ある日を境に、相手を注視するようになったことに気がつく。この目線の動きには明らかにやましい気持ちが含まれている。一つ一つ自分が抱く気持ちを丁寧に見てやれば、いつの間にかよく晒されるようになったあの手首を掴みたいとか、揺らめくワンピースの裾が短すぎるから毛布をかぶせたいとか、いや服が邪魔だ全部剥がしたいとか、この喉の乾きをあの口元で癒したいとか、とにかく複雑怪奇だった。多大なる矛盾、不可解にまみれた感情を独力でいなすのは骨が折れる。ラキオはため息をついた。
「夕里子、ちょっと来て」
冷蔵庫のまわりをうろうろしていた足が止まり、一口サイズのゼリーを口に含んだまま、黒髪が揺れた。
もくもくと咀嚼も要らないようなゼリーを噛み、飲み下す。
その喉の動きすら逃すまいとする視覚の動きを感じる。
彼女は素直にぺたぺたと足音を鳴らしやってきた。最近購入したルームシューズが無防備な足の先だけを覆っている。
サテン生地のシンプルな服越しに肩に触れると、ようやく意図を察したのか、真っ黒な目がゆったり瞬いて、ラキオを写した。
「……たぶん、ソーダの味がしますが。歯を磨いてから行うべきでは」
別に構わない、と伝えるのは必要なことではないだろう。
今の口ぶりからして、行為自体に拒否はない。ただ、ラキオが普段散々準備してから臨みたいものだと理解されていただけだ。
唇をつけると、そこからふざけた電流が全身を刺激する。後頭部や背中が熱くなった感覚に駆られる。
舌にソーダの不健康な甘さが広がった。人工的に作られた甘さだ。それすら不快と捉えられない、深刻な状態。後々後悔するのはわかっているのに、顔にかかる相手の甘い吐息ひとつで理性が揺らめく。
ソーダの味がほとんどしなくなるほど粘膜を触れ合わせ、液体を飲み下し、ようやく口を離した。
口の周りがベタベタする。
「ずいぶん理性に欠けること」
「否定は出来ないね」
顔面にティッシュが押し付けられた。机上に置いてあったものだろう。それで口元を拭い、再度顔をあげる。ラキオは笑った。
「君もそこそこ欠けてるンじゃないの」
やかましい、と帰る声は弱い。りんごのような頬をつついてやろうと手を伸ばすと、それなりの強さで叩かれた。