全部愛して。 理由は分からないが、手のひらサイズになってしまったチョロ松を社内で見つけて、助けるためにシャツの胸ポケットに忍び込ませた。
「………戻れなかったらどうしよう」
おそ松の胸元で弱音を吐くチョロ松に「どうにかなるっしょ」と気休め程度の言葉を掛ける。視線を落とした先に映る、まるい後頭部は見慣れたものなのに、あまりにも小さい。
「…とりあえず今日は休みだって先輩に伝えとけば良いんでしょお」
俺も休んじゃおっかなぁ、と節をつけながら胸元をぽんぽんとあやすと、「お前は休むな。あんま揺らすな」と二つの小言が即座に飛んできた。人よりもよく通る声のおかげか、声量もほとんど変わりがない。すごいねお前、肺活量どうなってんの。妙に楽しくなって、くつくつと笑いながらエレベーターに乗った。
「明日になったら元に戻ってんじゃないの?」
慰めのつもりで話し掛けると、チョロ松が深く息を吐き出す。
「…そんなうまくいくかな?」
「いくいく、だいじょうぶだってぇ」
「…適当なこと言うなよ」
その日一日をなんとか乗り切り、チョロ松を家へと連れて帰った。
「―――てかさぁ、何があったの」
壁が硬くて狭いから、バスルームはよく響いた。浴室と脱衣所の段差に腰掛けて、浴槽のお湯が溜まっていくのをぼんやり眺める。ズボンをまくしあげているから、足元が濡れても問題ない。
「…何がって、何が?」
「そんな面白いことになった理由だって」
まさか帰り道で大雨に降られるとは思わなかった。傘を持ってなかったので二人そろってずぶ濡れで、胸元でくしゃみを繰り返すチョロ松のことを心配しつつ、帰宅してすぐに浴室へ直行した。
あまり大きな声を出すとチョロ松が驚くかと思い、おそ松なりに気を遣って声を静めた。いまだにシャツの胸ポケットに収まっているチョロ松が、「僕が聞きたいよ」とぶっきらぼうな口調で返す。チョロ松が身じろぐたびに心臓のあたりがくすぐったかった。
「…会社着いた途端こうなったんだから」
「日ごろの行いが悪いからじゃない?」
「お前と一緒にすんなボケ」
「…俺、ちっちゃくなったことないし。――あ、そろそろ良い感じだよ」
洗面器にお湯を張って、即席の湯船を作った。入るように促すと、チョロ松があからさまに怪訝な顔をした。
「え? なにこれ?」
「チョロ松のお風呂」
「は? 僕のお風呂?」
「ご飯が先の方が良かった?」
「いや、そういうわけじゃないけど。それになんか、おそ松にそういうベタなやつ聞かれるの、すげえむかつく」
「ベタなやつってなんだよ」
つん、と頭をつつくと、チョロ松の肩が震えた。その姿を見た瞬間、ぶわわと背中が波立つような感覚がした。チョロ松のちいさなからだが目の前に、それもおそ松の手のひらにある。支配欲だとか嗜虐心だとか、けっしてフェアではない感情が押し寄せてきて困惑した。
心の奥に芽生えた感情を誤魔化すように頭を振って、「ほら早く」と胸ポケットのあたりに手を添える。勢いよく振り返ったチョロ松が、悔しそうに唇を噛みしめていたのでちょっと笑った。眼鏡の奥の眼光が鋭い。からだはちいさいけれど、目の前にいる男はちゃんとチョロ松で、小うるさいところが可愛い。
「手、乗って」
つとめて優しい声を出す。洗面器とおそ松の顔を交互に見たチョロ松が、眉尻を下げて「ほんとに?」と子どもが駄々をこねるように呟く。
「このままだと風邪引いちゃうよ?」
「…僕、着替え持ってないんだけど」
「気にするとこそこなのぉ? シャツ、ドライヤーで乾かしてあげるから」
「…お前が? うそでしょ?」
「ほんとほんと。ほら、早く脱いで」
ようやく覚悟を決めたのか、チョロ松がネクタイをほどき始める。それからシャツのボタンに手を掛け、上から順に外していく。肌とシャツが擦れる音、ベルトを外す音がささやかに響いて、正直興奮した。目に飛び込んでくる白い背中やきめ細かい素肌。見てはいけないと思うのに、なやましい情景から目を逸らすことが出来ない。
手のひらの上で片想い中の相手がはだけた姿をさらしている。そのつもりは一切ないのに、弱みに付け込んでいるみたいで居た堪れない。
「…着替え終わったんだけど」
耳まで真っ赤にしたチョロ松が素っ気なく言う。
「………なに照れてんだよ」
照れてるのはおそ松の方だけど、茶化して誤魔化すしかなかった。
「いや、照れるだろ、普通。なんで僕だけ裸なの」
ぶつぶつと文句を言うチョロ松を心ここにあらずな状態で聞いた。
あれだけしぶっていたチョロ松だったが、からだが冷えてしまったからかお湯のなかでは心地よさそうにしていた。ふたをした浴槽の上に洗面器を置き、頬杖をつきながらその様子を眺める。ちゃぷちゃぷと揺れる水面。肌を弾く水滴。「くもるから持ってて」とつい先ほど手渡されたおもちゃみたいな眼鏡は、おそ松の手の上にある。
濡れた前髪をかきあげたあと、チョロ松が洗面器のなかでひとかきし、おそ松の方へ近付いてきた。
「…僕がお風呂入ってる間、ずっと見てるつもり?」
洗面器のふちに両手を掛けて、むっとした表情で言う。ちいさい顔が火照っていた。
「…溺れたらどうすんの?」
「溺れないし」
「その確証ある? お前いまめっちゃちっこくなってんだけど」
「でもさ、やっぱり、僕だけ裸なの恥ずかしくない? お前だけずるい…お湯ためてるし、お前も入れば?」
「ずるいとかそういう問題じゃないじゃん」
実のところ、おそ松も一緒に入るつもりだったが、予想外にからだが反応してそれどころじゃなかった。平然を装いながらもどきどきばくばくと心臓はフル稼働している。
それ以上近付かれたら、なんかやばい。すげえやばい気がする。ほとんど無意識のうちに、人差し指でチョロ松の頭をとんと押すと、思っていた以上にチョロ松がよたついて焦った。
「…びっくりしたぁ………だいじょぶ?」
「びっくりしたのはこっちだわ、お前が溺れさせてどうすんだよ」
頬や額にかかったお湯を指ではらい、睨みつけてくる。小さいから、どこか迫力に欠けて、でも愛らしくて、堪らなく可愛い。
「…だいぶ温まったし、そろそろ上がろうかなぁ」
言ってからチョロ松が視線を合わせてきた。暗におそ松にお願いをしていることが分かって胸がかっと熱くなった。少なくともいま、この瞬間だけは、チョロ松はおそ松がいないと生きていけない。それはあまりにも儚くて尊かった。
さっきから心臓がうるさい。脳が痺れて、息も荒く苦しい―――。
「………ちょっと待ってて」
息を整えるために深く呼吸をしてから立ち上がり、脱衣所からタオルを取ってくる。洗面器から自力で脱出したチョロ松をタオルで包み込み、傷付けないよう頭やからだをやさしくふき取っていく。布越しにチョロ松がころころと動き回っているのが伝わってくる。タオルの上から人差し指でぐりぐりと円を描くように頭を撫でると、手のひらのなかからくぐもった声が聞こえてきた。
「…んっ、馬鹿、自分で拭けるし」
「まあ良いじゃん。甘えとけって」
「…甘えとけって、お前なあ、あっ、ちょっと、そこ、くすぐったいってばぁ… ふっ、あ、んっ…ひゃっ…」
色気のない笑い声のなかに、甘ったるい声が混ざって、胸がざわめき立った。体表面積が小さいから、すぐに拭き取ること出来てしまう。そっとタオルをめくると、乱れた髪の毛を手櫛で整えるチョロ松がいた。
つやっとした肩、赤い頬、綺麗な鎖骨、くびれた腰。順に視線でなぞる。無意識に唾を飲み込んでいた。
「―――あ、おそ松、シャツは?」
弾かれたようにおそ松を見て、チョロ松が無邪気な声を上げる。目が合った。可愛かった。思わず、美味しそう、と思った。脳が反応するよりも早く、あっと思った時には、チョロ松の胸元に指を押し付けていた。
「…おそ松? なにしてんだよ、…っあ、ん、おいって、お前…乾かしてくれるって言ったじゃん…」
「このあとやる」
「このあとってなに…? あっ…」
人差し指の腹の中央、ちいさなちいさな膨らみを感じる。摩擦を繰り返すと、兆しの存在感が増していった。同じ手の親指で反対側の胸をくにくにと弄る。チョロ松が目を瞬かせて反論したが、抑えることが出来なかった。
「…おそ松、なにして…んっ、ってちょっとお前…勃ってんだけど…」
「勃っちゃった」
「勃っちゃったって…開き直ってんじゃねえよ。なに…どうして…」
どうして、って、聞かれても。好きだから、としか言いようがない。でもいま言うのはちょっと違う気がする。好きという気持ちが有耶無耶になりそうだから。でも、好き。触りたい。いまチョロ松に触れたい。
「…チョロ松」
両手にチョロ松を乗せたまま、自分のくちもとへと運ぶ。名前を呼んでから鼻先を寄せて、「好き」と呟くと、チョロ松が「はあ?!」と声を荒げた。おそ松の鼻頭をぽかぽかと殴り、「いまのタイミング?!」とさらに喚く。
「ちっちゃくなっても好き」
「…え? どういうこと? お前、いつから…ひゃあっ…!!」
白いお腹を舌でつついて舐め上げる。舌先でおへそを弄ってから乳首へと移動し、左右同時に刺激した。そのまま脇腹や脇の下を唾液でいっぱいにし、腕や手のひらを口の中に含んで舌で包んだ。
「チョロ松…やば、なんか俺やばいかも…」
「…体中べとべとなんだけど、あ…ん、さいてぇ… ばかっ んっ…やぁ… そんなとこ舐めんなって…」
おそ松のひと口で、ひと舐めで、チョロ松の全身を愛撫することが出来る。足を甘噛みしながら太ももを撫でると、どうしたって視界に飛び込んでくる膨らみ。
「………お前も勃ってんじゃん」
「………そこまでしといてそれ言う?」
「ちんこ舐めていい?」
「は? お前口おっきいし怖い、や…やだぁ…って言ったのにぃ…あっ ぜんぶ、や… んっ…舌、ざらざらしてて… んんっ~~…―――」
おそ松の大きすぎる舌の動きだけでは刺激が乱雑なのか、全身を愛撫されながらもチョロ松が自ら扱き始めた。汗で前髪が額に張り付いていたので、小指の爪で優しく払う。チョロ松が蕩けた表情で瞬きをしたあと、ん、とくちびるを突き出してきた。
「…どしたの?」
「ゆび、そのままに…してて、僕も舐めてみたい… んっ、あっ…」
「………えろすぎだろ」
あむあむとちいさな口で必死に舐める。くちびるから覗く舌が赤い。いよいよ我慢出来なくなり、その場でベルトを外して前をくつろげた。まだ舐めていたかったのか、小指を離すとチョロ松が名残惜しそうな表情を浮かべた。なんでそんな顔すんだよ。むかつくのに嬉しい。ちょっかいをかけたくなったのでチョロ松の頬に舌を押し付けた。熱っぽい視線が至近距離でかち合う。
不意にチョロ松が「お前だからな」と勝ち誇ったように早口で言った。理由を聞く間もなかった。してやるつもりが、舌先にキスを落とされて、おそ松の方が慌てた。ぱんぱんに張りつめた自身のそこから先走りを指ですくい取り、先端を弄りつつ上下に擦り上げる。
「…んんっ…あっ、チョロ松…」
「…お前、なにしてんだよ… んっ、あっ、背中、急に舐めんなって…ぞわぞわ、する…んっ…首、は、だめってば…ああっ…―――」
ふれて、さすって、全身くまなくキスをして。そのまま同時に熱を吐き出した。
「………せっかくお風呂入ったのに全身べとべとなんだけど」
恨みがましく睨まれる。
「お前だってノリノリだったじゃん」
「そんなことないし。ほら、早く洗って」
「へいへい」
指先にボディソープを乗せて、チョロ松の背中を洗う。それにしても小さい背中だ。指先に伝わるチョロ松のからだのライン、肌の温度、心音。無言で眺めていると、何かを察したチョロ松が「変なとこ触ったらぶっ飛ばすからな」と声を張り上げた。
「怖い顔すんなよ。…と、はい、これでオッケー。お湯流すからその間手の上乗って。はい、いくよー」
なんだかんだ言いながらもおそ松に従う姿が憎たらしくていじらしかった。頭の上からお湯を掛けて泡を落とし、お湯を入れた洗面器のなかにチョロ松を誘う。
「ちょっと浸かっといて」
「ん。…どこ行くの?」
「すぐそこ。シャツ乾かすから」
鏡台の下の戸棚からドライヤーを取り出し、雨で湿ったチョロ松のシャツとズボン、パンツに熱風を当てた。同じパンツを穿くのを嫌がるかもしれないが、今日は我慢してもらおう。風が吹いている間は起動音によって、チョロ松の声がかき消されてしまう。服はすぐに乾いた。
「乾いたよ」
「え、本当にしてくれたの?」
「俺のことなんだと思ってんの?」
「いや、ごめん、ありがとう」
本当に申し訳なく思っているのか、チョロ松がしゅんと項垂れた。新しいタオルでチョロ松を包み込み拭き取る。チョロ松が浴槽のふたの上で着替えている間、預かっていた眼鏡を探した。急に盛り上がってしまったので、気付いたときには手の中から消えていた。幸いにも眼鏡はタイルの上で見つかった。チョロ松に気付かれないよう拾い上げ、スーツ姿のチョロ松に手渡す。
「………戻れなかったらどうしよう」
リビングに移動するためにチョロ松を胸ポケットの中に入れ、立ち上がったタイミングで嘆き声が聞こえた。
「明日には戻ってんじゃないのぉ?」
「お前、朝もそう言ってたけど、そんな楽観的になれないよ」
「そ? てかさ、ちっちゃいままでも意外となんとかなんじゃない?」
「はあ? おそ松は僕が小さい方が良いってこと?」
「別にそういうわけじゃないけど」
胸ポケットに手を添えると、すっかり慣れた様子のチョロ松が手のひらに飛び乗ってきた。そのままローテーブルの上に置き、「大きくても小さくても俺は好きだけど」と言って顔を近づけた。
「は、え、おまえ、なに言って…」
「そのまんまの意味」
「………馬鹿」
チョロ松の頬が染まったのを見届けてから、「ん」とくちびるを突き出した。チョロ松が視線を彷徨わせている。それからゆっくりと近寄り、両手を広げて口元に抱き着いてきた。おそ松の湿ったくちびるをぺたぺたと触れてまわり、うー、と戸惑っている。ふふ、と喉の奥から笑い声が漏れた。
「…笑うな」
言うやいなや、つんと尖ったくちびるの山にちゅ、と触れるだけのキスが落ちてくる。一瞬で離れてしまうぬくもり。それから。
「………元に戻っても、いまみたいなこと出来るの?」
そんな当たり前のことを聞くなんて。「出来るよ」と間髪入れずに答える。目を瞑ってから、「ていうか、したい」と続ける。
次に目を開けたとき、視界に映るチョロ松は、どっちのチョロ松だろう。
おそ松はどっちも好きだけど。