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    nanase_n2

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    9月WEBイベント用イザマイ原稿進捗です

    #イザマイ
    isamai

    イザマイ原稿都心から少し外れた場所にある巨大な屋敷の前に、万次郎はいた。
    インターフォンを鳴らしてしばらくすると、屋敷の主らしい着流しの男が出てくる。白髪交じりの髪を綺麗に撫でつけ、口元に豊かなひげを蓄えていた。
    男は『S.S MOTORS』のロゴの入ったキャップの上から、万次郎の頭をがしがしと撫でた。
    「おー、真一郎のとこの坊主だな」
    万次郎はやんわりとその手を振り払う。
    「……もー、やめろって。それより納品のサイン頂戴」
    万次郎はツナギのポケットからボールペンを取り出して男に渡した。
    男はふむと頷く。それを見計らったように、屋敷の勝手口からわらわらと黒スーツの男達が出てきた。
    彼らはきびきびと動き、軽トラの上に積まれた二台の単車を手際よく地面に下ろした。
    屋敷の奥の駐車場へと見る間に運び込んでいく。
    「……サインってここでいいのか?」
    聞きながらも、万次郎の返事を待たず太い指がすらすらと名前を書いた。
    手首にはブランド物の腕時計、そして指にはダイヤのはまった金の指輪がいくつもあった。
    「なぁ、バイクは確認しなくていいの?」
    万次郎は書類とボールペンを男の手から受け取って尋ねた。
    「……真一郎の仕事は信用してるよ。お前さんの兄貴だろ」
    「うん」
    「うちの息子にも、バカな乗り方はせんように伝えておく」
    黒スーツの男たちが運んでいくバイクを男は顎で指した。
    そういわれると万次郎も悪い気はしない。この男と真一郎の関係はよく知らないが、万次郎は『S.S MOTORS』で修理したバイクを届けることが仕事だ。それ意外に興味はない。
    男は懐に手を入れて、厚みのある茶封筒を万次郎に渡した。
    「これは代金。ちゃんと兄貴に渡せよ」
    男は恰幅のいい体を揺らして笑う。
    万次郎はちらりと封筒の中を見る。書類に記載されている金額より、紙幣の枚数はずいぶん多い。
    「……なんか多すぎねぇ?」
    「駄賃だ。取っておけ」
    男はそう言うと、万次郎の返事も聞かず門の向こうへ消えていった。
    勝手なオッサン、と万次郎はキャップを取って頭を掻いた。
    小遣いにしては多すぎるし、いまだに金を使う遊びは不得意だ。
    後で真一郎に相談するか、と万次郎は軽トラの荷台を片づけた。
    「よし」
    荷台からひらりと飛び降りてゲージをロックする。空はもう茜色をしていた。
    日が暮れれば風も少しひやりとする。閉店時間までに戻らないと真一郎が心配する。
    もう免許も持っているし、来年は二十歳になる。だが真一郎の中ではいつまでも子供に見えているのに違いない。
    それは『もう一人の兄貴』についても同じだろうけど、と万次郎は苦笑する。
    「……おい」
    男の低い声が側で聞こえた。
    軽トラの運転席に乗り込もうとしていた万次郎は振り返る。
    「…………」
    気づけば四、五人の男に取り込まれている。
    派手なシャツに下品なアクセサリー、どこからどう見てもチンピラだった。
    その刺青の入った腕が、ドン、と運転席のドアを押さえた。
    もう一人の男が横からキャップを取り上げた。万次郎の顔があらわになる。
    「へぇ、カワイイ顔してんじゃん」
    にやにや笑うその顔を万次郎は見上げた。万次郎の身長が低いこともあって、この手の連中は侮ってかかる。
    下らなすぎて、怒る気にもならない。
    「……何だ、テメェら」
    万次郎の言葉に男たちは、男かよと舌打ちする。
    しかし、彼らの目的は別にあるようで、万次郎を取り囲む輪をさらに小さくした。
    「さっき、ここの旦那さんから、封筒受け取ったよねぇ?」
    「オレらにちょっと貸してくれねぇかなぁ、後で返すからさ」
    ずい、と万次郎の鼻先に手を差し出す。その手にはガラクタみたいな時計に、金メッキの指輪があった。
    自分より弱い者しか相手にしたことのない、くだらない連中だ。
    万次郎は小さくため息をついた。こんな連中を蹴散らすのは訳ないが、真一郎から喧嘩するなと止められている。
    それに、いわゆるお得意さんの家の前でもめ事は起こしたくない。これも真一郎の怒られそうだ。
    万次郎が逡巡している少しの間に、一番後ろにいた男が小声で囁いた。
    「おい、こいつ、東卍のマイキーじゃねぇ?」
    「えっ、あの、『不死身の』って言われてた……」
    『無敵の』だバカ、と万次郎は心の中で言い返す。
    「そんなもん、昔の話だろ?」
    「いいから皆で畳んじまおうぜ」
    やっぱそうなんのか、万次郎は身構える。
    気は進まないが、戦わずして店の売り上げを奪われるわけにもいかない。
    「……おい、テメェら。『不死身の』ってのはオレのことだろ」
    良く通る声が万次郎の耳に届く。それと同時に、聞きなれたバブのエンジン音が聞こえた。。
    その場にいた全員が、一斉に振り向いた。
    「イザナ!」
    そこには万次郎と同じく『S.S MOTORS』のツナギを着たイザナの姿があった。
    彼はひらりとバブから下りる。
    切り揃えた銀髪に、褐色の肌、特徴的な耳飾りは、その辺のチンピラでも見間違うはずがない。
    エキゾチックな美しい面立ちを、イザナは怒りにゆがめた。
    「どこのどなた様だァ?オレの可愛い弟に手ェ出したやつは」
    筋が外れたことをしなかった東京卍會と違い、イザナの天竺は極悪チームとしていまだ知れ渡っている。
    「お、おい、イザナだぜ……」
    「やべぇぞ!?」
    男たちは青い顔をして顔を合わせた。
    彼らが逃げようとするより、イザナの方が早かった。一人に標準を定めると、ひらりと飛び上がり見事な飛び蹴りをお見舞いする。
    男は吹っ飛び、屋敷の壁にどかんと大きな音を立てて叩きつけられた。
    イザナの耳飾りが、カラン、と音を立てた。
    「……おっ、オレたちは、まだ何もしてな」
    弁解に出てきた男の顔面にイザナはストレートで拳を叩き込む。
    男は噴水のように鼻血を吹き上げて、後ろに倒れこんだ。
    動揺して逃げ出す者にも容赦なかった。こうなったらイザナは止められない。
    「……イザナのやつ……」
    万次郎はその様子を横目に軽トラックの運転席に乗り込んだ。
    キーをひねってエンジンをかける。
    五分もしないうちに、男たちの声は聞こえなくなった。サイドミラーを見ると、道路に折り重なるように倒れていた。
    あとは、一連の騒ぎを監視カメラで見ていた黒スーツたちが何とかするだろう。
    イザナは軽トラの荷台に乗ってきたバブを勝手に積み込むと、助手席に乗ってきた。
    「何だよ、イザナ。オレが穏便にすまそうとしてたのに」
    万次郎は呟く。
    「穏便?どこがだよ。オレとやることは一緒だろ」
    イザナは笑いながらシートベルトをかけた。イザナとこの『弟』と考えることはよく似ている。
    まぁ、それはそうだけど、と万次郎は呟いた。
    イザナは男たちから取り返したキャップを万次郎の頭にかぶせた。
    「だから、一緒に真一郎に怒られてやるって言ってんだよ、万次郎」
    「何だそれ、イザナが暴れたかっただけだろ?」
    するとイザナは万次郎の額を小突いた。
    「生意気だぞオマエ。優しい兄貴に感謝しろよ」
    「……知らねぇよ、もう」
    万次郎はため息をつくと、真一郎の待つ『S.S MOTORS』へ軽トラを走らせた。
    イザナの言う通り、一人で怒られるのを覚悟するより気は楽だ。
    イザナもそんな弟を見るのは、まんざらでもない気分だった。

    (続く)
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