無題浜へ打ち上げられ、打ち寄せる波を被る、重く指一本動かない身体に現実を感じた。
死後の世界……ではないらしい。
「負けはしない」と宣言したのに、それすら私は果たせなかったようだ。
全ての生命力を賭した攻撃だったのを使い切らなかった。
奴も死に至るダメージとはなっていないだろう。
確信はないが、奴が生きていることを感じ取っていた。
これまでだってそうだ。
どこかで奴は生きていると感じていた。
人族として年齢による衰えは避けられない。
勇者の家庭教師も、いつか復活するだろう奴や、同様の脅威に立ち向かえるよう後続を育成するために始めたことだ。
そうだ、理解している。
歴然の力量差に、15年募らせた燃え盛る炎に私は負けてしまった。
現役の時より劣っていることは理解していたはずではないか。
だがもっとできることがあったのではないかと己を責める気持ちが、身体を搔きむしりたくなるほどの感情が、体から吹き出そうになる。
お前の炎、しかと受け取りましたよ。
次は私がお前を迎えに行ってやる。
弟子たちの出発を遠くから見送る。
打ち損ねたことで気がかりだったが、2人の元気な姿に安堵した。
2人は私が導いてあげたい。
だが今の私では無理だ。
せめて足手纏いとならない力を、奴に負けない力を。
奴は私が……この私が……
洞窟に籠ってどれだけ経っただろうか。
下層を目指してひたすら突き進み、気が付いたら100階に到達しようというところだった。
時間の経過が分からない洞窟の中で、定期的に採るようにしていた食事の際、私の中で蠢いていた感情がとうとう噴出した。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい――――――!!!
衰えたですって?!当たり前じゃないですか!私は人族でお前は魔族なんですよ?!
しかも大魔王なんて怪しいやつから力を与えられたなんて何を考えているんですか?!
悔しかったらオリジナルの技でも編み出して見ろってんですよこの猫耳魔王ーーー!!!
こんな感情今まで持ったことが無い。
常に追いかける側だったのが、追われ抜かれる側になるとこんなにも悔しいものなのか。
15年、お前は15年間私に対してこのような、どうしようもない気持ちを持ち続けたというのか。
気が狂いそうになる炎に身を焼かれ続けたというのか。
なんという執念。
恐ろしい、と思う。だが何故かそこに安心感もある。
私のことだけをひたすらに考え、気持ちを募らせ、己の業火に妬かれ続けた奴をおもうと、体の中を駆け巡る悔しさの中に少しだけ違うものが混じるのを感じた。
目の前に広がる光景に目を疑う。
彼女の叫びから炎の中に取り残されている弟子の存在を認識し、すかさずフェザーを打ち込んだ。
すると打ち消された炎の中から現れたのは、弟子と、彼を守るように覆いかぶさる奴で。
気持ちが揺れ動く。
私はお前に追いつくために弟子たちの旅に同行することなく、修行に打ち込んだというのに。
さらに強くなっただろう奴の変わり果てた風貌。
なにより今まで対峙した中で感じたことのない吹き抜けるような気概。
そうか、お前は全てを投げうってそこまで到達したというのですね。
風前の灯火といった、四肢が崩れ落ちている奴の様子に口をキュッと結ぶ。
お前は私が、わたしが……
いつも通り顔を作り、勇気を携えた足取りで、威風堂々と歩み寄る。
驚く奴の顔を見て内心呆れてしまう。
私はお前が生きていると感じとっていたのに、お前ときたら。
ちりりと気持ちがひりつく。
今は何事も無粋、弟子に断りを入れそっと抱き上げる。
そのガタイからは想像がつかないほどに軽く、触れたところがわずかに崩れる感触に表情がこわばりそうになる。
塞き止めている感情が溢れそうになる。
必死に踏みとどまる。
憑き物が取れたような表情で奴は逝った。
私の中を駆け巡っていた感情を置き去りにして。
受け手のいなくなったこの感情を一体どうしろというのです。
ズルい、本当にズルい。
15年殺したいと怒りを募らせていた私の命を救うなんて。
その顔が見たことのない慈愛に満ちたものだなんて。
私一人で怒りを抱えて、バカみたいじゃないですか。
全てが終わって忙しく、頭の隅へ追いやっていたあの感情。
あの日のような抜ける青空を見ると忘れさせないとばかりに出てくるんです。
まるで呪いだ。
本当にひどい。
私はお前のように15年も待ってやりませんよ。
こっそりと灰から生成した青緑色に輝く石を空へ掲げ、奴から与えられた業火を深いところへそっとしまうのだ。