恋じゃない「お待たせしました。では本日のトークゲスト、今をときめく爽やか天才テニスBOY、君島育斗くんです!」
「ンギャ~ッ!!キミさまぁ~ッ!♡」
「結婚してぇぇ~ッ!♡」
U-17日本代表として各国を飛び回る多忙な日々が始まって、それでも事務所が僕の仕事をセーブすることは無かった。僕の存在がU-17の広告塔になりつつある今、遠征のスケジュールに合わせて海外でのグラビア撮影までねじ込んで来るのだから実に商魂逞しい……いや、信頼のおける所属事務所と言えるだろう。
なに、僕の方から言い出したことなのだ。芸事もテニスも学業も、全てにおいて完璧にこなしてみせる。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、輝ける若きスター君島育斗――とはいえ遠征を理由にメディアへの露出が減れば少なからずその地位は揺らぐだろう。このポジションを虎視眈々と狙っている同業が芸能界には山ほどいるのだ。油断大敵、それは自分が一番よくわかっていた。
チームが一時帰国したタイミングで呼ばれたのは、ゲストの本音に迫る事で人気のお昼のトーク番組。うーん生放送か、これまた油断大敵、まったく人使いの荒い……。しかし忙しい方が性に合っているのだろう、心身は自信に満ちて絶好調だ。さあ今日も完璧な笑顔で君たちを喜ばせてみせましょう。
「うわ~キミさまはやっぱり眩しいなぁ。最近ますますカッコよくなったって、ファンの間でも評判らしいですね」
「そうなんですか?照れるなぁ……。でも嬉しいです。みんな、ありがとう」
「ンギャ~~~~ッ!!!!」
「SNSでは、もしかして彼女でもできたんじゃ……?なーんて噂もあるみたいですよ」
「えっ⁉そんなこと……ちょ、お客さん達ザワザワしないで」
「実際のトコロはどうなんですかぁ~?」
「バレちゃ仕方ありませんね、実は……」
「ギェ~~~~ッ!?!?」
「なーんて言えたらいいんだけど。そんな話、全くないですよ。ファンのみんなは知ってるよね?テニスの方もすごく忙しくなって来たから、それどころじゃ」
「というワケで~!今日はキミさまの恋愛観なんかもズバリ聞いちゃおうと思います!」
「……はは、お手柔らかに……」
「キャ~~~~ッ♡」
多少強引な進行は生放送ならでは。このMCは超ベテランだし共に仕事をさせてもらうのも初めてではない。ズバズバ聞くと見せかけて下手な質問はしてこないだろう。こちらも本音と見せかけた「夢」でファンの皆に喜んでもらえる様に尽力しよう。殊更ゆっくり脚を組み替えて微笑むと、客席からホゥ……と感嘆のため息が洩れた。今日もイケメン?よかった。楽しんで行ってね――。
「……好みのタイプ?そうですねぇ。面食いでしょ?なんてよく言われるけど、そんな事全然ありません。それにここにいる皆はわかってるよね……。好みのタイプは、ファンのみんな」
「ホギャ~~~~ッ!」
「……というのは建前でぇ?キミさま~、この番組に出たからにはホントの事言ってもらいますよぉ!好みのタイプ、なるべく具体的にお願いします!」
チッ、そんな事言える訳ないだろう――という本音はお首にも出さずに微笑んだ。観客席、僕を見つめる女性たちの熱い視線。僕はみんなのものだから、好みのタイプを公言するなど彼女達に対して失礼である。
「敵わないなぁ……。いや、ファンの皆さんを愛してるのは本当だけど……。そこまで言うなら僕も覚悟を決めますよ」
「ヒィ~~~~ッ!?」
とはいえこれも仕事のうち。プライベートトークというのは、すべてを偽ってしまうと説得力が無くなるものだ。親しみやすいリアルは匂わせつつ、決して全ては明かさない。一流と呼ばれる芸能人は皆その匙加減が上手い。
「そう来なくっちゃ~!じゃ、先ずは……外見は?どんなコがタイプ?」
「外見……そうだな、本当にあまりこだわりは無いけど……笑顔が素敵な人がいいな。ここにいるみんなみたいな、上品な笑顔の……」
(ヒャ~ヒャッヒャ~ッ!君島ァ~~~~ッ!)
「清潔感があって……ほのかにシャンプーが香るとグッと来ますね」
(最近シャンプー変えたんだよォ~ッ!髪の調子がイイぜェ〜ッ!!)
「ロングヘアーで、サラサラで……?いや何でもないです。髪型にこだわりは特に」
(俺だ俺だァ~~~~ッ!)
「性格?うーん……プライベートでは静かに過ごしたいタイプだから……あんまり騒がしくない方が……」
(君島ァァァ~~~~ッ!!)
「穏やかな時間を一緒に過ごせれば……。僕の話をたくさん聞いてくれると嬉しい」
(うるせ~~~~ッ!俺の処刑の話を聞けェ~~~~ッ!)
「…………」
……なぜだ。なぜあのハチャメチャな男がいちいち頭に浮かぶんだ。僕は好きなタイプのコの話をしているのであって、あんな卑劣な、僕の美学に反する、見たこともないテニスをする、めちゃくちゃなダブルスパートナーの事など心底どうでもいい。コーチの采配で組まされる事になって数カ月、いくら勝率が高いとはいえ不本意だった。代表の中にだってもっと相性の良いダブルスパートナーがいるはず。僕と奴ではプレイスタイルも考え方も何もかも真逆ではないか。合う訳が無い。分かり合える筈も無い。だけど――
最近いつもそうなのだ。気づくとあの男が頭の中でキミジマァッッと叫んでる。うるさい。出ていけ。僕の中から早く出ていけ忌々しい――
「……さま。キミさま?」
はっ、しまった――今は生放送の収録中、ぼーっとしてしまうなんて一流芸能人たる君島育斗一生の不覚。くそ。あいつのせいだ。あいつがいると僕は僕でなくなってしまう……。
「あっ失礼、すごくタイプの女性が客席にいらしたから……見とれちゃった」
「ンギャ〜〜ッ!?!?」
「な~んて!冗談ですよ。あっでも、今日客席にいらっしゃるお嬢さん達、綺麗なコばっかりで見とれちゃったのはホント」
「ンギャ〜〜ッ!♡♡♡♡」
「さすがキミさま!本当にファンの皆さんを大事にしてるんですねぇ」
「もちろん。皆さんあっての僕だもの。……ごめんなさい、好みのタイプ、自分でもよくわからなくなっちゃった。今は正直恋愛どころじゃないかなぁ。これが本音。お仕事と、テニスと、ファンのみんなが今の僕の恋人……」
♡♡♡
「間が空いた?全く気になりませんでしたよ」
マネージャーがそう言ってくれたので先ずは一安心、私物の鞄を受け取り楽屋に戻る。自分では絶好調のつもりだったけど、やはりそれなりに疲れが溜まっているのかも知れないな。今日はこの後雑誌の取材が数件。ひとまず休憩、鏡前に腰掛けてスマホのチェックだ。いつも通り放送後のSNSでは「キミさま」がトレンド入りしていた。
【カッコイイ】
やっぱり?
【愛してる】
僕も皆を愛してるよ。
【キミさまぼーっとしてた、珍しい。おつかれなのかな 涙】
【あんなキミさま初めてみた。もしかして本当に彼女できたとか…!?爆】
【カノジョまではなくても気になる人いるとか?キミさまだって健全な高校生だし】
【そうだとしてもウチらはそれを受け入れるだけ。それがウチらと育斗のエターナルだから】
「……」
カノジョ?気になる人?それは断じて無いがファンというのはさすがに鋭い。どこか様子がおかしいのを敏感に悟られていた。これから気をつけなくてはと自省しつつエゴサを続けるうちにポン、とメッセンジャーが音を立てる。ポップアップには【遠野篤京】……。
【見てた】
見るな。昼のトーク番組をなぜリアルタイムで見てるんだ。せっかくの一時帰国、他にやることあるだろう。
【途中ぼーっとしてた。ああいうのはやめろ。仕事舐めんな】
え~~~~ッ!?スマホをぶん投げたくなる衝動を必死に抑えて天を仰いだ。どの立場から言ってる?お前のせいだ、嫌い、嫌いだ。僕に構うな、僕の前から消えてくれ――
【髪型変えたな】
気づくな〜!!!!いつもよりちょっとだけ毛先をストレートにしただけ。ファンだってまだ言及してないんだぞ。誰よりも早く気づくんじゃあない。
【いつものがいい】
「……」
楽屋の外にまで響き渡る「もおぉぉ〜っ!!!!」という叫びに驚いて、マネージャーが慌てて駆けつけて来る。結局スマホはぶん投げた。壊れていたらそれもアイツのせい。全部全部、アイツのせいなのだ。