応用というわけだね。しかし、なぜ気体に?」
     瓶を試験管立てに入れて、紙やら瓶やらが散らかった机の上を、話しながら軽く整理した。
    「色々試してみてるんだ。でもこれは……失敗って感じはしないけど、植物にあまり効き目がない」
     ルークはその動きをなんとなく目で追いながら、この薬のレシピが書かれているらしい紙を見る。教科書にでも載っていそうな、非常に整理された書き方だ。
    「分量が間違っていたのかな。それとも何か不純物が……」
     すると、不意にこちらを向いたトレイが、ルークの顔を見てスーッと青ざめた。ルークはトレイの額に大粒の冷や汗が浮くのを見た。
    「おや、何か」
    「ル、ルーク、髪がっ!」
    「ん?」
     慌てて放り投げるように瓶を置き鏡を探し始めた。珍しく取り乱すトレイに危機感を感じて、ルークは棚のガラスで自分の姿を確認した。その姿に思わず目を疑う。金髪の髪はてっぺんから徐々に綺麗な赤色に染まっていて、それはさながらハーツラビュルの薔薇のようだった。
    「ト、トレイくんっこれは」
    「クルーウェル先生に連絡しないと。体に異常は無いか」
    「あぁ、変色以外に異変はなッ、あっウヴッ」
     呻き声と共にギュッと眉を歪ませて、自分の手袋を引っ掴んで床に叩きつけるように脱いだ。
    「はぁっ、はぁ……こ、これは……」
    「どこか痛むか」
     ルークは自分の手を裏表に返しながら見つめた。まるでマニキュアを塗ったかのように赤くなった爪が、じわじわと伸びている。急に指先が痛んだのは、爪が真っ直ぐに伸びようとしたのを硬い手袋が拒んだからだろう。トレイはルークの手と髪を見て、目を見開き固まっていた。
    「オーララ。指先が急に痛んだが、手袋を外したらおさまったよ。あぁ、それとなんだか頭皮がむず痒い。爪が赤く染まり伸びたということは、赤い髪も今伸びているんだろうね」
     そう言いながら、視界が徐々に赤いツタで覆われていくことに驚いた。慌てて振り払うと、それは伸びた前髪だった。
    「あ、あぁ……とにかく、先生を」
    「仔犬ども! 窓を開けろ、薬を出せ!」
    「先生!」
    「クルーウェル先生!」
     今から呼んでくるはずの声が部屋の入り口から聞こえてきて、2人は思わず同時に振り返った。分厚い白黒のコートに赤い鞭を持ったサイエンス部の顧問が急ぎ足で実験室に入ってきて、別人のようになったルークを鋭い目つきで睨んだ。ルークはそれを見て、安心した表情と、本当に申し訳なさそうな表情を複雑に浮かべた。カッカッカッカッと尖ったハイヒールを鳴らしながら実験室に入り、ルークの目の前で止まって、頭のてっぺんから靴の先までじろじろと見た。トレイは慌てていつも開けない奥の方の窓まで魔法で全開にした。
    「あぁ、クルーウェル先生。確か変身薬を個人で造るのは違法行為でしたね。本当に許されないことをしてしまった」
    「Bat boy………お前たちはそれをわかっていてやるほどは馬鹿じゃないと思ってる」
     肩まで伸びた前髪を耳にかけると表情ががはっきりと見えるようになって、声と顔はいつもと変わらないルークハントだとわかって少し安心した。
    「先生、それを作ったのは俺です。まさか人体に影響が出るなんて……」
     トレイは先生に一体何て言われるかとドキドキしながら言った。
     体の一部の色を変える薬は特別珍しくもない。それがなぜ、2人がこんなにも取り乱したのかというと、人への影響が出たからだった。本来は植物にのみ効果を発揮するはずのもので、正体不明の薬品ほど恐ろしいものはない。材料もおかしな組み合わせはしていないはずだし、まさかルークが死ぬなんてことはないだろうが……と、これから一体何が起こるかわからない不安で、トレイは内心かなり焦っていた。ルークは隣に立つ学友の心拍数の急上昇をビリビリと感じた。
    「ルークハント、体調に異変はないか」
    「はい、頭髪と手の爪がそれぞれ変色、成長したこと以外に異変はありません」
     クルーウェルがルークの体のあちこちを触ったり抑えたりして「痛くないか」「はい」という問答を何回か繰り返す。その途中でトレイの方を一瞬見ると、トレイはハッとして部屋の奥へ走った。机の上に積まれた紙束をガサガサとやって、落ちそうになった一枚の紙を拾って「あった!」と心の中で叫んだ。それを抱えて、またクルーウェルの元へ走る。足音を聞いて、クルーウェルはルークから目を離さずに手だけ差し出した。
    「薬の材料と作り方をまとめたものです」
    「きちんと記録を取っていたことは褒めてやろう。実験は真面目にやっていたようだな。一体何を作るつもりだったんだ」
     トレイからレシピの紙を指2本でピッと受け取ると、端から端までザッと目を通して「ふん……」と言った。トレイとルークは激しく怒られる覚悟をして、無意識に唾を飲んだ。
    「映画研究会の手伝いで使うためのものです。植物を急激に成長させ、色まで変えてほしいとのことで……」
    「植物に使うのに人間に効果が出るのは何か根本的に間違っている。改良の作業に俺も付き合ってやろう。ハントは……これなら、明日の昼頃には元に戻るだろう。確かにこのレシピ通りなら、お前たちが作りたがっていた薬はできたはずだ。恐らく不純物が混じったんだろう。最近は居残りの生徒の忘れ物や余った材料の放置が多い。それにしても、植物の次に人体で実験をするのは感心しないな」
    「本当にすみませんでした」
    「私も軽率でした。命に関わることでなくて本当に良かった」
     トレイは怒鳴られずに済んで少し安堵した。
    「全くだ。2人とも明日中に反省文を提出するように」
    「はい」
     まさか反省文だけで済むとは、と安心したところで、クルーウェルが「それと___」と言葉を継ぐ。
    「この薬の解毒剤を作れ。明日の2限にある錬金術の授業は免除だ。タイムリミットはハントへの効果が切れるまで。明日の昼休みまでに、反省文と一緒に魔法薬のレシピ、魔法薬の実物と元に戻ったハントを連れてこい。それができれば、錬金術の授業の成績は下げないでおいてやる。この怪しげな薬は没収、レシピは複製させてもらう」
    「! わ、わかりました」
    「なんともサイエンス部らしい課題だね! この髪と爪を元に戻すには………」
     ルークはパッと笑顔になって、伸びた髪を長い爪で梳いた。ポッケから髪ゴムを取り出して、赤くて長い髪を結んだ。いつもの倍以上長い髪を、いつもの倍以上伸びた爪が結ぶのを邪魔して少し手間取っていたが、すぐに済んだ。クルーウェルはトレイから赤い煙の入った小瓶を受け取り、周りを見渡して他に異常がなさそうなことを確認してから、また小気味いい足音で実験室の扉まで来たところで、パッと振り返りビシッとルークを指さした。
    「それと、赤い駄犬は他の先生や生徒にその姿を絶対に見られないようにしろ」
    「ムシュー、それはなぜです?」
    「無許可の変身薬は違法だからな」

    「さて……私は一晩中でも作業したいところだが、トレイくんはどうかな?」
    「それは構わないが……今何時だ?」
    「ん? ……あぁ! 今は午後6時だ。そうか、今日は軽音部が見学に来るんだったね!」
    「そうだ。なんとかして断らないと……」
    「ふふ、1人手強そうな相手がいるね」
     そこで、ちょうど扉の外から賑やかな話し声とのんびりした足音が聞こえてきて、2人は同時に部屋の入り口の方を見た。
    「リリアちゃん今度は何するつもり〜?」
    「くふふ。ここにはあのルークもおるからの。あやつらが手伝ってくれれば、きっとNRC史上最高のライブになるはずじゃ!」
    「リリアの演奏、いつもすごいからなぁ。今度もすっごく楽しみだ!」
     2人は顔を見合わせて、ルークは窓とカーテンを閉めトレイは備品の詰まった箱やパイプ椅子を扉の前に積んだ。トレイが本棚の端を持つとルークは反対側を持って、扉の前まで2人で運んで、ドンと鈍い音を響かせて置いた。それから、ホワイトボードやら生徒の忘れ物やら机に積まれた本やらを全部扉の前に持ってきて、徹底的に塞いだ。トレイが仕上げに魔法で物を固定しようとしたが、ルークがそれを止めた。魔法の使用はバレる可能性があるし、ディアソムニア寮の副寮長に怪しまれたら、もう何を隠しても無駄になるかもしれない……とお互いに思った。
     2人が扉の前に積まれたものたちに背中を押し当てて待っていると、「たのもー!」という大声と共にドアノブが回された。その勢いや凄まじく、音だけで、もう少しでドアノブが折れるんじゃないかと思うほどだった。
    「おや? おらんのか。おーい、可愛いワシらが来たぞ、ルーク! トレイ!」
     ドンドンドン! かなり強めに扉が叩かれる。その振動は物から床から全身に伝わってきて、ビリビリと体が震えた。トレイはゆっくりと深呼吸をして、チラッとルークの方を見た。薄ら笑いを浮かべていた。本人は「落ち着いて頑張れ」という気持ちなのかもしれないが、カーテンを閉め切っていて薄暗い実験室では少し不気味に見える。その間もリリアの呼びかけと激しいドアパンチは続いていた。リリアの声を遮らないように、慎重にタイミングを測って話しかける。
    「あ、あぁ、リリアか。せっかく来てくれたとこ悪いんだが、さっきまでの実験で少し不具合があって、今、後処理をしてるんだ。見学は明後日でもいいか?」
    「えぇーっ、トレイくんたち大丈夫?! あの2人が失敗って、意外なカンジ〜」
    「おぉ、そうじゃったか。なんともバットタイミングじゃのう」
    「そんなに大変なのか? だったらオレたちも手伝うよ! 人手は多い方がいいだろ? オレたちも今日は暇だしさ!」
    「え」
    「そうそう、サイエンス部の為の時間だもんね」
    「カリム、ナイスアイデアじゃ!」
    「それは……」
    「あぁ、いけない!」
     軽音部の押しの強さにたじろぐと、ルークはそれを跳ね除けるように叫んだ。ギョッとしてルークの方を見ると、手を高らかに掲げて、今から歩いて劇でも始めそうな雰囲気だった。
    「今この部屋には有害なガスが満ちているんだ! 戸も窓も閉め切って、私たちが外に出ることさえままならない。私たちにはガスマスクがあるけれど、君たちがこの部屋に入れば何が起こるかわからない……。どうか我々を悲しませないためにも、今日の約束を取り消しにしてもらいたい!」
     よく響く声で朗々と語った。ガヤガヤと喋っていた軽音部も、ルークの演説が終わるとシーンとして、その静けさはまるで学園全体がルークのために黙っていたみたいだった。
    「そ、そうか……。それならば仕方ないのう。一体この扉の向こうで何が起こっているのかはわからんが……健闘を祈るぞ」
    「ルーク……そんなにオレたちのためを思ってくれたなんて、嬉しいよ! わかった。みんな、ここに来るのは明後日にしよう!」
    「うんうん、ここまで言われて無理矢理手伝うのも悪いよね〜。じゃ、また明後日! トレイくん、帰ってきたら実験の話聞かせてね」
     各々サイエンス部に別れの言葉を告げて、またガヤガヤと帰っていた。のんびりした足音が完全に聞こえなくなるまで、黙って気配を殺していた。それで、扉に耳を立てても廊下から物音がしないことがわかると、2人同時に「ハァ〜〜〜………」と大きなため息をついて、その場に座り込んだ。
    「あぁ、実にスリリングな時間だった! 私はもう、いつリリアくんが窓を破って入ってくるかと思うと一時も落ち着かないよ!」
    「ま、窓から?! 確かにリリアならあり得るか……」
     ルークはスッと立ち上がって、「さて」と言った。トレイもそれに続いてどっこいしょと立ち上がる。物は全部扉の前に固めてあるので、机の上は妙にスッキリしていた。
    「さぁ、本日のサイエンス部、第二部の始まりだ!」
    「はは、第何部になったら終わるかな……」
     外は日が暮れ始めていて、薄暗かった実験室は、夜の闇に反比例するように電気が明るく照らしていた。


    変心薬についての説明(ほぼ捏造)
    また、色変えと成長促進のそれぞれの薬品は変身薬には該当しないが、その2つが植物以外の生物に対して同時に効果を及ぼすとき、外見への影響が大きくなるため変身薬と認定される。現に、今のルークハントは、黙っていればすれ違っても知らない生徒だと思われるだろう。変身薬は希少で高価な上、体への負担が大きかったり犯罪に使用されたりすることが懸念されるため、個人での精製は規制され、通常は然るべき機関から処方される。
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